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 私も殿下も何も言えずに、ただ黙って陛下の言葉を聞いていた。すると、陛下は面白そうにニヤリと笑う。その笑みは、どこか殿下と似ていてハッとする。


「だが、其方にひとつ忠告をしてやろう。お前が今のように腑抜けた顔つきをしている限り、この国は傾くだろうな。私がここまで築き上げたこの国を、お前が弱らせる。民は貧困に喘ぎ、他国から攻め入られる可能性もあるだろう」

「何を……。寝言なら寝てから仰ってください」

「それに、サリム地区であったか。お前はあの場所をどうにかしようとしているようだが、物事には順序がある。お前がやろうとしていることなど、子供の遊びのようなものだ」

「……何だと?」


 陛下の言葉に殿下は膝に乗せた拳を強く握り、小さい声で苛立ちの言葉を漏らした。だが、目の前の陛下は一切殿下の様子を気にも留めずに、むしろ殿下の神経を逆なでするかのように意味深な笑みを浮かべながら煽る言葉を続けた。



「愛だの恋だのに現を抜かし、判断を見誤ることだけはするな」



 その言葉に、殿下の苛立ちが頂点に達したかのように眉間の皺が深まった。それを見た私は、そっと殿下の固く握った拳の上に自分の手を添えた。

 隣で殿下が息を飲みながら私へと視線を移したのを感じながら、陛下へと「お待ちください」と声をかける。


「ラシェル」


 殿下の呼び掛けに微笑みを向けることで答えながら、もう一度陛下を真っ直ぐに見た。


「陛下、不敬を承知で一言申しても宜しいでしょうか」

「いいだろう、何だ。申してみよ」


 陛下は片眉を上げながら、顎をクイッと動かしながら私に話の続きをするように促した。



 不思議なことに、今日陛下にお会いしてから今まで感じていた圧倒的な存在感はそのままである筈なのに、畏怖の念は感じない。それは、陛下があえていつものような王としての威厳のある雰囲気を緩ませているせいなのか、それとも初めて国王としての陛下以外の顔を微かに見ることができたからか。

 それを理解できるほどには陛下のことを知り得ていないため、答えはでない。それでも、先程までの陛下と殿下のやり取りを客観的に見ることで、感じることがある。


それは、先程からの厳しい言葉を吐く陛下の表情が、若干ではあるが私をからかうときの殿下の表情と似ている気がする。だからこそ、私は陛下を前に震えを感じることはなくなっていた。


「殿下がこの国を想っているお姿、尽力していることは陛下もよくご存知かと。王太子として資質を認めているからこそ、厳しいお言葉を投げかけているのかもしれません」

「ラシェル、陛下はそんな甘い人間ではないよ。私のことだって、駒のひとつにしか思っていないのだから」


 隣で大きなため息を吐きながら、吐き捨てるように言う殿下の言葉もまた間違ってはいないのだろう。きっと今まで親子の情など掛けられたこともなく、ただ次代の王を育てるという目的が最優先な親子関係だったのかもしれない。


 だが、殿下が王としての資質を認められ、現国王が退いたその時は?


 先程からのやり取りを聞く限りではあるが、陛下は殿下をただの駒としか見ていないと本当にいえるのだろうか。



「私には賭けの話はわかりません。それに、陛下の人間性も殿下との親子関係も存じ上げません。それでも、賭けに勝った負けたで国王を殿下に譲り渡すような方とは思えないのです。むしろ……殿下が国王として十分に働きが期待できるから、としか考えられません」


 だからこそ、憎まれるような言葉で煽っているのかもしれない。この国の未来を、そして殿下の治世が豊かで穏やかなものであるように。



「聖女が誕生したことで、魔力のない私では王妃として不十分……そう思う人は多いでしょう」


 国の未来を想うからこそ、時に家族であっても冷静に、そして冷酷にならなければいけないことも理解はできる。あの時の私では、確かに魔力がないから、という以前に殿下の隣に立つ者として足りないものだらけであった。

だからこそ殿下の妃になり殿下の支えになるには、私自身の力を取り戻す必要があった。



 そして、今はきっと陛下にとって私は合格ラインに立つことができたということなのだろう。


 確かに陛下の考えや行動をすべて肯定することはできない。殿下は尚更そんな考えが強いだろう。それでも、陛下と殿下の描く未来の方向は僅かに違っていても、国を大事にする気持ちは一緒だ。



だから……。



「陛下、どうかこれからも見守ってくださいませんか。そして、今後もこの国の為に共に手を取り、尽力していただけると嬉しく思います」

「ラシェル、君の言葉はとても素敵だ。私は君のその真っ直ぐなところが好ましいと思う。それでも、相容れない人間もいるんだよ」

「いいえ、殿下。陛下には伝わっているかと」


 諦めたような殿下の表情を見ながら、私は首を横に振る。すると、殿下は怪訝そうに眉を顰めた。


「だって、陛下のお顔が……その、とても楽しそうな……」

「は? 陛下が?」


 私の言葉に噴き出して肩を震わせたのは、宰相であった。私たちのやり取りを黙って聞いてはいたものの、我慢の限界とでも言いたげに「マルセル嬢は観察力に優れていますね」と笑みを深めた。


「……私が楽しそうな顔をしている、か」


 ポツリと呟いた陛下はソファーから立ち上がり、窓際までゆっくりと歩いていき、大きな窓の前へと立つ。腕組みをしながら遠くを眺める陛下の横顔は、いつもキリっと険しい目つきを和らげながら、ひとつ息を吐いた。



「そう言われたのは私が王太子であった時以来だな。……でもそうか、楽しそう、か」


 顎に手を当てて考え込みながらこちらを振り返った陛下は、口元を緩めながら殿下へと視線を向けた。その陛下の表情は、初めて見る柔らかい笑みだった。



「あぁ、そうかもしれないな」

「私の考えなのですが……殿下に言い返されることが嬉しいように見えます」

「まさか……嘘、だろ」


 かつて見たことがない陛下の様子に、殿下の顔をそっと窺うように見ると、動揺しているのか視線を彷徨わせている。だが、一度瞼を閉じてひとつ深呼吸をした殿下は、再度目を開けた時にはいつもの冷静な殿下に戻っていた。

 もしかすると、冷静さを無理やり装っているのかもしれないが、それでも先程よりも強い視線を陛下へとぶつけた。


「あなたがどう考えていようが、私は陛下のことは自分の父ではなく、この国の国王としか見ることができません」

「そうであろうな。私もそうであったからな」


 

 殿下の言葉に陛下は動じることもなく、再び表情を険しくしながら国王としての佇まいへと戻す。


「とにかく、お前たちの婚姻に関して反対することはない。マルセル侯爵令嬢の加護の件も含めて、まずは近々開催される王宮舞踏会で正式に発表するつもりだ」

「えぇ、今日は宣言だけのつもりなので。ラシェルの今後のことや結婚式の日取りなど、詳しいことはまた後日改めて」

「あぁ」



 殿下と陛下、二人の間にはどこか冷えた空気が消えることのないまま話し合いは終了した。殿下と共に陛下と宰相に礼をして、退出すると殿下は私の手を握りながら足早に陛下の執務室から離れようとするかのように進んだ。表情は硬いまま何かを考えているかのようで、そんな殿下の横顔を見ながら必死に私も足を動かす。

 足早に進み続ける殿下に、思わず心配になり「殿下……」と声をかけるが、殿下には聞こえていないようで、眉間に皺を作った難しい顔をしたまま唇を噛み締めている。



「殿下……殿下!」

「あぁ、ラシェル。今日はありがとう」

「混乱されているのですか?」


 私の呼び掛けに、ようやく我に返ったかのように足を止めた殿下は、ジッと見上げた私の顔を見ながら「すまない」と眉を下げて瞼を閉じながら謝罪の言葉を口にした。



「そうかもしれない。あのような陛下の顔は初めてだったから、思わず動揺してしまったようだ。でも、大丈夫だよ」

「いえ、殿下。大丈夫ではありません」


 だって、今にも泣きそうなほど弱々しい顔をしている。思わず殿下の頬に添えた私の手に、殿下は安心したように息を吐いた。そして殿下の大きな手が私の手を包むように重ねられた。



「今更、父親のような顔をされても困るんだよ。あいつは国王陛下であって父親じゃない」

「えぇ」

「今頃になって父親面なんてされたくもない」



 幼い時から父親の背を追い、褒められたくて努力も沢山したのだろう。

 その度に、幼い殿下は父親に裏切られてきた。そして、父ではなく王としてみることで何とか均衡を保とうとしたのであろう。


 だから、陛下が歩み寄る態度をみせるのであれば、殿下もそうするべき、などということは言う気もないし、それが正しいとは思わない。

 



 それでも、いつの日か……。

 


いや、それを考えるのはやめよう。



 きっと親子の数だけ、形がある。

 埋まらない溝だってあるのだろう。それを本人が望んでいないのに、無理に埋める必要だってない。


 私にできるのは、ただ殿下の側で寄り添うこと。彼にとって、安心して息ができる場所になることなのだから。


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逆行した悪役令嬢は、なぜか魔力を失ったので深窓の令嬢になります6
― 新着の感想 ―
[気になる点] 言ってることが正しいと思う事と、そのやり方を是とするかは別なんですよね。 この王様のやり方はどう正しくても好きじゃない、ってだけですが。
[一言] ルイにとっては越えなきゃいけない壁であって陛下からすれば自分を越えれる様な王太子であってもらわなきゃならない… そこには確かに親子の情は必要ありませんね… いつか親子として笑い合える日が来る…
[一言] まあ、いつかきっとね
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