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2-8

「イサーク」

「兄上、どうされたのですか?」


 庭園のガゼボでルイ様とイサーク殿下と座りながら会話をしていると、数人の騎士を連れて近づいてきた男性に気がつき、視線を上げた。

 彼は私たちの前まで来ると、ラベンダー色の長髪を風に靡かせながら、にこやかに微笑み会釈をした。


 

 ――兄上? 確かオルタ国には3人の王子と2人の王女がいる。

 第三王子はイサーク殿下。ということは、この方は、きっと第一王子か第二王子ということね。


「あぁ。デュトワ国から王太子殿下と婚約者であるマルセル侯爵令嬢が到着されたと聞いたからね」

「リカルド殿下、お久しぶりです」

「王太子殿下、ようこそ我が国にいらっしゃいました。お忙しいなかありがとうございます。ぜひ祝祭まではゆっくりとお過ごしください。何か足りないものなどもありましたら、遠慮なく申し付け下さい」


 サッと立ち上がったルイ様は、男性の前に立つと胸に手を当てながら挨拶をした。

 

 ――リカルド殿下、ということはこの方は第二王子。


 穏やかな雰囲気に優し気な目元は、イサーク殿下の凛々しさとはまた異なり、周囲を纏う空気は緩やかであり大人の余裕を感じさせる。

 リカルド殿下はルイ様から私へと視線を移すと、一層笑みを深めて柔らかく微笑んだ。


「あなたが闇の聖女様ですね」

「ラシェル・マルセルです。お会いできて光栄です」

「こちらこそお会いできるのを楽しみにしておりました」


 淑女の礼をし顔を上げると、リカルド殿下は顎に手を当てながらしばし考え込んだのち、ほうっと感心したように息を漏らした。


「あぁ、確かにあなたの闇の魔力は本当に大きいものですね。驚きました」

「兄上は、我がオルタの王族の中で一番闇の魔力に関して詳しいんです。だから、今夜の会食で紹介しようと考えていたのですが、兄上の方が待てなかったようですね」

「えぇ、あなたの話は何度も聞いていましたからね」


 イサーク殿下は、先程までの少し硬い雰囲気を緩めて、表情を明るくさせながらリカルド殿下を見遣った。2人の空気はとても和やかで距離感が近いことから、この兄弟の関係性の良さが伝わってくるようだ。

 イサーク殿下とリカルド殿下のやり取りを見ていると、ふっとリカルド殿下の視線が私のほうへと向き、切れ長の目が楽しそうに細められた。


「デュトワ国から帰って来た弟から、実際にお会いした闇の聖女様はどんな聖女の絵画よりも更に美しい、と」


 リカルド殿下の言葉に「えっ」とつい声が漏れ、恥ずかしさから視線を下へと向けてしまう。だが、驚いたのは私だけではなかったようだ。


「な、兄上! あまり失礼なことを言わないでください」

「おや? 私はマルセル侯爵令嬢の美しさを讃えていた事実を伝えただけ。何をそんなに焦っているのかな?」


 顎に手を当てながらクスクスと笑うリカルド殿下に、イサーク殿下はガシガシと頭を掻きながら、気まずそうにルイ様の様子を窺うかのように視線を動かした。


「あぁ、マルセル侯爵令嬢はルイ王太子殿下の婚約者殿でしたか。気に障ったようであれば申し訳ありません」

「はは、まさか。自慢の婚約者ですから」

「そうですか。さすが王太子殿下は懐が大きくて助かります」


 眉を下げながら申し訳なさそうに視線を外すリカルド殿下に、ルイ様は私の腰に腕を回した。ハッとルイ様のお顔を覗き込むように窺うと、ルイ様は私に輝かしいばかりの美しい笑顔を向けた。綺麗な微笑みとは裏腹に、《婚約者》という言葉を強調したように感じたのは気のせいだろうか。

 リカルド殿下はそんなルイ様の様子を一切気にする様子はない。そして、タイミングよく後ろから声を掛けてきた騎士に小声で何やら告げられたようで、「あぁ」とだけ返事をした。


「すみません。もっとゆっくりとしたいところですが、急かされてしまいまして。夕食の時にまたお話しましょう。イサーク、無礼を働かないようにね」

「はいはい、もちろん」

「あぁ、そうだ。今夜のことでちょっと伝えておくことがある」

 

 リカルド殿下は私とルイ様に名残惜しそうに礼をすると、視線だけでイサーク殿下を呼んだ。イサーク殿下はそれに答えるように、「少々お待ちください」と私たちに声をかけてガゼボの外へと出ていった。

 残ったのは私とルイ様。



「リカルド殿下は相変わらずのようだ」

「どういう意味でしょう?」

「まるで風のようにふわふわと漂いながら、急に強風が吹き荒れるかのように驚かされる。なかなかに掴みどころのない方だ」


 イサーク殿下とリカルド殿下がガゼボの外で会話をしているのを眺めながら、ルイ様は私の耳元に顔を寄せた。内緒話のように告げた言葉は、確かにと頷く言葉だった。


 ――穏やかで優し気な雰囲気だけど、どういう人なのかはすぐには判断がつかない。


 それでも闇の魔術に関してのことは、彼に聞くことが一番の近道なのだろうな、と先程のイサーク殿下の言葉でわかる。

 だとして、あっさりと教えてくれそうにもないかもしれない。


 どうしたものか、と悩んでいると「お待たせしました」とイサーク殿下が戻ってきて、先程まで座っていた位置に腰掛けた。


「急に兄が申し訳ありません。ですが、聖女様にお会いできるのを楽しみにしていたようで。……それと、先程のことは」

「仲がよろしいのですね」

「あ、いや。え? ああ、兄とですか? 仲がいいのは意外ですか?」


 あら、何か聞き流してしまったかしら。だがもう一度問いかける前に、会話を振ってしまったため、イサーク殿下は僅かに視線を彷徨わせた後、困ったように眉を下げながら微笑んだ。


「そうですね。俺は兄上を心から尊敬していますし、力になりたいと思っていますよ」

「オルタ最強の剣と名高いイサーク殿下に慕われているのですから、リカルド殿下は心強いでしょうね」


 ルイ様はリカルド殿下の消えて行った方向を一瞬厳しい視線で見ると、今度はいつもの綺麗な微笑みを顔に乗せてイサーク殿下へと顔を向けた。


「……そうだと良いですが。兄は凄い方なので、自分が本当に役に立っているかはわかりませんが、右腕になれたらと思っています」

「右腕ですか」

「えぇ、そうです」



 ――右腕、か。


 きっと、この会話はただの兄弟間の仲の良さを言っているわけではないのだろう。きっと、イサーク殿下が私をここに呼んだ目的も滲ませているような気がした。

 

 そして、それが間違っていなかったことを確信させたのは、その日の夕食の時だった。

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