2‐21 ルイ視点
テオドールと共に王太子執務室に戻ると、シリルが準備をして待っていた。
3人で話し合いをし、気がつくと窓の外は暗闇から群青色へと変化し、僅かに赤い陽が覗き始めていた。
シリルの淹れてくれた紅茶を飲みながら、ひと息つく。
テオドールが目の前の紙を手に持ち考え込むように唸った。
「ラシェル嬢は闇の精霊王と契約した。そして、闇の力が光と同様に時間を操作するもの。となると、2つの世界が存在するのは闇の精霊王か光の精霊王どちらかの介入に他ならないだろうな」
「やはりそうなるか」
「3年前を起点としているのか、ラシェル嬢の死を起点としているのかは不明だが、時間を大幅に操作した結果」
「世界が分かれた。となると……闇の精霊王かもしれないな」
――やはりそうか。
テオドールの言葉は、自分が想像していたものと同じだった。
以前精霊召喚の儀で見た光の精霊王は、人に干渉しないと言っていた。時間の操作を自ら行うとは考えられない。対する闇の精霊王の印象は、ラシェルが言うのは明るく好奇心が強そうな方、だそうだ。
だとしたら、ラシェルが加護を貰った闇の精霊王の力ではないかと思っていた。
「で、あとルイが気にしていた問題のことだけど」
「あぁ。私が今ここにいるのなら、この世界の私はどうなっているのかってことか」
「それなんだけど、俺の考えでは、精霊王はお前とこっちのルイの魂……は一緒だから、えーっと意識? を入れかえたんだろうと思う」
「……ということは、この世界の私がラシェルの側にいる、ということか?」
「あぁ、そういうことだな」
向こうの私は、オルタ国の森で谷から転落した。時間の流れはどちらの世界も変わらない。となると、今も大けがを負っているはずだ。
だがそれより何より、この世界の私がラシェルに会って変なことを口走ったらと思うと気が気ではない。
それに、こんな異常な事態が起きているということは、闇の精霊王がラシェルに接触している可能性が大いにある。それはテオドールの見解も同じようだった。
それでも、今は向こうの世界の状況よりも自分が元の世界に戻ることを第一に考えなくては。いかなる時も冷静さを失えば取り返しのつかない事態に陥る危険がある。
「どうすれば意識がまた入れ替わるのだろううか」
「お前が元の世界に戻るには、もう一度精霊王が何とかするしかないだろうな」
「精霊王か。……随分厄介な相手だ」
光の精霊王の存在感は、今思い返しても凄まじかった。神と崇めらる存在だと納得する。そんな相手に交渉する術などあるのだろうか。
自然と眉間に皺が寄り、カップを握る手に力が入る。そんな私の様子を一瞥したテオドールは、目元を何度か擦りながら深い溜息を吐いた。
「闇の精霊王に会うも何も、こっちは闇の精霊と接触を図ることも不可能だからな」
「えぇ、この国には闇の精霊王はおろか闇の精霊さえも存在しません」
「シリルの言う通りだな。たとえこの世界の闇の精霊が住む森に行ったとしても、精霊の地に入ることができないのだから、どうしようもない。ルイ、何か当てはあるか?」
そうだった。ラシェルがクロと契約したことで、この国では闇の精霊の存在を認めた。今この国では闇の精霊を知る者も契約する者もいない。だとしたら、闇の精霊に繋がるルートはどこだろうか。
「オルタ国……あの国の王族は闇の力がある。だが、連絡を取るにも時間がかかりすぎる。協力してくれそうな相手も、この世界の私がどのような関係性を築いているのかが分からない」
「となると……」
「あぁ。手は一つだけある。だが、これは一か八か。相当な確率で難しいと思う」
「だとしてもやらない訳にはいかないって感じか」
テオドールと視線が合う。何も言わずとも、互いの考えは一致しているようだった。
テオドールは肩を竦めながら息を吐き、ニヤリと口の端を上げた。
「そういうと思った」
「あの殿下、テオドール様、その手……というのは?」
シリルはおおよその予想はついているだろうに、《まさか》と言わんばかりの困惑の表情を浮かべた。
「闇の精霊王の力と同等の力を持つ相手は1人しかいないだろう」
「なっ! それはあまりに無謀なのでは!」
「だろうな。だが、他に手はない。どんな相手だろうが、私は引くつもりはない」
確かにシリルの言うように無謀なのだろう。成功するとはとても思えない。
――だとして、他に手があるだろうか。
今、私はどこにいる。
こんなめちゃくちゃな世界に放り込まれたんだ。だったら、私も同じように正攻法だけで進む訳にはいかない。
利用するものはなんだって利用してやる。
使える手はどんな手であれ使ってみせる。
それがたとえ神であろうともな。
「はぁ……わかりました。では、私はもう1人の協力者を説得してくることにします」
「悪いな、シリル」
拳を握りしめながらシリルを見遣ると、シリルは深く溜め息を吐いて立ち上がった。
「いえ、あなたに苦労させられるのは慣れていますから」
「……そうだったな。感謝している」
迷いなく扉へと進むシリルに声を掛けると、シリルは「でしょうね」と大げさに首を横に振った。
その表情は心底迷惑そうに歪めながらも、どこか晴れ晴れとしているように見える気もした。