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「ようこそお越しくださいました」
「イサーク殿下、わざわざありがとうございます」
「我が国に闇の聖女様がお越しくださったのですから、こんなにも光栄なことはありません」
オルタ国に到着した私たちを出迎えたイサーク殿下は、深緑の騎士服に身を包んでいるせいか、舞踏会でお会いした時よりも一層圧倒される力強さを感じる。
それでも、カラッとした笑みはとても友好的で実直に見え、注意しなければ思わず警戒心を緩めそうになってしまうほどだ。
「祝宴の準備等お忙しいのでしょう? わざわざ殿下自ら案内していただけるとは驚きました。本当に感謝します」
「いえ、こちらが無理を言ったようなものです。何よりマルセル侯爵令嬢は初めて我が国に来ていただいたのですから、ぜひこの国の良いところを少しでも多く見て知っていただけると嬉しいですね」
ルイ様が一歩前に出てイサーク殿下に微笑みながら近づくと、イサーク殿下は面白そうに片眉を上げた。
「なんか、あの二人相性悪そうだな」
「そ、そうでしょうか?」
イサーク殿下とルイ様が挨拶から始まりこれからの予定を話している姿を、横目で見ていたテオドール様が、私の耳に顔を寄せて小さく呟いた。
テオドール様のほうへと顔を向けると、顎に手を当てながらいやに楽しそうに笑うテオドール様の姿。私の視線にテオドール様は、「波乱なく帰れるといいな」なんて冗談めかしながらニヤリと口の端を上げた。
そんなテオドール様を見ながら、ふとこの国に向かう道中の会話を思い出す。
『テオドール様はオルタ国には訪問されたことはあるのですか?』
『あぁ、何度か。……ラシェル嬢が黒猫ちゃんと契約したあと、闇の精霊について調べていただろう? もしかしたら、と思ってオルタ国のことを随分調べまわってたんだよ』
『そうなのですか⁉ オルタ国との闇の精霊が関係あるとご存知だったのですか?』
『いや、確信も証拠もなかったが。だが、何故そうまでして闇の存在を隠していたのかは気になるよな』
デュトワ国では何も情報が得られない状況の中で、それでも闇の精霊とオルタ国の繋がりを感じ取っていたテオドール様と一緒であれば、私が取りこぼしてしまう情報や気づきの手掛かりを知れるかもしれない。
それに、何故あんなにも隠し通していた秘密を私たちに打ち明けたのか。……気をつけなければいけないことも、知りたいことも山ほどある。
思い出しながら、そう頭の中で考えていると、横に立つテオドール様がふっと息を漏らした。
「ラシェル嬢、あまり気を張るな。頭を固くし過ぎると、逆に何も見えなくなる。のんびり構えるぐらいの方がちょうどいいよ」
私の心の中を知っているように、テオドール様はポンと私の肩を優しくたたき、微笑みを向けた。
「そうですね……。確かにテオドール様の仰る通りです。考え過ぎてしまうのは私のよくないところです」
「慎重なのか大胆なのか。ラシェル嬢を見ていると本当に飽きなくて楽しいよ」
テオドール様の言葉に、どういうことだろうか、と思わず目を丸くしてしまう。だが、その時、ルイ様とイサーク殿下はひとまず会話が終わったのか、二人揃ってこちらを振り向いた。
「マルセル侯爵令嬢、今日はお疲れですか?」
「いえ、大丈夫です。イサーク殿下、お気遣いありがとうございます」
「では、予定通り王宮内を簡単にご案内しましょう」
祝宴は明後日より3日間。お茶会、晩餐会や舞踏会など、予定が詰まっているため、明後日からはイサーク殿下ともこのように個人的に会話する機会も減ってしまう。
最終日にはほとんど時間がないだろう。つまり、あまり時間がない中で、少しでも多くイサーク殿下から闇の魔術に関することを聞ける機会を取りたいところ。
有難いことに、事前に宮殿内の案内の申し出を受けていたため、喜んで承諾した。
「王太子殿下はどうされますか。休むようであれば部屋の準備も整っていますよ」
「いえ、もちろんご一緒します」
「……そうですか」
向かい合うルイ様とイサーク殿下は、言葉の丁寧さとは裏腹に、どこか冷たい風が吹き抜けるような寒々しさを感じた。
それを見たテオドール様は小さく「ほらな」とだけ呟くと、イサーク殿下に向かって丁寧に自分は遠慮する旨を伝えてからさっさと踵を返して立ち去ってしまった。
「さぁ、では参りましょうか」
「あぁ、ラシェル。オルタ国の宮殿内は我が国と似ているようで、また違った文化を感じられる。イサーク殿下自ら案内してくださるとは、本当に感謝します」
「いえいえ、王太子殿下は何度か訪問してくださっていますから、あまり珍しくないかと思いますが」
「はは、そのようなことはありませんよ。素晴らしいものは何度見ても感動しますから」
傍から見れば、隣り合う国の王族の和やかな交流に見えるが、空気はどこか凍ったまま。ルイ様もイサーク殿下もにこやかな笑みが一層深まれば深まるほど、寒々しさが増してくる。
――えっ、もしかして滞在中ずっとこの空気なのかしら……。
イサーク殿下のあとを追うようにルイ様と歩みを進めながら、思わず笑みが引き攣りそうになってしまうのを、何とか踏みとどまった。





