13 王太子視点
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
拙い小説ではありますが、皆様にお楽しみいただけるよう頑張ります。
「殿下、サミュエルのことありがとうございます」
マルセル侯爵家のラシェルの部屋に通された私は、挨拶はそこそこに目の前の婚約者から頭を下げられる。
「いや、それは彼が腕の良い料理人だからだろう。
感謝は彼に」
「いえ、ですが殿下が紹介してくれたお陰です」
顔を上げたラシェルは真っ直ぐと力のこもった瞳で私を見つめる。
うん、だいぶ顔つきがふっくらと戻ってきたようだ。椅子に座っていてもふらつきが減ってきたようだし。
「なら、感謝は受け取ろう。それでサミュエルの料理はどうだい?」
「えぇ、本当に素晴らしい料理人です! 私、食事の大切さ、料理の奥深さに気づかされました」
サミュエルの話になると、ラシェルは本当に嬉しそうに顔を綻ばせて自然な笑顔を見せる。
その顔におもわず目を見開いてしまう。
驚いた。
ラシェルは色んな表情が面白いと思ったが、こんな顔は初めてだ。
間接的にだが、こんな嬉しそうな顔をされると私もついつられて頬が緩む。
うん、悪くない。
こんな顔を見るのは悪くないな。
ラシェルの嬉しそうな顔は非常に興味深い。
この顔をもっと見てみたい。
もっと嬉しそうな顔をしてくれるにはどうすればいい。
私にとって、ラシェルとのこの時間は日常から隔離された穏やかな時間が過ぎる。
ラシェルの真っ直ぐ人をみる瞳、あれは自分のような嘘で固められた人間には眩しく感じられる。
「料理の奥深さ、とは?」
「えぇ、殿下、同じ食材でも調味料、火の入れ方などの調理法で全く変わるそうなのです」
「あぁ、確かにこの国でも地方によっては味付けなどは変わったりするからね。市井の食堂でも店ごとに変わったりする」
「あぁ! 殿下は市井の食堂に行ったことがあるのですね」
「たまにね」
「なんと羨ましい! 私、平民の暮らしを勘違いしていたのです。
食事などでは、貴族よりも平民の方がもっと沢山の調理法があるとか」
「そうだね。貴族は決まったコース料理が一番だという凝り固まった考えが強いからな」
「なんと損をしているのでしょう!」
今までになく饒舌に話すラシェルに私は思わず笑ってしまう。
こんなにも熱弁をふるうラシェルは初めてだ。しかも市井への興味など。
本当にこの子は変わったのだな。
「今度サラに買ってきてもらおうかしら?」などと唇に指を当てて思案しているラシェルをまじまじと見て思う。
病に罹る前は、やれあの貴族が、あの観劇が、などという会話しかなかったのだから、不思議に思う。
だが、自分としてはこんな風に気持ちのまま話すラシェルとの時間が今は楽しくて仕方ない。
それに、他国の催しに陛下の代わりに招かれて暫くここにも来ることが出来なかった。
不思議と、今ラシェルはどうしているだろうか。
体調は崩していないだろうか、などと頭に浮かんだりもした。
これも今まで感じたことのないものだ。
ふむ、どうやら私はこの空間を随分好ましく感じているのだな。
♢
「それで、何を悩んでいるのです?」
執務室で書類が積み上がっているのをボーッと眺め見ていると、痺れを切らしたのか苛立ったシリルに声をかけられる。
「悩んでいる?私が?」
「そうでしょう?今まであなたが仕事が手につかない、なんてこと無かったでしょう」
「それはそうなんだが……シリルに相談というのも役に立たなそうだからな」
「酷い言われようですね、それで?」
「……何をプレゼントしたらラシェルが笑うかと」
「何でもいいでしょう。女性なら花やアクセサリーはどうです?定期的にプレゼントさせていたではないですか」
シリルの若干面倒くさそうに眉間に皺を寄せ、書類の積み上がった上に更に数枚わざとらしく追加で置かれる。
はぁー、つい大きなため息が漏れる。
今まではそれで良かった。
流行りのアクセサリーを贈り、良さそうな花言葉の花を贈る。ついでにメッセージも忘れない。
それで、義務としては良かった。
だが、あのラシェルがそんな心のこもってないもので喜ぶだろうか。
あの様な嬉しそうな顔をするだろうか。
逆にその辺りに咲いた野花でさえも、それで無ければいけないという特別な理由があれば喜ぶのではないか。
特別な何か。
彼女の笑顔を見られるもの。
今日の嬉しそうな顔はサミュエルが引き出したものだ。
それではダメだ。
他の誰でもない。
私がその笑顔を引き出さなければ意味がない。だが、自分にそれが出来るのか。
最近、己のことなのに理解が出来ない瞬間がある。
ラシェルは興味の対象ではあるが、何故プレゼント一つでこんなにも迷うのか。
何故、あの笑顔を欲してしまうのだろうか。





