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2-15 リカルド視点


 執務室で仕事をしていた私のもとに駆け込んできたのは、弟のイサークだった。血の気が失せたイサークの表情に、まずいことが起きたようだと瞬時に察した。

 そして、イサークから告げられた言葉は自分が想定していたもの以上に最悪だった。


「それで、王太子殿下の容態は!」

「すぐに王宮医を派遣しておりますが……どうも芳しくないようで」

「闇使いも全員召集をかけろ。とにかくすべての手を尽くして殿下を回復させるんだ」

「はい、既に魔術団にも連絡済です」


 報せを聞くや否や、イサークを伴い殿下が治療を受けている部屋を目指し執務室を出た。足早に進みながらイサークに容態を尋ねたが、イサークの顔色は益々悪くなっていった。


――何ということを……。


 普段から意識せずともいい意味で変わらない表情も、今は苛立ちを隠すことができない。そして今、向かいから騎士を伴いながら「リカルド!」と声を荒げながら近づいてくる人物を視線に捕らえ、思わず舌打ちが出てしまう。


「おい、どういうことだ! 母上を監禁するなんて」

「今は忙しい。お前の戯言など聞いている余裕などないこと、状況で分かるだろう」

「なっ、なんて口の利き方だ。兄に対して……」


 一刻を争うという時に面倒な人物に捕まってしまった。だが、今は相手をしている心の余裕も時間もない。

詰め寄るファウストを避けて、さっさと足を進めようとするが、腕を強く掴まれた反動で体が大きく傾く。


「ファウスト兄上、今は急いでおりますので」

「イサーク、お前まで。とにかく今は私に説明をするのが先だろう!」


 私の腕を掴みながら、眉間に皺を寄せつつイサークを睨むファウストに、自分の胸を渦巻くモヤが真っ黒に染め上げられていくのを感じる。

 私は焦りを一度落ち着かせようと大きくため息を吐きながら、ファウストを横目で見る。



「もう一度言おう。今は忙しい。後にしてくれ」


 できるだけ冷静に告げた声は思いの外低く、温度を感じさせない冷え冷えとしたものだった。

 きっと今の自分は全ての表情をそぎ落とし、随分冷たい目をしているのだろう。常にはない私の様子に、対峙しているファウストが一瞬ひるんだように足を僅かに引いた。それを視界の端に確認しながら、私の腕を掴んでいたファウストの手を雑に振り払う。

 だが、ファウストはそれでも引く様子がない。


「くっ……。とにかく、母上は私が引き取る。お可哀そうに」

「可哀そう、だと?」

「お前のような心も無い息子を持ったこと自体が可哀そうだ」

「はぁ。……兄上は未だ状況が読めていないようだな」

「話は聞いている。王妃付きの騎士が狩猟のために放った矢に驚いた馬が暴れまわったのだろう? 運悪く、デュトワの王太子が巻き込まれて崖から落下して重傷を負った、と」

「知っているのなら、今すぐどけ」


 きつい視線で睨みつけながら行く手を阻むように立つファウストの肩を腕で押した。


「リカルド、これは不運な事故だ。こちらには何も非などない」

「不運……だと? 母上が引き起こした《事件》だ。事故などではない」

「だが、故意ではなかった。馬が暴れまわることも、王太子が巻き込まれることも。誰も予期できなかったのだろう」


 確かに、あの頭の足りない母はここまでの事件になろうとは考えもしていなかっただろう。少し驚かせて黙らせようとした結果、最悪の結果を招いてしまった。


 だが、故意ではないからといって有耶無耶にできる問題ではない。何といっても隣国の王太子を害したのだから。デュトワ国も黙っている筈も無い。

 だからこそ、王太子の回復が第一に優先される。更には、何とか最小限の犠牲で収束させる必要がある。そのための犠牲が、王族から出ようとも。


 イサークが城に戻ると共に、部下たちに命じて母上を部屋から出さないように監視下に置くよう命じたようだ。今後ルイ王太子殿下の容態を確認してから、尋問し処遇を決める必要がある。


「それでも、原因はこちらにある」

「だから何だというのだ」


 本当に頭を使わない奴だ。一から十まで全てを説明されることに慣れ過ぎていて、自分で考えようともしない。

 そんな兄に対して軽蔑すると共に、苛立ちが限界まで達した。


 ――あぁ、まずい。ブチ切れそうだ。


 その瞬間、自分の中で抑え込んでいた我慢が頭の中で弾け飛ぶ音が鳴り響いた。


「いいか、よく聞け」


 ドンッ、と大きな音が廊下に響き渡る。

 目の前にはファウストが壁に背を付けながら目を極限まで見開き、信じられないものを見るかのように私を見た。


 それもそうだろう。今の鈍い音は、私が壁を殴った音なのだから。


 だが、今はそんなことはどうでもいい。目の前で煩く喚き、私の邪魔をするこの兄を静かにさせなければならない。


 先程よりも一気に静まり返った周囲と、一層冷え込む空気を感じながら、ゆっくりと口を開く。


「戦争になどなったら、この国の国民全ての命が危ぶまれる。それに比べたら王族の数人の首を差し出すことで回避できるなら、そっちの方がマシだと思わないか?」

「は? お前……何を……」

「とはいえ、戦争で敗戦すれば私たちの首などあっさり落とされる可能性もあるが、な」


 ただならぬ私の様子に、ファウストは顔を蒼褪めさせた。それでも、まだ口を開く元気があるようだ。

 もう少し釘を刺さねば。


「いいか。首をはねられたくなければ、大人しく部屋に籠っていろ。……邪魔立てするのであれば、今この場で兄上も不運な事故で命を落とす可能性もありますよ」



 あまりにも脅しすぎたか、と最後に無理やり微笑みを浮かべると、ファウストの顔色は更に悪くなる。と共にドスン、と目の前で尻餅をついた。



「とにかく今はまず王太子殿下の元に行かなければ。イサーク、急ぐぞ」

「はっ!」


 それを横目に見ながら、後ろに控えていたイサークに声をかける。イサークはそれにハッとしたように肩を揺らすと、大きな声で返事をし、すぐに私の後を追って駆けだした。



 ――想像以上に時間を取られてしまった。先を急がねば。


 

 ルイ王太子殿下が治療中の部屋の前まで来ると、そこにはデュトワ国の騎士達が厳重に守るように立っていた。皆、ピリピリとした殺気を放っており、側に控えたオルタ国の騎士達が気圧されている。


 扉を開けて室内に入ると、王宮医師や魔術師が囲む中心から、女性の悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「……イさま……ルイ……さま……ルイ様!」


 それはまさに、彼の婚約者であるラシェル・マルセル侯爵令嬢のもの。彼女は普段の気高く凛とした彼女からは想像もできない、悲愴な声で何度も何度も呼び掛け続けている。目から止めどなく溢れる涙を拭うことなく、必死に。だが、ベッドで横たわる彼はその声に応えることはない。


「……嘘……だろう」


 隣からイサークの呟く声が聞こえる。


 ルイ王太子殿下は、オルタ国で私を除けば一番の闇の魔術が使える魔術師である人物から、魔力を送り込まれている。

 だが、しっかりと閉じられた目は開くことがなく、指先さえピクリとも動かない。


「容態は?」

「リカルド殿下! 手を尽くしておりますが、依然厳しい状況です。魔術による回復も……出血を止めることが限界で……聖女様と殿下が力を合わせてもらえれば、もしかすると……」


 治療にあたっている魔術師に声をかけると、その手を止めないまま彼はこちらを振り向いた。その額には汗が滲んでおり、随分と魔力を使い込んだのだろう。彼は既に限界ギリギリのところを気力で抑え込んでいるように見える。


 殿下の状態を確認しようと、そっと王太子殿下の頭に手を添える。



「いや……」



 まずい……。


 遅かった……。



 ――表面は綺麗に傷が治っているが、あまりにも傷が深い。出血は中で広がり続け、既に手を尽くせる状況などでは……。



 命の灯が消えようとしている。その状況が分かるからこそ、自分の力など全く意味をなさないことを誰よりも、自分が一番わかっている。

 どこかで慢心していた。自分がここに来れば、王太子の命を助けることは可能だろう、と。


 何より、闇の聖女もいるのだから。


 ――だが、これは想定の範囲外だ。まさかここまで酷い状況だったとは……。



「……今、魔力を使えば確実に王太子殿下の命を消すことになってしまう」



 手の施しようがない。成す術がない。

 その現実に愕然とし、茫然と立ち尽くす以外、今の自分には何もできなかった。


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