2‐13
祝祭は華やかに、そして賑やかに幕が開けた。初日である今日、市井では昼から賑やかなお祭りが催され夜になった今でも明かりが灯り人々の楽しそうな笑い声に包まれたそうだ。
王宮でもオルタ国や近隣国から招かれた王侯貴族たちの華やかな舞踏会が開かれていた。その煌びやかさは目を張るもので、この祝いへの熱量を肌で感じるほどだ。
ルイ様と共に国王夫妻へと挨拶をした際、国王陛下は終始機嫌よさそうに満足げに頷いた。隣に立つ王妃様はとても3人の成人した王子がいるとは思えないほどお美しい姿で微笑みを浮かべていた。
「闇の聖女の噂を聞いてからというもの、我が国ではその話でもちきり。この国でもあなたの人気はとても高いのですよ。それで、オルタ国はどうですか? 何か不便などはありませんでしたか」
「王妃様、ありがとうございます。皆様にとても親切にしていただいて感謝しております」
国王夫妻と共に、ファウスト殿下、リカルド殿下、イサーク殿下の3人の王子たちも横に並んでいる。イサーク殿下は退屈そうに、そしてリカルド殿下は微笑みを崩さずに。
王妃様は私の言葉に、僅かに目元をピクリと動かすと再び笑みを深めた。
「それなら良かったです。もし何かあればファウストに声をかけてくださいね。この国で陛下の次にこの国を知るのはファウストでしょうから」
「えぇ、聖女様。私がいつでも力になりましょう」
ファウスト殿下はその言葉に、一歩前へと出ると午前中に会った時とは違い友好的な笑みを向けてきた。だが、チラリとリカルド殿下を見るその視線は優越感が見え隠れし、とても好意的には受け取れない。
肯定も否定もせず微笑みだけで返す私の隣で、ルイ様が口を開いた。
「オルタ国では頼りになる殿下方がいて、未来が明るく感じますね。イサーク殿下の剣は我が国でも有名なほどです。それに何より、リカルド殿下はとても博識でおられる。この国の発展に欠かせない人物でしょう」
「え? 何を……」
――あぁ。ルイ様はあえて今、リカルド殿下とイサーク殿下を褒めたのね。
ルイ様の言葉に僅かに眉をひそめる王妃様に気がついているだろうに、ルイ様は更に「もちろん今後の我が国との友好にも」と付け加えた。
隣国の王太子からの評価に、周囲で私たちを窺い見ていた貴族たちがヒソヒソと顔を寄せ合っている。
今のルイ様の言動だけで、ルイ様がリカルド殿下を評価していると判断する人は多いだろう。
「こちらこそ、王太子殿下とマルセル侯爵令嬢と親しくしていただいて感謝しております」
張り詰めた空気を一気に和らげるかのように、間に入ったのはリカルド殿下だ。彼の声は、決して大きくはないもののよく透り、その柔和な態度と微笑みは刺々しい空気の中で異色に見える。
だが、それを善しとしないのは王妃様のようだ。王妃様は先程ファウスト殿下へと向けていた優しい表情とは打って変わって、冷え冷えとした瞳でリカルド殿下を横目で見た。
「リカルド、失礼でしょう。控えなさい」
「申し訳ありません、母上」
扇で口元を隠した王妃様の表情は見えにくいが、それでもこの2人の関係性が良いとは嘘でもいえない。リカルド殿下は王妃様の態度に、変わらず笑みを浮かべてはいるが、あっさり謝罪を口にしたところをみると内心呆れているのかもしれない。
ルイ様は確実に瞳の奥が笑ってない様子。隣国の王太子を前にした態度だとはとても思えない。ましてや身内の恥をみせるようなこと、一国の王妃がするなんて……。しかも、国王陛下も我関せずと口を挟まないとは……。
イサーク殿下が僅かに目を閉じて首を横に振る。だが、王妃様は一切気にすることもなく、こちらへと顔を向けた。
「あぁ、マルセル侯爵令嬢。明日のお茶会には参加してくださるのですよね。皆、あなたと話すのを楽しみにしているのよ」
「はい、もちろんです」
そうは答えたものの、明日のお茶会のことを考えると、今から頭が痛くなる思いがする。
2日目の昼、王宮に隣する森での狩猟が行われる予定だ。狩りをするしないに関わらず、男性も女性も乗馬服に着替えての参加となる。
女性の多くは狩りを嫌う為、夫人令嬢たちは参加者が帰ってくるまでテントの下でお茶会をする。その主催が王妃様ということらしい。
こんな空気が明日も待っていると思うと……。その考えに内心で深い溜息を吐いた。
そして翌日本当に、その通りになることで、私の気分は更に鬱々としていくのだった。
♢
「昨日はあまり話ができなかったでしょう? あなたとはしっかり話をしておきたかったの」
案の定というべきか、翌日ご婦人方と一通り談笑をしたあと、王妃様に誘われて庭園を共に散歩していた。
日傘を差しながら優雅に歩く王妃様の半歩後ろを歩きながら、先程からあまりかみ合っていない会話に憂鬱さを感じながら、それを顔に出さないよう注意していた。
「あなたが私の息子であるリカルドと親しくしていると聞いたものだから、その辺りを一度聞いておこうと思っていたのよ」
「リカルド殿下には、初めての訪問である私を気にかけてくださり、本当に感謝しております。色々とこの国のことを親切に教えていただきまして」
「まぁ、であればそれはリカルドでなくてもいいわよね。これからはファウストと親しくしてもらえると嬉しいわ。あの子は生まれた時から人の上に立つ人間として育てているから、きっとこの国のことを詳しく教えてさしあげられるわ」
先程からずっとそう。ご婦人方とのお茶会も、皆王妃様を気にかけてかファウスト殿下の話題ばかり。皆、口々にいかにファウスト殿下が優れているか、王太子にふさわしいか、そればかりだった。王妃様はそれを聞きながら満足そうにしていた。
そして不自然なほど、リカルド殿下の話題には誰も触れようとしなかった。それを口にすれば、王妃様の機嫌を損ねてしまうとばかりに。
「困るのよ。……闇の聖女であるあなたとリカルドが親しくしているなんて事実」
「何故でしょう。リカルド殿下は私から見てもとても優秀で素晴らしいお方かと思います。私の婚約者である王太子殿下も、リカルド殿下のお人柄からデュトワ国とオルタ国の今後が明るいものになると考えているでしょう」
「……何ですって」
まさか異を唱えられるとは思わなかった、とそんな顔をしている。
こちらを振り返った王妃様は、徐々に顔を強張らせながらわなわなと手を振るわせ、一歩こちらに足を進めた。
だが、王妃様が口を開く直前に、前から颯爽と歩いてくる人物の足音が聞こえた。
「ルイ様……」
私の声に、ルイ様はにこりと柔らかい笑みを浮かべた。そして、私と王妃様を隔てるように、私の前へと立つと、王妃様へ丁寧に挨拶をした。
王妃様も第三者が突如現れたことに怒りの感情をどこへ向ければいいのか分からないというように、複雑な表情を浮かべた。
「王妃様、私の婚約者を連れてもよろしいでしょうか」
「……えぇ、どうぞ。話は終わりましたから」
ルイ様の物腰は柔らかくも有無を言わせぬ物言いに、王妃様も先程までの勢いはなくあっさりと身を翻し、侍女と共に元のテントの方向へと向かっていった。
王妃様が遠ざかると、ようやく私もほっと息を吐くことができた。それを優しく見守ってくれたルイ様はどこまで知っているのか「お疲れさま」と私の頭を軽く撫でてくれた。
「ルイ様、どうされたのですか? 狩りは?」
「あぁ、ある程度は終わったよ。だから、ラシェルを誘いに来たんだ」
「誘いに? どこへでしょう」
「一緒に馬で散歩しないかい? とても良い馬を貸してもらったんだ。おとなしくて頭のいい子だ。向こうに景色の良い場所も見つけたし、ラシェルと見たいと思って呼びに来たんだ」
今日の青天のように爽やかなルイ様の表情に、私の心も一気に晴れるようだ。さっきまでの鬱々とした感情が昇華し、こんなにも簡単に頬が緩んでしまう。「はい」と返事をした声は、自分が思っていたよりも明るく大きな声だった。
ルイ様はそんな私に一瞬目を丸くすると、クスクスと楽しそうに肩を震わせ、「さぁ、では行こうか」と手を差し出した。
迷うことなく差し出された手を握る私は、後ろを一切振り向くことなくルイ様と共に前へと進んだ。
だから、私はその時。
背後から感じる怪しい空気に一切気づくことがなかった。
「……あの子、邪魔ね。面倒になる前に手を打たないと」
私たちの様子を遠くからきつく睨む視線も、呟かれた言葉も。