第十六話 「ベレとヘレン」
(寒い...)
パーチェスに意識が戻ってきた。
(ここはどこ?)
肌の感覚が蘇り、目を開け視界に入ってくる新鮮な情報を必死で確認する。
(捕まったのか...)
鎧騎士のパーチェスは『ガルゴス』に捕まり、どこかの監禁室に連れられていた。身を守るあの黒色の鎧は全て剥ぎ取られており、中に着ていた服も身につけていなかった。寒いと感じたのも無理はない。全裸の状態で手首と足首を鎖で結びつけられ暗い部屋で拘束されていたのだ。
しばらくして目が暗闇に慣れ始めた頃、部屋の外が騒がしくなった。
ガルゴスの構成員達だろう。
やっと慣れた暗闇に魔法の灯りが点灯し、眩しさがパーチェスを襲った。手で目を覆いたくなくなるが手足を縛られているので、諦めるしかない。
三人の構成員が部屋の中に入ってきた後に登場したのが赤髪の男、ベレだった。
「鎧騎士も鎧を取られればただの人間だな」
全裸になったパーチェスの体の隅々を見ながらベレが皮肉を込めて挑発してきた。
「貴様もだろ」
「そうだ そのとおりだ。俺もただの男さ。鎧騎士の方はどうやら女だったようだな」
「知っていたくせに」
「ああ 噂ではな。 ただ実際に服を剥ぎ取っても本当に女なのか疑うねえ.... 身体中の傷を見ると全然興奮しないな.... あれがない男と言った方が適切かな? すまない 君にとって男と言うのは褒め言葉になってしまったね」
「何か用か?」
パーチェスは不満げにベレに尋ねた。一々面倒な話などしているつもりはない。わざわざ拘束して意識が回復してから現れたのだ用がないわけない。
「君は話が早いな ありがたいが 魅力がないねえ お姉さんとは大違いだな」
(姉さんだと!?なぜそれを!)
「なっ!? なんの話だ!?」
ベレに姉の話をされたパーチェスに一気に汗が溢れてきた。今まで姉のため、姉の家族のために姉が所属していないギャングのメンバーになり自分なりに頑張ってきたつもりだ。これは誰にも言っていない。部下にもだ。なのになんでこの男は知っているのか!? 焦り始めたパーチェスの体温が上昇する。
「ギャングならもう少し嘘をつくのを上手くした方がいいと思うぞ.... はあ 俺はガルゴスの中ではそこそこのお偉いさんなんだ。その俺がお前とヘレンが姉妹関係じゃないことを知らなかったとでも?」
(ガルゴスと戦うときはいつもヘレンが構成員の中にいないか見てきたが...クソっ)
「コルノン市に住んでいるんだ 姉妹が違う組織にいても不思議ではないだろう」
「開き直ったなパーチェス 面白い ではそろそろ本題だな お前が殺してくれた俺の部下の分はきっちりと償ってもらおう ケック! 連れてこい」
「はっ!」
ベレの背後にいた構成員が部屋から姿を消して数分後、扉をノックする音が聞こえた。
「入れ」
息を飲みながらパーチェスは扉から入ってくる者を観察する。
嫌な予感がしたからだ。
扉が開き先ほどのベレの部下が入ってくる。そして、
手首を縄で縛られたヘレンが現れた。
「姉さん!!」
「パーチェス! ああ どうして...こんな姿に!」
裸のまま拘束されたパーチェスを見てヘレンが嘆き、現れて欲しくなかった姉の存在をみてパーチェスが絶叫した。
「クソが!クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが なぜガルゴスのメンバーである姉さんをここへ連れてきた!!」
手首足首を縛られたパーチェスが暴れ始め、鎖が壁に何度もぶつかり室内にチャリンチャリンと擦れる音が響く。
「それは貴様が何も考えずに大切な人がいるという組織を破壊しに来たのが全ての発端だろうが! 自分だけが助かるとでも? ありえない! 殺しには責任が伴うんだ これからお前の姉が死ぬようにな」
「外道が! それでも組織内のルールがあるだろうが! メンバーには一切手を出さないという」
「そのメンバーの妹はメンバーを何人も殺した殺人鬼だ。この際関係はない」
確かに今回はベレの言う通りかもしれない。『天国草』獲得のためにガルゴスの野郎を殺したのは自分だ。だが、それにしてもこの結果だけはどうしても受け止められない。姉のために行動していたのに、それが裏目になるなんて...
涙が止まらなかった。泣いても泣いても洪水のごとく流れ続ける。裸の体を沿うようにして滝が流れる触感を感じた。
「パーチェス 私はいいの...気にしないで....子供達が助かれば....私は中毒者。母親失格なの これは運命かもしれないわ」
「姉さん!!そんあこど...いわ...いで」
自分でも何を言っているのかわからない。それでもなんとかしてこの状況を抜け出したい。魔法を使おうとしても手首につけられたマジックアイテムの所為で魔法が発動しない。
「ベレ! 殺すのは私にしろ!! 姉さんは関係ない」
「当事者が死ぬのは当たり前。当事者の家族の死は仲間の死の代償だ....俺だってこんなことはしたくない。かつて愛した女を殺すなんてな....お前がこんなことをしなければ平和に暮らせていたというのに。悪者は俺ではない。元凶のお前だ」
「クソが! お前が連れてこなければこんなことには!!」
「何故敵組織に姉妹が分かれて所属しているのにも関わらず、今まで戦闘中に接触することが無かったと思う? 偶然か? 何故度々姉妹が再会していたのに誰もお前らの関係の事を口外する者がいなかった思う?」
「....なっ!?」
「そうだ 全て俺が仕組んでいたからだ。 お前が暴れた事でもうおしまいだがな」
「そんな...そんなことお前がする意味があるのか...?」
「ヘレンの息子であるダリスの父親は俺だ。息子たちを守るのが理由だ。お前なんかよりも貢献しているぞ」
「そんな...なら母親を殺すのはなおさら止めろ!」
「これはギャングにいる者としてのケジメだ。仕方がない。お前だけが悲しんでいるとは思うなよ!」
「うわあああああ!!!」
暴れても何もできない。もうしでかしてしまった自分の失態の大きさにパーチェスはただ絶叫することしかできなかった。
「パーチェス 愛してるわ」
「姉さん」
「覚悟はできたかヘレン?」
殺人鬼ベレとは思えない優しい顔をしたベレがヘレンに微笑む。
「ええ」
目を閉じ、意を決したヘレンが答えた。
「よし」
ベレは肩が背負っていたギロチン包丁に手をかけたその時だった。
突如、部屋の扉を開けガルゴスの構成員が慌てた様子で入ってきた。
「何事だ! 今は入るべきではないぞ!!」
「申し訳ございませんベレさん! ただ外の様子が変でして! 正気を失った人間達で街がパニック状態なんです!」
「は? それはいつものことだろう?」
「中毒者じゃなくて もう怪物と化した人間で溢れてます! 死体が動いてるみたいなんです! そしてそいつらが生きてる人間を手当たり次第に食ってくんです」
「意味がわからん...」
「俺らもよくわかんないですけど早くここを逃げましょう!」
「そんなに不味い状況なのか?」
「はい 歩く死体の群れもやばいですけど、コルノン市の周りに大量の治安維持兵が集結し始めています! このままでは袋の鼠です!」
「何!? とりあえず俺も外の様子を見る。お前たちこいつらをこのまま監視しておけ!」
「はっ」
絶体絶命のピンチの最中、突然訪れた謎の状況に二人の姉妹は顔を見合わせ、静かに笑い合った。
まだ生きていられると...。




