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何故、精霊王が……。
私の戸惑いに気がついたのか、精霊王は『あぁ』と一人納得するように頷く。
『なぜ生き返らせたか、だろ? それは単に興味を持ったから、だな』
「興味?」
『俺たち闇の精霊は元々違う森にいた。この国の隣の国だ。だが、あの国は自然が少なくなり住みにくくなったから、ここに越してきたんだ。
でも、ある日いつもは静かな森が騒がしかった。あ、お前が野蛮な奴らに襲われた時な』
「あの日……」
『あの日、人間の魔術から精霊の力を感じた。それで何事かと見に行ってみたら、闇の魔力が相当強いお前に会った、というわけだ。……まぁ、死んでいたけど』
精霊の力?
闇の魔力が強い?
精霊王がサラっと簡単に説明しようとした言葉の中に、多々疑問が生まれる。
相当不思議そうな顔をしていたのだろう。
精霊王は『説明下手か?』と、顎に手を当てながら黒馬に問いかけた。
黒馬はそれに『王は適当ですからね』と冷たく返している。
『まぁ……そういうわけで、久方ぶりに興味を持った人間に加護を与えてみた、というところだな』
え? 加護?
信じられない言葉に思わず目を見開く。
精霊王からの加護……ですって?
「あの、加護……というのは……」
『あ? 加護って、あれだよ。俺の力をお前に貸してやったんだろ?』
精霊王の力が、私に?
両手を握りしめて自分の体に流れる魔力に集中したところで、自分で感じられるのはクロの魔力だけだ。
精霊王の力など少しも感じることはできない。
「一切そのような力を感じないのですが……」
おずおずと精霊王を窺い見ながら伝えると、精霊王は目を丸くしてキョトンとした顔をした。
『王。娘の魔力をまだ返しておりません』
『……あ。悪い、悪い。ここに来たら返そうと思っていたんだった』
黒馬が艶やかな毛並みを風に靡かせながら、私の側に近寄る。
精霊王は思い出したと言いた気にポンと手を叩く。
「私の魔力が戻るのですか⁉」
魔力を返す、という言葉にハッとする。まさか、私の魔力は精霊王が持っていたとは……。こんなことがあるのだろうか。
信じられない思いのまま、思わず大きな声になってしまう。私の勢いに精霊王は驚いたように目を丸くした。
『お、おう。お前に加護を与える時に抜き取ったんだよ。
俺は人間の未来が変わる姿を見てみたい。お前は悔いた人生をやり直したい。だが、俺はただで力を貸すことはしない。
お前が俺の力を貸すにふさわしい人間と分かるまでは、俺がお前の魔力を預かっていた、というわけだ』
……そうだったのか。
確かに、ただ生き返らせてくれというのは都合のいい話だ。
でも、精霊王の話しぶりには少し気になる点がある。精霊王の言い方を考えると、精霊王は私を試していた、ということなのだろう。
加護を与えるに足る資質であるか否か。
「ふさわしくなければ……。私がやり直す前と変わらなければ、どうなっていたのでしょう」
『その場合は、魔力なしで長くは生きられなかっただろうな』
質問すべきかどうか悩んだが、恐る恐る尋ねてみると、精霊王は大した話でもないかのように、軽く返答した。
だが、私は思わず背中に冷や汗が流れるのを感じる。
つまりは、精霊王の期待に添えていなかった場合は、私は魔力枯渇のまま風邪をこじらせたりして死んでいた可能性が高いということか。
想像するだけで恐怖で体が震えそうになる。
その時、クロが心配するように私の足にクロの前足を乗せて、私の顔を下から見上げた。
そうだ……。クロがいた。
クロが契約をしてくれたから、私の体は普通に生活することも可能になったのだ。
それは精霊王が何か手助けしてくれたことなのだろうか、と疑問が浮かぶ。
「ク、クロが……クロが私と契約してくれたのは……」
『こいつが付いていきたそうだったから、許した。俺はお前がどうするのか見たかったけど、最初は手を貸すつもりはなかったんだよ。
でも、お前を監視するには誰かしら側にいると楽だからな。こいつにお前の様子を聞いてたんだ。それに、こいつは相当お前のことを好んでいるらしいな……悪いことなど一切口にしなかったよ』
「クロが……」
『普通は俺が過去に戻してやっても生き残ることはほぼできないんだけどな』
クロへの感謝で胸が熱くなっていると、それに水を差すような精霊王の言葉で、クロへ向けていた微笑みのままピシッと固まってしまう。
精霊王へとギギギと鈍い音が聞こえそうな首をゆっくりと動かして、視線を精霊王へと向ける。精霊王はひとり『おっさんの末裔もいたし、お前はラッキーだよな』と小さくボソボソと呟いている。
だが、精霊王のいう《おっさんの末裔》が誰のことを指すのかは全く分からない。でも、あまりに衝撃的なことが続いたせいで、そこを聞き返す余裕さえもない。
でも……つまりは、私は色んなタイミングや行動が違っていれば、今はもう生きていなかったかもしれない、ということなのだ。
『まぁ、今のお前を掴み取ったのはお前自身だ。久々に楽しませてもらったし、本当にお前を選んで良かったよ』
精霊王は本当に嬉しそうにニカっと明るい笑みを私に向けるが、私は渇いた笑みしか返すことができない。
それでも精霊王は機嫌良さそうに、『他に質問は?』と首を傾げながら私に尋ねた。
質問……色々あるような、何を尋ねればいいのか……頭がこんがらがってうまく働かない。
それでも、何より気になること。それは……。
「あの、闇の力とはどのようなものなのですか?」
『それは、自分で確認してみればいい。ほら、お前の魔力を戻してやる』
精霊王は、眉を上げてニヤっといたずらっ子のように笑みを浮かべる。
そして、手から何やら淡い光の玉を浮かび上がらせる。その玉は精霊王が私のほうに指差すと、その動きに合わせて光を放ったまま私の胸に吸い込まれるように消えていく。
何? 何が起きたの?
戸惑う私を他所に、胸に消えていった光が体に馴染むように全身を包み、魔力が巡る。
信じられないほど、自然に私の中に取り込まれた魔力は、以前とは比べ物にならないぐらいに大きなものへと変化する。
「これが……? いえ、私の魔力はこんなに強くはなかったはず」
『そりゃあそうだろ。俺の力を貸してやっているんだから、前より相当強くなっている。しかもお前は自分の適性を水だと思っていたようだが、それは違う』
「……どういう意味でしょうか」
『お前の力は闇にこそ発揮するんだ。水はそこそこ適正ありのレベルだな』
これが、精霊王の力?
ほんの一部しか借りていない筈なのに、こんなにも自分の中から力が湧き上がってくるなんて。
本当に現実なのかと自分の両手を見入っていると、黒馬が『王、そろそろ時間です』と精霊王に伝えているのが耳に入り、顔を上げる。
精霊王は黒馬を見ながら嫌そうに眉を顰めた。
『仕方ない……そろそろお前を一度人間の所に戻さないとな』
戻る時間?
『不思議そうな顔をするな。俺は光のおっさんとは違う。あぁ、おっさんって光の精霊王な。あいつ口うるさいから、もう何百年かは顔合わせてないんだよ』
「え、あの……」
闇の魔力についても聞いていないし、それに加護のことだって。
このまま戻っても本当に良いのかと口ごもるが、精霊王はそんな私に手で制した。
『大丈夫。また会える』
「またお会いできるのですか?」
『あぁ、もちろん。お前は俺の……』
『王、もう時間です』
精霊王が私に何かを伝えようとした瞬間、黒馬が周囲を見渡して、言葉を被せるように強い口調で精霊王に声を掛けた。
『分かったって。……そうそう。俺のことはネルって呼んでくれよな』
「あ、あの。ネル様、ありがとうございます」
精霊王は私に微笑むと、クロを抱き上げて私へと手渡した。
何も言えず茫然とし、なすがままにクロを抱っこして精霊王を見つめる。
すると、精霊王は優しく目を細めて『次は俺がお前の所に行くから、それまで待ってて』と頭を撫でられた。
精霊王を見ながら瞬きをし、私が目を開けると。
目の前には驚いた顔の殿下がいた。
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