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第十話 「地下街の魅惑」

「ああ もう! なんでこんな所に私が来なきゃ行けないのよ!」


 クロエはコルノン市の地下街を歩いていた。外の市街地とは異なり、通り過ぎる大人達は怪訝な眼差しを相変わらず向けてきてはいたが、声を掛けてくる怪しい者は今のところいなかった。


 自分の判断で家を飛び出してきたものの、危険と言われているこの地下街に来たことを後悔していた。一人で見知らぬ地に行くのは怖い。その上、さきほどから度々見たこともない形をした人間達を見かける。


 クロエは中毒になった母親と食事を捨てたあの忌まわしき居候に対して消えない怒りを抱きながら『天国草』を探している。


 地上で母親のために『天国草』を入手するにはギャングのところに行かなければならない。しかし、母親の所属するギャングが所持している今週分の『天国草』は手に入りそうもない。そして無論、その他のギャングからはクロエの力では奪うこともできない。


 ならばギャングの支配が及んでいない地下街に行けば良いとクロエは思ったのだ。


 しかし、市場に並んでいるのは食べ物やマジックアイテムばかりで『天国草』は見つからなかった。


 商人達に直接聞こうかとも考えたが、怖いのでとりあえず市場を一周してから人当たりが良さそうな人を探すことにした。


 煩い市場を歩いているとクロエの耳を魅了する音が入ってきた。


「この音は.....何?」


 『天国草』を探していたクロエであるが、どうもこの軽快で心が躍りそうになる音を聞き逃すことができない。


 クロエは音がする方へと歩き出す。


 すると、徐々にそのリズカルな音が大きくなり、赤や紫色の明かりをチカチカと発光する店が見えてきた。そして、その店には大勢の客が入り込んでおり、ステージと呼ばれる壇上から音が出ていたということに気づいた。


 ステージの上には二本の曲がった角を頭に生やした妖艶で美しい女性が軽快なリズムに合わせて躍りながら歌を歌っている。サイドにはこれまた美しい耳の尖った女性三人組が楽器を奏でているようだ。


「綺麗...」


 女性で子供であるクロエでさえ、目を奪われていた。ステージの下で応援をしているお客達の興奮は冷めることがなく、ひたすら「可愛い! 俺と結婚してくれえ!」と叫ぶ者や指笛を鳴らしている者がいる。それは男性の客のみならず女性の客までも手をあげ、リズムに乗りながら叫び倒しているほどだ。


 もっと見ていたいクロエだったが、『天国草』を探さねばならなかったので渋々見るのを断念し店を出ようとした時、


「ねえねえ 君 どうしてこんなところにいるんだい?」


 ついに大人から声を掛けられてしまった。


「....!? いや...その ちょっと立ち寄っただけ....」


「本当かい? 君、十五歳くらいだろ? こんなところにいたら危ない 家があるなら早く帰った方がいいぞ」


 クロエはこの人は地上にいる人達よりも優しいと感じた。地上にいる者達は頭のおかしい連中しか話しかけてこないが、この見ず知らずの人は自分の安否まで気遣ってくれている。そして、実際の自分の年齢よりも少し上を言われたので、大人に見られたということに若干機嫌が良くなった。


「家には帰れない....」


「ああ そうなのか... それは残念だ。聞かない方が良かったね ごめんな 忘れてくれ。 それよりもどうだい? この店の歌は?」


 この人は気を使って話を変えてくれたのだろう。クロエは正直に答えることにした。


「凄い 今まで見てきた中で一番美しい!」


「おお! それは良かった! 実はこの店は僕の店でね 今ちょうど新しい歌手を探していたんだ。どうだい? やってみないかい? ここなら安全だよ」


 心を奪われたあのステージに自分が立てるかもしれないと思うとクロエの心が揺れ始める。


「え!? 本当に? でも怪しい.... 店の人かもわからないし....」


「ああ そうだね このままじゃ地上にいる怪しい奴等と変わらないなあ はい これ! ここの従業員カードだ」


 見知らぬ人が渡してきた従業員カードをみると、この店の名前が入った証明証だった。どうやら店長のボブという人のようだ。


「いきなり誘うのもあれだ....とりあえず 見学して行きなよ あっ! 自己紹介が遅れたね 僕はこの『ソニッカ』の店長、ボブだ。よろしく!」


「よろしく...」


 クロエはボブの流れに巻き込まれてしまったが、抵抗する気が無かった。予想に反して怪しい人でもなさそうだし何しろあのステージに近づくことができるのだ。簡単には断れなかった。


 見学なら行ってみようと、好奇心が懐疑心を打ち砕いた。


 その後、ボブについて行きながら店の裏側に入ると、そこには細い廊下を忙しなく歩くドレスを着た綺麗な女性達がいた。もしかしたら自分もあのようなドレスを着れるのかもしれないと思うとテンションが上がる。クロエが興味深く見ているとボブが説明をしてくれた。


「もしかして見るのは初めてかな?ここにいるほとんどは人間種だが、人間ではない亜人だよ。政府が亜人と区別しているけど、僕個人としてはみんな素敵な仲間だと思っている。あの角が生えているのは『サキュバス』という種族で耳が尖っているのが『エルフ』と呼ばれる種族だ。」


 皆、プロなのだろう。化粧を塗ってドレスの緩みを直し、楽器を磨いたり声の調子を整えている者ばかりだ。


 クロエはただ圧倒されていた。


 小さな部屋がいくつも連なっていた廊下を抜け、店の裏口らしき扉をボブが開けるとそこには馬車が停まっていた。


「一応店内はこんな感じだ。折角着てくれたんだからドレスを着てみないかい?」


「着たい!」


 クロエはこんなにも自分からやりたいと思ったことがなかった。そして、気づいた。自分がやりたい事を。


「いい返事だ!そのうちステージに立っていた『サキュバス』よりも美しい人になるだろう...これは期待できるぞ よし! じゃあ今部屋が埋まってしまっているからこの馬車の中で着替えてもらおうかな...大丈夫かい? 少し移動用だから狭いけど」


「大丈夫です!」


 クロエはいつの間にか敬語になっていたことも気づかず元気に返事をした。女にとって衣服はとても重要なのだとダリスに言ってやりたい。


「わかった じゃあ 中に入ってくれ」


 ボブが馬車の扉を開けると中には真っ赤なドレスが置かれていた。誰かが置いてままにしていたのかもしれない。クロエが着替えようとするとボブが見えないように扉を閉めてくれた。


 ボブは自分よりおそらく母親以上に年齢が高い人なのに子供のクロエにも配慮してくれた事が嬉しかった。


 しかし、


 ガチャっ!


 扉に鍵が掛かった音がした。


 これはクロエに配慮した結果なのか、それとも....


 内心少し焦り始めたクロエは急いでドレスに着替えた。早く事情を知るために。


 ドンドンと扉を叩き外で待っているはずのボブに話す。


「着替え終わったよ。 開けて!」


 すると、馬車がクロエの合図をきっかけにして走り始めた。


「ねえ どういうこと!? どこにいくの? 開けて!!」


 クロエは扉を何度も叩き外へ出ようとするが、ビクともしない。


 あのボブという男に騙されたのだ。


(クソ!!!)


 見ず知らずの人を信用してしまう方が悪い。それはコルノン市では暗黙的に知れ渡っているはずの常識であるのに。


 子供のクロエは好奇心には勝てなかったのだ。



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