2-11 テオドール視点
「テオドール、今日は助かった。本当に感謝するよ。ラシェルには詳しいことは聞いたが、お前に付き添ってもらって正解だったな」
「いや、礼はいいよ。こっちも色々知りたかったことが分かったし」
ルイから頼まれて、今日1日ラシェル嬢とリカルド殿下の様子を観察していたが、俺にとっては有益な時間だったといえる。なぜなら、あと一歩で近づくことができなかった闇の精霊に関する事実を知ることができたから。
「ようやく闇の謎に近づくことができたけど、俺でさえも知らなかったことが多いし、知れば知るほど謎は深まる……ってとこかな」
「あぁ、闇と光は似たようで全く違う。どちらも時間を操る力を持っているが、光は《誠実、慈愛》。その力は、無意識でも他者を害することはできない。対する闇は《素直、無垢》。力の使い方で人を殺めることも可能、とは……」
隣室で控えてはいたが、話を聞かないと言ったおぼえはない。それに、あの第二王子も俺が聞くこともルイに情報が流れることも承知だったのだろうな。
「ルイ、どう考える?」
「納得した、というのが正直なところだな。デュトワでは闇の存在がなかったことになっていたこと。架空の存在として描かれていた闇の精霊が悪とされていたこと。そして、オルタでは闇の存在を神格化しつつも他国に秘匿されていたこと。1つの国が分裂した過去に同時に存在した光と闇の聖女――全ては300年前に繋がるのだろうな」
「だろうね。まぁ、簡単に言うと揉めたんだろうな」
「国が真っ二つに分かれるぐらいだからな」
300年前というとてつもなく長い年月を振り返るには、あまりに時間が経ち過ぎている。それでも、人と人との争いにはプライド、欲、恨みなど様々な原因がある。そのどれもが複雑に絡み合うことも多い。いくら時代が変化し時が経とうとも、争いの種は今も何も変わりないのだな。
ふう、と息を吐きながらソファーの背もたれに体を預けて天井へと視線を向ける。そこで思い浮かべたのは、見慣れない魔道具に使いなれない力を酷使し、力を付けようと努力する彼女の姿。
――闇は《素直、無垢》か。
闇の精霊王が彼女を選んだ理由が何となくわかった気がする。
素直さは紛れもなく美点だ。<疑り深く信用するのは自分だけ>の代表のようなルイにとっては、特にそう見えるだろう。もちろん、俺にとっても自分にはないラシェル嬢だけが持つ性格――真っ直ぐな言葉、考え、瞳にどれほど助けられたことか。
だが、その真っ直ぐさは一歩間違えると、過ちに気がつかぬまま身を滅ぼさせ兼ねない。その危うさは、闇の性質とでもいえばいいのだろうか。それをしっかりと知った上で力を使わなければ、彼女自身に危険が伴う可能性さえある。
「それで、ラシェル嬢は?」
「部屋で休んでいる。今日は随分魔力を使ったようだから疲れているのだろうな」
「そうか。明日からはより忙しくなるからな」
そう。明日からついに3日間の宴が続く。その間はリカルド殿下も忙しいだろうし、今日のように教えを乞うことは難しいだろう。
「ラシェル嬢は確かに素質もあるし、魔力も高い。だが、あと数日でマスターできるかと聞かれたら、難しいだろうな」
「そのためのお前だろう?」
「ルイさ、俺のこと何だと思っているわけ?」
「超人、天才、規格外――不可能を可能にする男」
ルイは口角をクッと上げながら、目の前のワイングラスを手にとり口を付けた。
まったく……。俺をいつも面倒ごとを持ち込む奴だなんて思っておきながら、お前も十分面倒ばかり押し付けてくる、なんて心の中で悪態をついた。
「はいはい。その代わり、祝祭関係は極力パスさせてもらうから」
「わかっている」
ルイは俺の言葉に、苦笑いしながら頷いた。俺は「言質はとったからな」とわざとらしくも膝を組み直してふてぶてしい態度を取る。それを見たルイがおかしそうに噴き出す。
それだけで場の空気が軽く和む気がした。
まぁ、どっちみち面倒であれば、興味がある方がいい。明日から更に忙しくなりそうだが、それでも社交に比べたら、魔術に関することに携わっている方が何十倍も気が楽だ。
「で、国王と第一王子には会ったんだろ? 上手いこと探れたか?」
「いや、何とも言えないな。だが、後継者問題は今すぐどうこうなるという訳ではなさそうだ。指名する国王自身が乗り気ではなさそうだからな」
今日ルイが国王と謁見した場に、オルタ国の第一王子であるファウスト殿下も同席していたようだ。本来であればラシェル嬢も一緒に、とのことだったそうだが、そこはルイが何とかしたのだろう。
難しそうな顔をしながら顎に手を当てたルイは、しばし考え込んだあと、重そうに口を開けた。
「だが、もし第一王子が皇太子に指名されれば、確実にこの国は腐っていくだろうな。自身の立派な椅子にしか興味のない国王。自分への批判から目を逸らしたいがために、第一王子を盲目的に溺愛する王妃。そして、担がれることに慣れて自分で考えることを放棄した第一王子。それを傀儡にして甘い蜜に群がろうとする貴族たち」
「終わってるな」
上の人間が自分のことしか考えない国の未来なんて決まりきっている
便利さを優先して自分たちを豊かにしてくれる精霊の存在を蔑ろにした。その結果、精霊にも見放された、か。
精霊と共に生きる国で、その精霊がいなくなった未来に気がつくのはもう取り返しのつかないところまで行ったあとか。それとも……。
「唯一の希望は能力はあるのに生まれだけで冷遇されてきた第二王子、か。この状況でよく現状を変えようと犠牲になれるよな」
「全ては民だ。私たちは国によって生かされ、国を守る義務がある。真っ先に苦しむのは貴族や王族の前に、国の地盤である民ひとりひとりだ」
オルタ国で現状が見えているのが、皮肉にも幼い頃から誰からも求められることのなかった第二王子か。
リカルド殿下は置かれた環境の悪さを全て吹っ飛ばすほどの才能に溢れている。よくひねくれたり逆に国なんて滅びろ、なんて悪い方向にいかなかったな、とさえ思ってしまう。
あぁ、でも唯一の味方がいるのか。第三王子のイサーク殿下がいたお陰、ってのも考えられるな。人は1人でも自分を理解し、寄り添ってくれる人間がいればそれに応えることができる。
「お前とリカルド殿下は似ているように思うけどな。どうする、手を貸すのか」
「さぁ。あくまでも、私はデュトワ国の王太子だ。自分の国を守るためには、時に冷酷な判断だってするさ」
――つまりは、デュトワ国やラシェル嬢……ルイにとって大切なものを守るために必要ならば惜しみなく協力する。というわけか。
「なるほどな、ルイらしい。……さて、次に動くのは一体誰なんだろうな」
真っ黒な思惑が複雑に絡み合うこの王宮内で、ラシェル嬢がそれに飲み込まれなければいいが……。
目を閉じると、暗闇の中に光を伴う彼女の姿が浮かび上がる。思わず漏れる深い溜息を吐きながら、俺はしばらく目を瞑ったまま思考を巡らせた。
ブックマーク、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
ついに本日書籍版2巻の発売日です。
2巻は学園編!
美麗な挿絵や書き下ろしもありますので、ぜひお手にとっていただけると嬉しいです。
それでは、次回の更新もお楽しみいただけるよう頑張ります。