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第九話 「開かれた世界」

 ミーシャに教えてもらった通りにウィルはコルノン市の市街地のある路地を曲がると、突如として地下へと続く階段が現われた。人気も少なく、目立たないこの場所は絶対に自力では探し出せなかっただろう。


 今のウィルの格好は漂流してきた時に身につけていた鎧を着けておらず、ヘレンから以前に貸してもらった灰色のローブを身にまとっている。家を出る際にミーシャが鎧だと目立つから左腕も隠せるローブを着て行った方が厄介ごとに巻き込まれにくいだろうと忠告してくれたのだ。


 ミーシャの優しさを感じながらウィルは地下へと続く階段を降りていく。階段には闇を照らす松明などが取り付けられていないようで、路地から差し込む薄暗い光が届かなくなるところまで降りると完全なる闇に覆われた。


「<発光>」


 生活魔法である<発光>を唱えて闇を照らし、カツカツと音を響かせながら階段をさらに降りて行く。慎重に降りようとしてもウィルの周りに音が存在しないので己の足音がどうしても際立ってしまうのだ。


(うーん 本当にクロエはこんなところ来るだろうか.... 生活魔法が使えないと進むことも難しいぞ....)


 クロエは地下街へ行っただろうという予想を立てたものの、実際に来てみると自分の予想が外れているような気がしてきた。こんな危険な場所に子供であるクロエが来ていないのなら嬉しいことに越した事がないはずなのだが、無駄足を運んだとも考えたくない自分がいる。


 しばらく階段を降りて行くとカーブが出てきた。螺旋階段のゾーンに入ったようだ。そして螺旋階段を降りて行く同タイミングで徐々に下の方から地下街の喧騒らしき音が響いてきた。


(もう少しで到着だな)


 この予想はすぐに的中した。螺旋階段のゾーンはすぐに終わり、階段を降り終え、目の前に現われた金属製の扉を開けるとそこには、


 地下街とは思えない大きな空間が広がっていた。そしてその空間には地下の土を使って盛り上げたような箱に似た建物が碁盤の目のようにずっらと並んでいる。建物一つ一つが明かりを発しており、天井付近や道にも明かりがあるので地下街でありながら全体を見渡せるほどの光量がある。


 ウィルは早速、地下街へ侵入した。侵入と言っても特に見張り役などはいないので抵抗なくスムーズに入れた。地下街に入り、ウィルが最初に驚いたのが人の数だ。入り口付近の階段にはほとんど人がいなかったのに対して、ここには外の市街地に負けない、いやそれ以上の人で賑わっている。だが、ウィルの驚きはそれだけでは止まらなかった。


 人で賑わうこの地下街に、人以外の種族がいた。


 数は多くないがいるにはいる。そして、周りの人間も平然と歩いているのだ。


(なんだここは!?...ありえん)


 人以外の種族... 例えばモンスターならいても可笑しくはない。馬のように移動する手段として使われたり、食事として狩られたりして骨や肉が売られているのは日常だ。ウィル自身もレジスタンスにいた頃は、猿型モンスターの『オリトゥ』を拠点の防衛に使っていたのでモンスターには慣れている。


 しかし、地下街にいたのはモンスターではなく、


 亜人だった。


 亜人と呼ばれる種族は人間に近い生き物で思考能力も高く、身体能力についてはほとんどの種族が人間よりも高い。


 デヴォルカス連邦共和国は純粋な人間による国であり、亜人とは敵対関係にある。原因としては亜人の王が支配する王国、『アムソトラル王国』と長年仲が悪いことも要因の一つなのだが。


 そんな亜人がデヴォルカスのコルノン市にいること自体が既に非日常なのだ。ウィルは初めて亜人を目の当たりにした。


 亜人についての己の乏しい知識を頼りに視界に入った亜人達を検索する。


(あれは、『タイガーヒューマン』かな.... 今あの店で交渉してるのは『ケンタウロス』じゃないか!)


(頭がついていけん.... おう あれは『エルフ』か.... 綺麗....)


 ウィルがつい見とれてしまった美しい女性は尖った耳が特徴の『エルフ』と呼ばれる森林地帯で主に生活している人間種だ。人間種であるのだが、デヴォルカス政府は人間とは認めず亜人というカテゴリーに分類している。そのため『エルフ』でさえ保護対象外として動物のように扱われることもあるようだ。


(まあ政府に保護対象と認められても意味はないがな....)


 ウィルはソウルポリスでの殺人監視塔などを思い出した。人間であるウィルでさえデヴォルカスは居心地が悪い。なのに亜人と呼ばれる者達がこの地下街にいることが信じられなかった。


 地下街ではウィルが見たことのない食べ物やマジックアイテム、動物が売られていた。しばらく見回ってみるとどうやらここは政府非公認のオープンマーケットのようだ。


 オープンマーケットとは訪れる客に制限をかけず、誰でも歓迎するというスタイルを持つ市場のことである。デヴォルカスで使われるこの言葉は主に貴族以外の職業を持つ平民でも歓迎するというソウルポリスの『トラスパレントマーケット』などを指すのだが、ここは本当の意味で誰でも客として見なす市場なのだ。


 ウィルは感心していた。レジスタンスが目指すべき目標に取り入れるべきだったと。


(いかん いかん クロエを探さなくては!)


 驚きづくしのこの街で本来の目的を忘れかけたウィルはクロエを探すため、近くにあった食肉店の親父に声を掛けてみる。


「なあ 少し聞いてもいいか?」


「なんだい? 肉のことならなんでも答えてやるぜえ」


「いや肉のことは関係ない 人を探しててな.... この辺で小さな女の子を見かけなかったか?」


「....おいおい ここは肉屋だっての.... まあ いい教えてやろう! お前さんも年の割に変な趣味をしているな」


 肉屋の親父はニヤニヤしながらウィルに話しかけてくるが、何やら勘違いをしているようだ。


「違う!そういう店を探してるんじゃあない 知り合いの娘が迷子になったのだ」


「なんだよ そうならそうと最初から言ってくれや!」


 コルノン市の商人しては地下街の者は人当たりが良いなと感じる。


「お! 見かけたか?」


「いや 見てねえな すまん!」


 少しがっかりしたが、そう簡単にこの広大な地下街から見つけることはできないだろう。念の為ウィルは『天国草』についても情報を聞いてみることにした。


「なるほどな....じゃあ この辺で『天国草』を売っている店はあるかい?」


 肉屋の親父の顔色が僅かに変わった。


「『天国草』? なあ兄ちゃんや 本当に探していたのは迷子の子かい? 俺は人さらいに協力はしたくないな」


「勘違いするな 俺は元々『天国草』を探しにきたんだ。迷子の子は途中で知り合いに頼まれたから聞いただけだ」


「....まあ いい 干渉したくないしな 『天国草』か 地上で買わないとなるとお前は余程の知識を持っているのだろう 場所くらい知っていそうなものだが」


「俺は旅してきたんだ 偶然地上でこの地下街の事を耳にしたから来たまでのこと。場所は知らないんだ」


「そうか.... まあこの辺は観光客向けだからな そいつが欲しけりゃ奥まで行けばいいだろうよ!」


「ありがとう 協力感謝する」


「ん!」


 ウィルが感謝すると肉屋の親父が手を出してきた。手の角度からして握手ではない。チップか。


「あいよ」


 ウィルは銅貨を出し、情報代を払うと地下街の奥へと歩き出した。




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