プロローグ
白色の鎧を身にまとった総勢二十人の治安維持兵の足音が深夜のスラム街に響き渡る。
この部隊を率いているのはソウルポリス西移民居住区巡回部隊隊長のゴエル・ノーラン。
彼、ゴエルは正直、今回の任務に自分達の部隊が任命されたことが不服だった。今まで上の者の命令を犬のごとく従順に従い、機嫌をそこねないように動いてきたつもりだ。なのに何故こんな危険な任務が回ってきたのか考えただけで吐き気がでてくる。そんなやりようもない怒りをこのスラムに住んでる不幸で自分よりも下の者に対してぶちまけてやりたいが、今は後ろに部下がいるため今日はやめておこうと心の中で呟いたゴエルであった。
そしてゴエルは部下の士気を上げるためーーーーと同時に自分の中に溜まった不安を強引に搔き消すために再び、部下に対して指示を飛ばす。
「これよりソウルポリス西移民居住区で発見された悪魔を討伐する。各員、目的地に到着した後、直ちに指定された配置につけ!!!」
ゴエルの指示の元、一斉に治安維持兵達が行動を開始した。
デヴォルカス連邦共和国と「人間」により名付けられた国がある。由来としてはヴォルケッシュ人の地という意味を示すそうだ。主に温暖な季節的気候に属し、首都及び最大都市はソウルポリスである。
そして、世界における経済的及び政治的な主要国であり、多くの魔法技術分野における重要な指導国でもある。人口は約6000万。
その国民の生活を取り締まる治安維持兵は白色の鎧を身にまとっている。何故兵士が目立つ色の鎧を装備するのかは、おそらく自分達の存在をアピールすることが主目的なのであろう。国民が政府に対して反抗的な行動を取らないとい思い込んでいるのかも知れないが。
デヴォルカス連邦共和国は連邦という名の通り、かつての戦争によって小国をまとめあげた故の名前であるため、統治する際は国を維持するために国民の使用する生活魔法用具などは全て政府が大量生産したものであり、どれも同じ性能、構造をしている。さらに国民の表現の自由や行動の自由などを制限し、反乱を起こす者や計画を企てた疑いのある者は一人残らず処刑されていた。長らく政府の統治が続くと国民の反逆意欲は元より、己の欲求すらも現在は消えかかっている。ーーーー貴族は例外かもしれない....。
首都ソウルポリスは最大都市というだけもあって、かなりの人々が生活している。政府による厳しい統治に対して不満はあるが行動を起こそうという一般市民はもはやいない。耐えられるのも最低限度の生活ができることと、自分たちが底辺ではないという意識があるためであろう。
ソウルポリスの外れにあるソウルポリス西移民居住区には周辺国から連れてこられた奴隷や、難民が住んでいる。政府の表向きの難民受け入れ政策によるものであるが、実際は底辺の設定基準を下げる事が狙いだ。そしてソウルポリスの治安を維持するために街には、ソウルポリス治安維持部隊が毎日巡回している。彼らの腰には魔法の込められた剣が携えられている。
国民の仕事としては治安維持部隊の末端の兵士か武器やマジックアイテムを作る職人、食料生産や掃除などが主に挙げられる。成人を過ぎた男性は大半が兵士になる道を進む。
この選択はソウルポリス西移民居住区巡回部隊に新人として配属されたウィル・クェーサーも例外ではなかった。若干二十歳を超えた年相応の体で、普段から気怠げそうな顔をした彼は、特に夢もなく普段の退屈で窮屈な生活から逃れたいと幾度となく考えていたが、行動しても無意味だと十分に理解していたので国に敷かれた一般兵士になる道を進んでいた。
唯一ウィルが好きなことと言えば密かに自宅で絵を描いたり、国から支給された使い捨てコップで作品なるものを作り上げることである。当然バレれば相応の処分が待っているので今までこの趣味を知っているのはウィル以外にはいない。ーーーそのはずである。
ウィルの普段の仕事はソウルポリス西移民居住区の取り締まりや巡回などの治安維持活動やその他の雑務が主であるのだが、今回ソウルポリス西移民居住区とソウルポリス一般居住区との間に設置された関所に召集された際の周りの雰囲気はいつものそれとは違った。関所内がやけに騒がしかったためである。そんな異変にウィルが注視していると、突然聞き慣れた声が聞こえてきた。
「よう ウィル、久しぶりだな!」
振り返ると昔ながらのウィルの親友であるロルト・K・ノーゼがこちらに歩んでいるのに気づいた。
「ロルト! なんでお前がこんな所にいるんだ? それに鎧まで装備して」
「いやあ それは俺の魔法の援助が必要な状況だからに決まってんだろうが」
ウィルは少し不安になった。というのも親友であるロルトはそこそこいい所の貴族向け商人の息子であり、ロルト自身も強力な幻術を使えることからソウルポリスの貴族が住む高級住宅街の治安維持部隊に配属されている優秀な兵士であるからだ。そんなエリート兵士様がこんなスラム街地区に派遣されて来ている理由など良い話の訳があるまい。そう思い、ウィルは恐る恐るロルトに尋ねてみる。
「今回はどんな任務になりそうなんだ?」
ロルトはウィルに聞かれると先ほどの砕けた空気から一変し、真剣な顔で
「後ほどお前んとこの隊長ーーー.....。からも指示がでるとは思うが、スラム街で悪魔の出没報告がでたらしい」
「は...? 何!?」
ウィルは突然の悪魔という単語を認識した瞬間、徐々に自分の心臓の音が聞こえてくるが分かった。今まで治安維持部隊に所属したことにより死という言葉は、底辺の者にしか関係のないものだと自分に嘘を付いてきていたが、ついに嘘であることを認める時が来たのだと感じた。しかし希望はまだある。悪魔といっても様々な種類がある。外国の兵士の事を指す場合や人体改造者、精神異常者、亜人などの人間でない生物、または単なる奴隷ということも。単なる奴隷であれば大ごとにはならないが、念のためロルトに、
「もしかして、奴隷のことか?」
ロルトは肩を竦めながら、
「な訳ないでしょ。精神異常者らしい」
ウィルは最悪な状況でないと少し言い聞かせながらも、自分史上一番の危険な状況が訪れたことを理解した。悪魔と呼ばれる中で最悪なのは、人体改造者と亜人の場合であり、次が精神異常者である。この世界の法則ではどうやら魔法の力は発動者の精神・肉体による影響が大きいらしく精神異常者となれば本人では制御できないほどの強大な魔法を行使できる。
「集合!!」
ウィルは一度考えることを停止し、ロルトや関所にいたメンバーと共に我らがーー.....最強の隊長であるゴエル・ノーラン殿の元へと急ぐ。
全員集合したとゴエルは確認するとこの場の者全員に聞こえるような声、若干早口だったが、今回の任務の説明を始めた。
「今回の任務は通常の巡回ではない。ソウルポリス西移民居住区の廃墟地付近で精神異常者系の悪魔出没報告が上がったため、討伐に向かう。我々はこの地区の治安維持部隊のため第一陣として向かう。しかし、対象がどの程度の魔法を行使するかは不確かであるために、応援として幻術が使えるロルト・K・ノーゼ治安維持兵に来てもらった。対象発見時はまず、彼の幻術で対象の注意をそらし、その隙に土系攻撃魔法で対象の足元を泥沼化し、動きを封じた後、雷系攻撃魔法で対象を抹殺する! 質問ある者はいるか?」
するとウィルの前方にいた兵士が手を挙げた。
「マックス。なんだ?」
手を挙げたのはマックス・ウォルス。長い間隊長と治安維持部隊で仕事をした者で、火系の魔法を得意とするものだ。
「隊長。我々は第一陣と仰られましたが、第何陣まで我々以外に控えているのでしょうか?」
「第三陣までだ。さらに付け加えるなら第二陣は我々の援軍ではない。我々が全滅したときの予備であり、第二陣すらも全滅した場合は政府直轄の特殊部隊<クリーンブラック>が到着する手筈になっている。以上だ」
ウィルとロルトは顔を見合わせた。両者共に今回の状態が自分たちの予想を越えるものになる可能性があると実感したからだ。ロルトすらも驚かせたのは自分たちに援軍が来ない事ではない。所詮第一陣など対象の戦力を知るための駒に過ぎないのは十分理解しているつもりであるが、第三陣の段階で<クリーンブラック>が出てくるかもしれないと言う事だ。<クリーンブラック>は政府直轄の特殊部隊であり、ウィル達が所属する一般の治安維持部隊の装備や能力などを遥かに凌駕する戦闘に特化した精鋭の兵士達の集団であるからである。要は政府は精神異常者系の悪魔に対して少なからず警戒していることを暗示しているのだろう。
心の準備もできていないウィル達であったが、何とか対象の魔力が弱い事を祈る。ーーそして再び声がかかった。
「出撃開始!!!!」