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「美味しい……」
何だろう、この料理は。
見た目は良いとは言えない。とろっとして、スープのようにも見えるけど、それとも違う。
ひと口食べるだけで頬が緩むのを感じる。
それを見て、サミュエルは緊張した面持ちからホッとしたように力を抜いたようだ。
「これは粥と呼ばれるものです」
「粥?初めて聞いたわ。どこの料理なの?」
「……東の方の料理ですね。
米はこの周辺の国では比較的食べられているので、手に入りやすいです」
「食べたのは初めてだけど、米は聞いたことはあるわ。市井では食べられているとか。
炒めたり、スープに入れたりするのよね?」
「そうですね、そういった食べ方がこの辺りでは多いですね」
「これは違うの?」
塩っぽさと甘みのあるシンプルな味が体に染み渡る。
スープにパンを浸して食べることもしている。だが、スープ自体の味付けもありなかなか沢山は食べられない。
だが、この粥というのは僅かな味しかない。
だからこそ食べられるのだろうか。
「この粥は普通のものより味付けはシンプルに、水を多くしています」
「そうなの?」
「はい、食事量に応じて米の量を増やして魚や野菜、卵も入れていきますね。
他にも野菜などの煮物も身体に優しいものをお出ししますね。
徐々に食べる量を増やして、体が慣れていくようにしていきましょう」
このサミュエルが我が家に来てから3日、料理長はこの謎の料理を作り出す彼に懐疑的であったようだ。
だが、その独特な味付け、調味料に侯爵家の料理人たちは興味津々となったようだ。
サラ曰く、厳つい風貌に似合わず、腰が低く困ってる使用人には率先して手助けをする優しさがあるらしい。
この感じでは、すぐに侯爵家に馴染めそうだ。
量が少ないとはいえ、あっという間に完食し、もう少し食べたいと思わせるほどだ。
「もう少し食べられそう」
「いえ、食べ慣れない食材ですし少しずつにしましょう。
それに、気分が優れなくなるのもよくありません」
「そうね、サミュエルありがとう」
「いえ」
今まで用意してくれていた食事を残してばかりで、試行錯誤してくれている料理人たちには申し訳なかった。
「美味しくご飯を食べられるって素敵なことなのね」
「食べるものが美味しい。それだけで人は逞しく生きていける、と俺は思います」
私の言葉にサミュエルは細い目を更に細めて嬉しそうに笑う。
「ふふ、これからも楽しみにしているわ」
「はい、では失礼します。何かあればまた言ってください」
食事の大切さなんて考えたこともなかったわ。
当たり前のように美味しい料理が沢山並べられていたから。
ふふっ
つい笑みが溢れてしまう。
あぁ、やっぱり私は世界が狭かったのね。
今はこの部屋の中だけの閉ざされた世界にいながら、どんどん私の中の世界は広がっている。
♢
机で今日2冊目の本を読み終えた所で、サラがお茶が入ったカップを置いてくれる。
「お嬢様、顔色がだいぶ良くなりましたね」
「えぇ、ほんとサミュエルの作る料理は不思議ね!
食事の時間になると自然とお腹が空くの」
「良いことですね」
あれから、食べる量が徐々に増えて起き上がっていられる時間が増えてきた。
まだ、ベッドと机の行き来で少し息はあがるものの、だいぶ調子がいいのだ。
「そういえば、今日は王太子殿下が学園の帰りにいらっしゃるそうですね」
「えぇ、最近は忙しかったようだから二週間ぶりかしら?
手紙に陛下の代わりに同盟国へ行くと書いてあったわね」
「そうでしたね、殿下もお嬢様に会いたかったのでは?」
「会いたい?殿下が私に?」
想像がつかない。
確かに最近会うとだいぶ色んな表情をするようになった。
だが、どちらかというとからかって楽しんでいるようにも思う。
でも、食欲がない私にサミュエルを寄こしたり、感謝しなければいけない。
そうだ。ちゃんとお礼を伝えなければ。