⑥?の生態(後)
サナは恥ずかしそうに俯いて喋りだした。
「昨日はシンヤさんが裸でベッドにいるの見て、つい取り乱しちゃいました。お恥ずかしい……」
なんだろう……「見て」って何で第三者的なんだ?
一緒にベッドにいた当事者じゃないの?
その答えはすぐに分かった。
「相手がサキュバスだって分かっていても、いけないものを見てしまったみたいで……」
「!?」
サキュバスとは夢魔といわれる悪魔の一種だ。
非常に魅力的な姿に擬態して夢に忍び込んで男を誘惑し、精を吸い取るという。
その目的は、禁欲の聖人の堕落を誘うためとされる。
まさか、自分がサキュバスに狙われるなんて。
まあ、確かにご無沙汰ですが……。
そこにエドが息を切らして現れた。
「探したぜ。まったく……、話の途中でどっか行きやがって。俺が説明してやるから、今度は最後まで聞いとけよ」
エドはさっきの反省を生かしてか、要点のみを伝えてきた。
それによると、昨夜の経緯はこうだ。
酔い潰れてダウンした俺は、サナとエドに肩を貸してもらい引きずられるように《白い一角獣亭》を出た。
宿に着いて俺を寝かせ、二人は帰ろうとしたが途中でサナがメガネを忘れたことに気付き、取りに戻ったという。
(ちなみに、メガネフェチの俺にとって衝撃の事実として、サナは伊達メガネということがここで判明した。まあ、別に良いのだが……。)
そこで悪夢のように醜悪な姿の悪魔と、裸てベッドで抱き合う俺を見つけ、エドが一刀両断とのことらしい。
エド曰く、爛れた老婆みたいな悪魔を抱いて、だらしないニヤけ面した俺の姿はこの世の地獄だったという……。
オエ……、そう言われても俺に実感はないが、聞いて気持ちの良いものではない。
斬り捨てられた死骸には非常に興味があったが、残念ながらすぐに煙のように消えたという。
おそらく、この世のものではない存在には、死んだら何かしらの力を失い、元の次元に戻るのだろう。
次元内における質量保存の法則みたいなものかもしれない。
または、悪魔は魔法的な力で自己の複製を送り込んでいるのか。
それにしても、サキュバスに襲われたとは思いもしなかったが、俺の当初の不安は解消された。
「良かった」
つい言葉に出てしまう。
「良かったとは何ですか?!」
それに反応したサナが少し怒ったように声を張る
「こっちの心配もしらないで、きっとサキュバスに良い夢を見させてもらったんでしょうね!」
そして、何故かサナは手で不穏な印を結び始める。
「頭を冷やす必要がありますね」
白い冷気が漂いだす。
ものの例えでなく、実際に冷やそうとしてる。それも極めて低温で……。
「あ、いや!サナに怪我がなくってって意味で!それに、魔法は衛兵に見つかると厄介だよ」
「む……、そういうことでしたら。まあ……」
命の危機を感じた俺の誤魔化しに、心なしか頬を赤らめながら機嫌を直すサナ。
「仕方ないですから、ランチをご馳走してくれたら許してあげます」
(でも、俺もさっき助けたよね……)
俺は口から出そうになるのを抑えて、快諾した。
「もちろん、美味しい店をリサーチしとく!」
「嬉しい!魔法ってやっぱり便利、早く登録しておこう♪」
ポツリと呟くサナに戦慄を覚えつつ、俺は帰路についた。
ただ、何か違和感が残る。
サキュバスは悪魔であり、出現は非常に稀だ。
俺が狙われたのは偶然なのだろうか……。
その後、《白い一角獣亭》の常連達から、興味津々に根掘り葉掘りサキュバスのことを聞かれた。
活版印刷もなく書籍は手書きの貴重品、情報の伝達が進んでいない社会では仕方のない話だがサキュバスの正体なんて普通の人々は知らない。
俺が記憶がないことを告げると、口々に「勿体ない」、「俺にも来てほしい」の大合唱だった。
サキュバスの正体を知れば、そんなこと思いもしないだろうが……。
結局、世の中の都合の良すぎるものなんて、真実はこんなものだ。
でもまあ、楽しそうにしてるところに水を差すのも悪い。
猥談で盛り上がる男達に囲まれ、俺は今日も笑いながら酒をあおるとしよう。