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2-14

ルイ様に後ろから腰を支えられながら白馬に乗り、ゆったりとしたペースで進む。今日のメインである狩り場からは少し離れた場所を移動しているらしく、人気も少なく穏やかな時間が過ぎ、純粋にただ自然を楽しむことができる。

 ルイ様が言うには、もちろん護衛の騎士たちも周囲にはいるらしい。それでも、私が見渡す限り人の気配はしないことから、少し離れた所にいるのかもしれない。


「この辺りで降りて少し散歩しようか」


 その言葉に頷くと、ルイ様は優しく抱きかかえるように降ろしてくれた。生い茂った草を踏みしめると、柔らかい風が頬を掠める。体いっぱいに綺麗な空気を吸い込むと、先程までの鬱々とした気持ちも綺麗さっぱりと消えて行くよう。

 ルイ様が白馬を木に繋いでいるのを見ながら白馬の首元を沿うように撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。


「本当に穏やかで大人しい子ですね」

「あぁ、それにとても賢い。イサーク殿下からお借りしたが、このままデュトワ国に連れて行ってしまいたいほどだ」

「まぁ、この子言葉が分かるのかしら。連れて行かれたら困るとでも言っているようですね」

「ははっ、安心するといい。冗談だよ。君はイサーク殿下が大好きなんだね」


 楽しそうに肩を揺らすルイ様は「本当に賢いな」と愉快そうに笑った。そして差し出しされたルイ様の手を取ると、ルイ様は眩しそうに目を細めた。


 ――最近はこんな風にルイ様と2人で過ごすこともなかったから、何だか嬉しい。


 自分の手からルイ様の温もりが伝わってくることで、胸の奥までじんわりと温かいものが流れてくる。そんな私の気持ちもルイ様に伝わっているかのように、ルイ様は目元を緩めた。



「この城は元々周囲を森に囲まれた場所に作られているそうだ。今はもうその森も小さくはなっているが、こうして狩りを楽しむ程度には残っている」

「王宮から少し進んだだけで、こんなにも綺麗な場所があったなんて。……そういえば、リカルド殿下が元々闇の精霊はオルタ国の王族の側で暮らしていたと仰っていました。王都が発展すると共に森が小さくなり、暮らしづらくなったことで住まいを移したのでしょうね」

「我が国でも精霊と契約を結べる者は徐々に減ってきている。発展を求めれば求める程、精霊は遠ざかってしまう。……難しいな」


 ルイ様は眉を下げながら小さくため息を吐いた。だが、私は先程から感じていた違和感を調べるように、側にある木にそっと手を添えた。

 すると、そこから小さくではあるが、確かに輝く闇の精霊の力を感じる。


「えぇ、でも……まだ闇の精霊の気配は強いようです」

「そうなのか? 私は光の魔力が強い分、真逆の力である闇を感じ取るのが難しいようだ」

「そうなのですね。リカルド殿下から学んでいるせいか、以前よりも闇の力への反応が強くなったようです」

「この地には精霊王の祝福があるのか……もしくは暮らし難くても、この国を愛する闇の精霊が未だこの地に留まっているのかもしれないな」


 その時、今まで大人しくしていた白馬が急にソワソワと周囲を見渡し始めた。「どうしたの?」と白馬に駆け寄りながら首を撫でながら尋ねると、遠くからこちらへと近づく馬の駆け足が聞こえてきた。


「あれは……イサーク殿下?」


 近づいてくる人影に目を凝らすと、馬上の人物がはっきりとしてくる。イサーク殿下はこちらに気がつくとペースを徐々に落とし、手綱を強く握りながら体勢を変えた。


「こちらにいたのですね」


 イサーク殿下は私たちの目の前まで来ると、軽々と馬から降りて親しみやすい笑みを浮かべて挨拶をした。


「殿下も狩りに参加されているのですね」

「はい。リカルド兄上は早々に狩りを切り上げて帰ってしまいましたが、俺は体を動かすのも狩りも好きですからね。毎年密かに楽しみにしているんです。聖女様は楽しめていますか? 森が苦手な令嬢やご婦人方は多いですから」

「お気遣いありがとうございます。こうして綺麗な景色を見ることができて心が和みます」


 イサーク殿下の言う通り、確かに令嬢たちに森は嫌厭されがちだ。過去の私も一応乗馬は嗜んでいたものの、王都育ちなこともあり好んで森に行こうとはしなかったし、狩りなんてもっての外。今日のご令嬢方と同じくお茶会で話に花を咲かせているほうが楽しかった。

 でも、過去に戻ってからは様々な旅や体験をして、自然の心地よさを知りいつの間にか、木々に囲まれた場所はとても開放的であり心が洗われるような気持ちになった。



「そうですか。それは良かった。でも、場所によっては足場が悪かったり、崖もあるので気を付けてくださいね」


 イサーク殿下は私の言葉にカラッとした笑みを浮かべた。


「あぁ、そうそう。王太子殿下、少し宜しいでしょうか」

「えぇ、もちろん。……ラシェル、少し待っていて」


 イサーク殿下の呼びかけで、ルイ様はイサーク殿下の元へと足を運んだ。2人はヒソヒソと小声で何か話し込んでいるようで、思ったよりも時間がかかっている。

 時折、ルイ様の目元が鋭くなっていることから、あまりいい話ではなさそうだ。


 白馬と戯れながら待っていると、「お待たせしました」というイサーク殿下の言葉で顔を上げた。そこには、先程と変わらない穏やかな表情のルイ様。

 

 ――でも、何だろう。少し違和感がある。


「ラシェル、戻ろうか。そろそろ日が暮れ始めるそうだ。だからその前に」

「え、えぇ……」


 陽が暮れる? 空を見上げれば、綺麗な青空が広がっている。まだ日が暮れるには早く感じるが、何か問題でも起きたのかもしれない。私は馬から降りた時にそうしてもらったように同じく、ルイ様に抱えられるように馬へと乗った。


 ルイ様の表情は先程と全く変わらず、優しい微笑みを向けてくれる。だが、イサーク殿下は何かを探るように周囲を警戒しているよう。


 それに、私を馬に乗せてくれたルイ様が一向に乗ろうとせず、地に足を付けたまま動かない。


「……何かあったのですか?」


 私の問いかけに、殿下は困ったように肩を竦めると、ため息を吐いた。


「どうやらネズミがちょろちょろと動き回っているようだ」

「ネズミ……ですか。第一王子殿下ですか?」

「いや、王妃だ。イサーク殿下がいうには、どうも王妃付きの者たちが面倒を起こしそうだとのことだよ。大方私たちを黙らせるために少し脅しでもかけるつもりじゃないかな。……本当に頭の悪いことだな」


 呆れたように冷え冷えとした殿下の言葉は、最後に付け加えるように言葉を吐き捨てた。



「ラシェル、自分で馬は走らせられるな。イサーク殿下と先に王宮に戻っていてくれ」

「えっ? ルイ様は?」

「私はネズミを軽く泳がせてあぶり出してから帰るよ。すぐ側で護衛しているレオニーたちと一緒にね。……大丈夫、不安そうな顔をしなくても。それに、今はイサーク殿下の側が一番安全だ。王宮に戻ったらテオドールから離れないようにね」


 何が起きているのか分からず混乱する私に、ルイ様は最小の情報だけを伝えた。柔らかい微笑みを浮かべながらもピリッとした空気を醸し出すルイ様に、これ以上は尋ねようもない雰囲気があり、開けかけた口を噤む。


「イサーク殿下、ラシェルをお願いします」

「はい、もちろん」


 イサーク殿下の返事と共に、ルイ様は繋いでいた手を離した。徐々に離れていく温もりは、名残惜しそうに消えていく。


「さぁ、参りましょう」


 イサーク殿下に促されて動き始めたが、それでもルイ様が気になり後方を振り返る。ルイ様はいつもと同じように柔らかい笑みを浮かべながら手を振ってくれていた。私が同じように手を振り返すと、ルイ様は嬉しそうに頬を綻ばせてひとつ頷いた。


『ラシェル、また後で』


 その場を去る時のルイ様が私の頭を撫でてくれた温もり、優しい声色で囁いた声、ルイ様の微笑みが離れない。

 普段であれば心を穏やかにしてくれるそれらも、今は不安が渦巻いている。どこからともなく襲ってくる不安が晴れないまま私は王宮へと戻った。


 部屋に戻ってからもザワザワと胸騒ぎが治まらない。そんな私を見かねてか、テオドール様が「ほら、ちょっと落ち着きなよ。心が安らぐよ」と、ハーブティーを淹れて手渡してくれた。だが、温かく香りのよい紅茶を私が口に含むことはなかった。

 なぜなら、口をつけたその時、ひとりの騎士が額に汗をためながら慌てたように駆け込んできたのだ。そして、彼が告げた言葉を聞いた瞬間、私の手元のカップは酷い音をたてて床に落ち、無残にも割れた。

 


 ――そう、あの嫌な胸騒ぎと不安は的中した。




 陽が沈みかけても戻らないルイ様を不審に思ったイサーク殿下がオルタ国の騎士を数名連れて、森を探索しに入った。そして、ようやく周囲が暗闇に包まれた頃、ルイ様は馬に体を凭れながら頭から血を流し、護衛騎士に体を支えられながら気を失った状態で見つかったそうだ。


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