10
───なぜ、なぜ、なぜ
『マルセル侯爵令嬢、聖女に毒を盛り、水で襲った犯人は其方だそうだな。何か申し開きはあるか』
『殿下、あの女が悪いのです!あの女は私から殿下を奪おうとしたのだから、当然の報いです』
『私は奪われるような覚えはないがね。聖女とは国の為に話し合うことは多くあったが』
『でも、中庭で何度も会話を……王宮にも招いていたではないですか!
私の友人たちは仲睦まじい姿を何度も見たと!』
冷たく光る瞳に表情を消した殿下は、私にあからさまに幻滅したと期待外れだと言うかのようであった。
『その友人たちというのは、君が聖女に散々危害を加えたと報告と証拠を持ってきた者たちかな?』
『なっ、そんな!』
『残念だが、君との婚約は破棄することとなった。
これは、国王陛下も君の両親も同意の上だ』
視界に入れる価値もないかのように、視線も合わさずに颯爽と去っていく後ろ姿に全身が冷たくなる。
ダメ、待って!行かないで!
『殿下、殿下!お待ちになって!』
♢
『貴方達、どういうことよ!殿下に何を言ったの!』
『ふふ、私たちは殿下に聞かれたので本当のことを』
『今は状況が変わったのですわ。貴方のそばにいる必要なんてもうないのですから』
『そもそも魔力だけで選ばれた婚約者じゃない。
最後だから教えてあげましょう。
皆、あなたが邪魔だったのよ』
クスクスと笑いながら醜く笑う彼女たちは誰だ。
日頃、私に都合の良い言葉を並べて褒め連ねていた彼女たち。
今は、目元だけがギラつき、口元を歪め、顔が真っ黒に染まったかの様に見える。
私は、私は、何を見ていたの?
彼女たちの口からはまだ私を笑い者にして蔑む言葉が止まらない。
こんな人たち、知らない。
でも
私もこんな風に誰かを下に見た発言をしていた。
それじゃあ、私もこんなにも醜い顔をしていたの?
♢
『ラシェル、お前は何てことをしたんだ』
『お父様、あの、私……』
『お前は殿下の何を見ていたのだ!聖女を害するなど、国をどうするつもりだ!』
『いえ、私は……あの……』
『明日、お前は領地の修道院へと送ることになった。そこで自分の行いをしっかり見つめ直しなさい』
やつれた顔で、顔を覆う父
泣き腫らしてソファに力なく座り、黙ったままの母
♢
馬車がゆっくりとゴトゴトと揺れる
『お嬢様、サラはお嬢様と出会えて幸せです』
『サラ……私は全てを間違えてしまったのね』
『お嬢様は元々お優しい方です。
ただ、悪い方へと影響されてしまったのかと』
『いえ、それを選んだのは私だわ。
聖女は謝ることもしない私に、間違いは誰にでもある、と』
『流石、慈愛に満ちた聖女様ですね』
『……修道院に行ったら、少しは近づけるかしらね。
あんな美しい光を纏う女性みたいに』
『勿論です』
『サラはほんと甘いんだから。
分かってるわ、あんな風になれないことぐらい』
───ガタッ
馬の甲高い唸り声と御者の悲鳴、大きく揺らぐ馬車
『お嬢様、何かあったのでしょうか』
震えるサラと2人抱きしめ合うと、馬車の入り口が乱暴に開かれる。
そして、目にしたのは鈍く光る銀の光。
♢
「……様、お嬢様、お嬢様!」
サラの呼ぶ声に意識が浮上する。
目の前には恐怖に震えながらも、一生懸命に私を抱きしめてくれたサラ。
ではなく、心配そうに私の顔を覗くサラ。
「お嬢様、随分うなされていた様ですけど」
「大丈夫よ。夢……そう、悪い夢を見ていたの」
「そうですか。では汗もかいているようですし、体を清める布をお持ちしますね」
サラは安心した様ににっこりと笑うと、部屋を出ていこうと踵を返す。
「サラ、ありがとう」
「はい、お嬢様」
ふふ、と嬉しそうに笑うサラは、もう私が感謝の言葉を言っても驚かなくなった。
嬉しそうに微笑むのみだ。
ベッドの側に殿下からの手紙が置かれている。
今日届けられたものだろう。
体を起こし、手紙を開けると体調を気遣う言葉に加えて
《先日の件で、侯爵家に紹介する料理人を連れて行く》
と書いてある。
あっ、食欲がない話?そこから料理人?
やっぱり殿下の考えることはよく分からない。
だが、過去にないこのやり取りは、あの悪夢を遠いものと感じることが出来て少し安心した。
さぁ、気分を切り替えなければ。