90.邂逅、冥府の○○
「いてて…………」
花の国に何故か空いていた大穴に落っこちた俺。顔面から落ちたらしく、視界は暗闇に包まれ冷たい石の感触が肌を刺激する。
顔を上げてみると、そこは…………
「なんだここ…………でっかい洞窟?」
真っ暗な鍾乳洞だった。
「…………上からの光が見えないし、大分深くまで落ちたんだな…………っていうか、顔面から落ちたのによく無事だったな」
これも霊体のなせる技だろうか。ともかく、セスタさんの所に逆戻りしなくてよかった。
「しかしマジでどこだよここ…………。おーい!誰か居ないのかー!?」
叫び声は静かな洞窟に木霊するが、帰ってくるのも自分の木霊だけ。誰も、いないのか…………。
「おーい、ルミネー!バカー!!バカー!!!」
…………ダメだ、返事がない。いつもなら『バカとは何事かしら』とか『酷いですーっ!?』とか返ってくるのにな…………。
いつもはうざったらしいあいつらだけど、いないとなると寂しいもんだな…………。しかし、一人でどうしたものか…………。
「うっさい。何なの、あんた」
「っ!?だ、誰だ!?」
聞こえてきたのは、女の子の声。振り向くと、そこには…………。
どこかリヴィに似た面影を残す、髪にリボンを付けた神秘的な青白い顔の子が立っていた。
「ここがどこだか分かってての狼藉なのあんた?温厚なあたしでもキレるぞお前。激おこってやつだぞ、お前」
「ご、ごめん。それと、ちょっといいか?」
俺はその子に声をかける。
「あ?なにさ」
「ここ、どこなんだ?ついでに君は、誰?」
情報収集は大切だと判断しての行動。『ここがどこだか分かってて』って言ってたし、情報は確実に持ってるはず。いや、嫌って言われたらどうしようもないけど…………。
「ここがどこかって?そんなの決まってんじゃん」
そう言うと、一息おいて。
「冥府」
そんな事を……!?
「め、冥府!?」
「そ。あたしはそこの管理者…………まぁ言ってしまえば女神。冥府神コレッタよ」
「女神!?」
え、何!?じゃあ俺、本格的に死んだの!?あ、いや前から死んでるんだけども…………ど、どういう事なんだ!?
「あたしには分かるよ。あんた、幽霊でしょ。そんで、落っこってきたんじゃない?ここ、生者はそもそも入れないし」
「た、多分そんな感じです…………」
「ここは花の国のちょうど裏側にあるからな。時空が歪んで間違ってこっちに来ちゃうことあんのよ。あいつ何やってんの、ちゃんと仕事しろしフロル」
話を整理すると、どうやら俺は何かの不手際で空間が歪んだ所に落っこちたらしい。華やかな花の国の裏側に暗い冥府…………なんだか、不思議な感じだ。
「あ、あの…………コレッタ、様でいいんですか」
「んあ?別に様付けとかしなくていいよ、あたし冥府の陰気なカタツムリ以下女神よ?あだ名で呼ぶなりなんなりすればいいんじゃない?」
「すごい卑下の仕方…………分かった、じゃあコレッタで。俺、玲っていうんだ。一応、よろしく」
「聞いてないけど?まぁ、レイね。一応覚えとくわ」
なんだか、発言の節々に棘があって、それは自分にも例外じゃないっていうか…………そんな感じがする。
…………辺りを見渡すと、何もいない。冥府と言うからに、死霊とかはいてもいいものだと思うけど…………
「なぁ、冥府には他のやつっていないのか?」
「…………冥府と冥界ってちょっと違くて、冥界は一般の霊を受け入れる所なんだけど、冥府は霊に関する事務作業を行う言わば社長室的な所なの。ここに来るのは極たまにあらわれるレアケースの霊か、侵入してこれる最上位アンデッドか、何故か入ってくる変なメイドくらいのもんよ」
「俺その変なメイド知ってる気がする」
それはもう、あの、冥土流の使い手の…………だと、思うんですけど…………。何してんの、エクレアさん。
「まじ?じゃあそいつに言っといてよ、屋敷の修繕用の石材にしますとか言って根こそぎ冥府の土地削ってくの迷惑だからやめろって」
「あの人怖いもの知らずだなホントに!」
女神の治める土地を削り強奪するメイドって、一体…………。
「ま、話が逸れたけど…………あんたはその内のレアケースな霊ね。とりあえず冥界まで行ってらっしゃい、あとは死神がなんとかしてくれるわ」
「ちょちょ、違う!あの、俺、地上に戻りたいんだけど…………」
「は?いやあんた、死んでるじゃん。冥界逝くしかないっしょ」
「いや、地上の世界で幽霊のまま普通に暮らしてたんだが」
「悪霊?」
…………そう言われると、そんな気がしてきた。死んだけど霊体のまま、仮の実体は貰ったけどそのまま過ごす…………悪霊じゃね?
「実はその、かくかくしかじかで…………」
「ふーん、異世界?カミサマも面白い事するのね。異世界から人送り込むとか、ウケるわ」
「あんたも神だろ」
「ペーパーの間違いよ、ペーパー。実際書類仕事ばっかりだし、どっかで紙と神を間違えてうっかり崇めちゃったんでしょ。ヤギに食われるちっぽけな存在よ。ヤギ以下よ、ヤギ以下」
「スレてんな…………あんま、自分を卑下しない方がいいとは思うけど」
「うっせ。あんたにゃ関係ないでしょ。…………あと、地上と冥府を繋ぐ穴作っといたから。あっちの方角に飛んでいけば帰れるはずよ」
「マジですか」
雑談しながらも、対応はしっかりしてくれた…………!流石、神!しっかりしてる!…………身の回りの者がしっかりしてないから、過剰にそう感じるのか?そうなのか?
「帰したげるけど、一応ここは死後の世界の重要拠点だから、仲間とか周りの奴とかに言わないで欲しいとだけ。そこんとこ忘れない事、分かった?」
「あ、あぁ。黙っとく」
「言質とったよ。さっさと帰んな」
その言葉を聞いて、霊体化して飛び立つ。あ、その前に一つだけ気になった事を言って去るとするか。
「あー、ちょっといいか?」
「…………どしたの、まだ何か用?」
「自分の事随分卑下してるみたいだけど、こうやって俺を帰してくれる優しい所、普通にいい所だと思う」
「…………何それ、ばっかみたい。さっさと行きな」
うーん、余計なお節介だったみたいだな。顔が無表情のままだし…………。まぁ、とりあえず地上に出よう。
「……………………」
「ばーか」
◆◆◆
「よっと…………あっ、落ちた路地裏じゃん。無事脱出成功って事だな」
冥府という場所にいたからだろうか、日の光がいつもより暖かく感じる。お日様って、いいもんだな。
そんな事を考えながら、路地裏を出ると…………。
「あっ、レイくん!?どこ行ってたの!?」
慌てた様子のルミネとばったり出くわした。
…………大丈夫、出てくる現場は見られてない。約束もあるし、適当にごまかそう。
「悪い、ちょっとぶらついてた。それで、どうした?」
「出たの!出たんだよ、レイくん!?」
「落ち着けルミネ、何が出たんだ?」
焦るルミネに質問をする。そして、返ってきた答えは…………
「七賢者が出たの!!」
なーんだ、大したことな…………
…………って、七賢者!?




