2-20 ルイ視点
「は? お前……本当にルイ?」
「あぁ」
「どうやったら最後に会ってからの3か月で、こんなにもオーラも人格も変化するんだよ」
頭を下げた私に、テオドールは驚愕に目を見開いた。茫然と呟いたテオドールに、私はゆっくりと顔を上げた。
「3か月ではない。3年だ」
「何言ってんの?」
テオドールは、眉を顰めて首を傾げながら口元だけ笑った。私は拳を固く握ると、意を決して口を開く。
「私の知る世界とこの世界では、3年前から明確な変化がある。そして、私の本当の世界では、ラシェルは……ラシェルは生きているんだ」
「は? ……流石の俺でも、お前の言っていることが意味わかんないんだけど」
互いの間に沈黙が続いた後、私は3年前からの出来事をテオドールに話し始めた。シリルに話した時と違い、2度目だからか自分でも冷静に会話をすることができたと思う。
そのこともあってか、最初は懐疑的な様子だったテオドールも、徐々に身を乗り出しながら私の話に集中し、時折「なるほど……」と考える素振りがあった。
特に闇の精霊との契約や闇の精霊王からの加護の話になると、テオドールは驚きながらも瞳の奥を僅かに輝かせた。
そして、私が元の世界に戻る為に協力して欲しいことを伝えると、テオドールは額に手をあてながら、ゆっくりと大きなため息を吐いた。
「ルイの話はわかった。それに、ルイが急に変わった理由も」
「何故2つの世界が存在しているのか……何故私がこの世界にいるのか。わかることがあれば教えて欲しい」
「……あぁ。闇の精霊の存在は知らなかったが、それを詳しく調べていけばわからないこともないかも、な。もちろん断言はできないが」
テオドールの《わからないこともない》という言葉に、「本当か!」と思わず声を上げる。だが喜色をあらわにした私に、テオドールは黙って首を横に振った。
「まだ何もわからない。俺が協力するかどうかも含めて」
「あ、あぁ。そうだよな」
わかりやすく肩を落とした私を見て、テオドールは眉を下げた。
「もう少し落ち着けって。まだ色々聞きたいことも考えたいこともこっちにはあるんだよ」
「あぁ、急かしてすまなかった」
テオドールの指摘にハッとする。いかに自分の視野が狭まっていたか。
確かに言われた通り、焦っているのは事実だ。一刻も早くラシェルの元に行きたいという想いが先走り、冷静さを欠いていたことを実感する。
「ルイの気持ちもわかるよ。一刻も早く元の世界に戻りたいことも。でも、協力するならさ……少し質問があるんだけど」
「もちろん。何でも聞いて欲しい」
「その世界のラシェルは、幸せに生きているんだよな」
テオドールは少し考え込んだあと、小さく呟いた。だが、2人しかいない個室では、いやに響いて聞こえる。
「あぁ……生きている。幸せかどうかはラシェルしかわからないけど……そうあればいいと、日々思っている。でも、そうだな。よく笑っているよ」
「そっか。……そっか。そんな未来があったのか」
テオドールはふっと肩の力を抜くと、「ははっ」と目尻を下げて笑みを漏らす。
「あー。なんかさ、ないと思っていた希望をみせてもらった気がして、力が抜けたわ」
先程より顔色が良くなった頬と反対に、僅かな苛立ちを感じさせるように人差し指をコツコツとテーブルに叩きつけるテオドールの行動が、心の複雑さを表しているようだった。
――複雑だろうな。自分だったら、自分が守れなかったものが自分の知らない世界で幸せにしていることを知った時、どう思うだろうか。
きっと大部分は安堵と歓喜だろう。それでも、喪失感は消えることはない。自分が守れなかった事実も消えない。
そう思うからだろうか、自然とラシェルにとってテオドールがどんな存在なのかと考えた。
「お前のおかげでもある。ラシェルが魔力を失った時、危険にあった時。悔しいが、お前が何度も助けてくれたよ」
「……俺が?」
「あぁ。お前がいなかったら、闇の精霊とも契約できていないかもしれない。危険を知ることができなかったかもしれない。だから、本当に感謝している」
「あぁ、向こうの俺ね。向こうの俺は、約束をちゃんと守ってくれたんだな。……ははっ、感情めちゃくちゃだけど、なんか羨ましいな」
テオドールはテーブルに肘をついて手のひらに頭をのせると、私の目の前にあるグラスをジッと見つめた。頭上のライトに照らされて淡い光を浴びた水が入ったグラスは、大きな氷が解けてカランと音をたてた。
少し1人で考えたい事もあるかもしれないと考え、私は「ワインを貰って来る」とだけ伝えると部屋を出た。
そのまま私はカウンターに向かい、マスターにワインとグラス2つを頼む。すぐに出てきたそれをすぐに部屋に持っていくことはせず、私は1つだけグラスにワインを注ぐとゆっくりと時間をかけて飲み干した。
そろそろいいかと思い個室へと戻り、ドアをあけると、テオドールは目を伏せたまま口を開く。
「俺が守ることができなかったあの子が、幸せに生きる未来があるなら、せめてそれだけでも守らないと、か」
小さく呟く声を、私はあえて聞こえていないふりをした。私が席に着いたと同時に、テオドールは顔を上げる。その顔は、既に答えを決めているようだった。
――ここでテオドールの協力を得ることができなければ……。
僅かに過ぎった不安を打ち消すように、姿勢を正す。だが、テオドールは私のそんな心境を知っているように、口の端をクッと上げた。
「いいよ。協力する」
「ほ、本当か……。ありがとう、テオドール! 感謝してもしきれないよ」
「お前からの頼み事なんて珍しいし。一生懸命になるルイを見られたことも嬉しいし」
ニヤリと笑うテオドールの表情は、いつも見慣れたものであり、今日会ってからずっと感じていた壁が綺麗に消えて行くように感じた。
「さて、じゃあ場所を移して詳しく話を聞こうか。……あぁ、シリルも一緒の方がいいか? だとしたら城に行くか」
ほっと胸を撫で下ろす私を他所に、テオドールはサッと椅子から立ち上がりドアへと向かう。そして振り返りざまに、まだ立ち上がらない私を見遣り顎で急かした。
「もちろん。……だが、その前に俺も一つ質問してもいいか?」
「何だよ」
「お前とラシェルの関係。魔術師団に長期休暇を出し、ラシェルが襲われた犯行の裏を探っていたのだろう?」
そんな深い関係だったのか……そう尋ねたいようで言葉が出て来ない。
だが、テオドールは「あぁ」と言葉にせずとも私が言いたいことを理解したらしい。
「秘密だよ。せいぜいモヤモヤしておけ」
テオドールは愉快そうにニヤリと笑うと、「やっぱりルイをからかうのは楽しいなー」と呟きながらご機嫌に前を進む。
答えに納得いかない私は抗議の言葉を言おうと口を開くが、あまりに楽しそうなテオドールにふぅっと息を吐いた。そして、先を行くテオドールに続くよう足早に後を追いかけた。