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2‐19 ルイ視点

 マルセル侯爵邸を後にした私は、服の上からローブを纏い、迷いなく街の裏路地にある一軒の酒場に入った。

 騒めく店内、カウンターの中でグラスを磨く店主に合図をすると、薄暗い店内の奥深くに位置する個室に案内された。ドアの小さなガラスから室内を除くと、そこには目当ての人物がこちらに背を向けて座っていた。

 私が頷くのを確認した店主は「ごゆっくり」と一言残して、また騒めきへと消えて行った。


 コンコン、とノックをしてから返事を待たずに部屋へと入る。


「やはり、ここだったか」

「……何の用だ。今、俺は休暇中。ついでに俺とお前は冷戦中」


 テオドールはこちらに視線を向けることなく、不機嫌そうに眉を顰め、手に持ったジョッキを勢いよく煽った。それを横目に、私はテオドールの向かいの席に着いた。


 しげしげと向かいを見遣ると、テオドールはマルセル侯爵同様に沈んだ面持ちをしていることに気付く。


「で、ここにいるってことは、何かしらの情報を仕入れたかったんだろう?」

「お前には関係ない」

「関係あるよ。大いに。……ミリシエ領の森でラシェルを襲った犯人の背後を調べていた……ってところか」


 テオドールは背もたれに左腕を乗せ、足を組み直しながら「だとしたら?」と言葉にしながら、目を細めた。きっとこちらの真意を探っているのだろう。

 思わず、この世界の私はテオドールからの信用を失っているな、と肩を竦める。



 店主が情報屋として一部で有名なこの酒場は、その昔テオドールから紹介された場所だ。

 先程確認した資料によると、ラシェルを襲った賊の背後には貴族が関係しているようだった。だが、現段階でその黒幕にまでは辿り着いていない。貴族が相手だからか、捜査のスピードも早いとはいえない。

 シリルの話では、この世界の私とテオドールはラシェルが襲われた件について、口論の末に関係を悪化させたと言っていた。

 つまりテオドールは、ラシェルの死を納得していないのだろう。今の私と同じように。


 自分だったら関係者すべてを、この手で処分させる。だから、もしかするとテオドールも同じように動く可能性も否定できない。

 ただ、テオドールがラシェルのために動くかどうかは半信半疑だった。なぜなら、元いた世界であればテオドールとラシェルは友好関係にある。だが、ラシェルが魔力を失わなかったこの世界で、ラシェルとテオドールに然程接点があるように思えなかったからだ。


 それでも、この世界の自分よりもテオドールの方がよっぽどラシェルを想って行動している。だからこそ……。


「いや、感謝しているよ」

「何だと……」


 目を伏せて自嘲の笑みを浮かべる私に、苛立ちを露わにしたテオドールが声を震わせた。

 きっと、何もせずただラシェルを死なせた私に失望と嫌悪があるのだろう。


 だが、感謝の言葉は今の私の本心だ。


「この世界の私よりもお前の方が信じられるからな」

「は?」

「……ここに来てから、自分に失望しかない。

ラシェルがいないことに、私は嘆いたのだろうか。悔いたのだろうか。

……当たり前に時が進み、当たり前に私は公務を続けていた。この世界にあったのはその事実だけなんだ」


 この世界のラシェルが何を考えたのかも、どんな思いをして修道院へ向かったのかもわからない。死の瞬間、どれほど恐怖したか。

 この世界の自分は、それを考えたのか。それさえも知る術がない。

 


「ルイ、ちょっと意味がわかんないんだけど」

「……あぁ、だろうな」


 ポツポツと心情を吐露する私に、テオドールは先程までの苛立ちを落ち着かせ、気遣うような視線をこちらに向けた。


「何があった」


 その問いかけは、なんともテオドールらしい言葉だった。だが、ここに来てから嫌な緊張感が続き、それを守ろうと自分の周囲を覆っていた壁を崩すには十分だった。


 ――怖かったんだろうな、私は。


 情けない顔を隠そうと、手で顔を覆いながら深い溜息をつく。

 

 ラシェルを失うかもしれない。ラシェルを守れなかったかもしれない。

 元の世界に戻れないかもしれない。

 前を向き、諦めないと心で決めながらも、その恐怖がずっと付きまとっている。


「……自分の無力さと弱さを思い知ったよ」

「珍しい……いや、初めてだな。ルイがこんなに弱っているのを人に見せるのは。

でも……まぁ、奇遇だな。俺もつい最近、自分の無力さに嫌気がさしていたとこだよ」

「お前が?」

「あぁ、この俺が。……失った代償があまりにも大きくないと、人は自分が目を逸らしていた嫌な事実に気がつけないもんなのかってさ」


 テオドールはオリーブが刺さったピンを人差し指で突きながら、眉を下げた。



「で、何? 泣き言を言いに来たって訳じゃなさそうだ」

「あぁ。泣き言は、今この瞬間で終わりにする。だから……お前に頼みがある」


 きっとこの恐怖は、どんなに自分を誤魔化そうとも消えてなくならないだろう。それでも、自分を信じて手を差し伸べ、背中を押してくれる味方がいるからこそ、立ち止まらずにすむ。

 

 目を閉じてひとつ深呼吸をする。それだけで、揺らいだ心の水面が若干穏やかになる気がする。

 そして、私の言葉を待つテオドールを真っ直ぐに見た。


「テオドール、どうか力を貸して欲しい」


 そして「この通りだ」と私はテオドールに向かって頭を下げた。

 顔を見ずとも、私のその行動にテオドールが息を飲んだのを感じた。それもそうだろう。私はテオドールに協力を依頼することはよくあったが、このように自ら弱みをみせるような真似は一切なかったのだから。


 だが、不思議なことに私はテオドールに『いつも一人で何とかしようとするのは悪いところだ』と言われた覚えがある。

 どこで言われたかはわからない。だが、自分が頼ることをしないせいで大切な人たちを悲しませた気がする。

 だからこそ、自分ではどうすることもできないこの状況を打破するためにも、全てをさらけ出して、真摯に願いを口にする。


 何かを変えるために真っ先にすることは、自分の行動を変えることだろうから。




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