68.事件は突然に
日常で起こる、様々な事件。便利屋をしていると、山というほどのそれと遭遇する。ちょっとしたトラブルから、放置できない程の大事件まで…………。
…………それは、本当に突然訪れた。
「名探偵になりたいです!」
…………それは、突然起こった。
「…………お前、なにしてんの」
いつも通りの朝の目覚め。…………ただ、一点だけいつもと違う点があった。
「だから、名探偵になりたいんです」
「この状況の説明になってねぇよ!なんでお前は俺の寝床に潜り込んで来てるんだ!?」
…………布団に違和感を感じて横を見たら、ライカがいた。何を言ってるのか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からん。
とりあえずズボンを確認するが、脱がされた形跡はない。俺の大切なものが奪われてしまった可能性は除外していいな。…………じゃあ、なんで。
「いや、そりゃあれですよ!可愛いライカちゃんが添い寝しておねだりしたら男のレイさんは願いを叶えずにはいられないと思って…………あーっ、やめてくださいまだ布団でごろごろしてたいです!剥がないでください!」
問答無用で布団をひっぺがす。アホは成敗すべし、慈悲はない。
「レイくんうるさいよー、朝からドタドタし…………て…………」
そしてドアが開き、ルミネが入ってき…………って、この状況…………まずくね?
怒って息の荒い俺。ベッドの上で『(布団ひっぺがすなんて)ひどいですレイさん…………ひっく、ぐすっ』とメソメソするライカ。
…………詰んで、ないですか?
「…………へー、二人ともさぞかし熱い夜を過ごしたんだろうね。朝までね。よかったねー」
いかん!目のハイライトが無くなった!これは誤解を解かないと酷い目に…………!
「違う!誤解なんだ!」
「へー。ライカちゃん、何があったの?」
「レイさんが嫌がる私のものを無理やりひっぺがして…………」
「布団な!?人の布団に潜り込んできてぬくぬくしようとしてたから剥がしただけだからな!?」
相も変わらずこいつは、誤解を招くような言い方しやがって!
「…………へー」
「ご、誤解だからその目はやめてください…………死にたくなる…………」
「まぁ、いいけど。…………いいけどぉ~」
やばい、ものすごく不機嫌だ…………。ここはなんとか機嫌を直す策を打たないと…………
「おはようの助ございます丸!みんな、大変よ!」
「誰だよ」
いや、リヴィなんだけど。どこの世界にそんな個性的なおはようをいう人がいるんだろう?ここにいた。
…………というより、みんな好き勝手に俺の部屋に入ってくるの、なんなの?プライバシーという概念は俺にだけ適用されないの?
「どしたんですリヴィりん、そんなに慌てて」
「よくぞ聞いてくれたわね、ライカ!実は………………」
リヴィは、大きく息を吸い込むと。
「ギルドに新しい職員さんが来たらしいの!」
「私達の活躍を見てくれる人が増えるのは喜ばしい事ですね!これは歓迎の爆発をしなくては!」
「死んだカエルでお祝いね」
「「やめろ」」
テロリストかお前らは。
何だかんだで、ギルドの前。なんでも、新職員が入ったとの事で俺達に招集がかかった。…………問題児を抱える俺達の顔を新人に覚えてもらい注意を促すために。
…………そんな理由で呼び出される俺達便利屋って一体…………。
「あ、来ましたね。お待ちしてました、レイさんとルミネさん」
「私達を」
「忘れてないかしら?」
「…………来ましたね、要注意人物のお二人」
「えっ扱い酷くないです!?なんでですー!?」
自分の胸に手を当てて考えてみろ。
…………出迎えてくれたのは、ギルド職員のコルネさん。ギルドでモンスター討伐の報酬をもらい、ギルドでやらかす問題児達の後始末をしていたので、それなりに仲良くなった。変人揃いの周りの人物の中で、信頼できる数少ない人だ。
「で、新しい職員が来たんだっけ?」
「あ、はい。この子です。ほら、挨拶して」
そして、コルネさんの後ろから出て来たのは。
「あ…………はい。わたし、セレナです。よろしくお願いします」
…………非の打ち所のない美貌を持つ、女性だった。
「わぁ…………すっごく、綺麗な人…………」
同姓のルミネでもそういう風に映るらしく、ただひたすらにその容姿に魅入っていた。
「むー…………確かに綺麗ですけど、ライカちゃんの足元にも及びませんね!」
「そうね。とらっかちゃんの方が可愛いわ」
…………どうやら、猫に小判、豚に真珠、バカに美人だったようだ。特にリヴィ、比較対象おかしくない?
「まだまだ新人ですけど、実力は確かなんですよ。雑務をバリバリこなしてくれて、大助かりです」
「いや、そんな…………わたしなんて、まだまだですよ。…………でも、うれしいです。えへへ」
かわいい。
語彙力が崩壊するレベルで、かわいい。普段残念な女性ばっかり見てるせいか、特にかわいく映る。
「…………セレナちゃん、あそこの黒髪ツーサイドアップの女性と金髪の女性は覚えましたね?」
「あ、はい。…………あの二人が、要注意人物ですか」
「うっ」
「ぐはっ」
心に来ました、と言わんばかりのリアクションで二人が崩れ去る。そりゃ、優しそうだった人がいきなり引き気味のジト目で見てきたら、そうなるよな…………。これを機に、重々反省してくれ。
「あの…………本当にこんな事で呼びつけてしまってすみません。お詫びと言ってはなんですが、ギルドのカフェで使える一品無料チケットです。料理でも楽しんでいってください」
コルネさんはそう言うと、四枚のチケットを差し出した。
「むー…………私の行動ってそんなに酷いですか?」
「酷い」
「酷いね」
「がーん…………ショックですぅー…………」
「…………私は?」
「お前も大概だよ」
「…………自重するべきかしら…………」
カフェで料理をつまみながら、そんな事を話す。
「はぁ…………そんなに悪い評判が広がっているなんて…………。これは、いい事をして評判を回復させる以外にありませんね!」
「具体的には何するつもりなの、ライカちゃん?」
「それはですね…………そう!探偵ですっ!!」
きゅぴーん、という音が似合いそうな決めポーズを取る。
「…………お前、それ朝も言ってたよな。なんでまた急に?」
「ふっふっふ…………これを見てください!」
そして、手渡されたのは一冊の本。それは…………
「あら、これ『宇宙探偵・コスモ☆えんじぇるん』じゃない」
漫画本だった。
「…………もしかしてライカちゃん、これに影響されて?」
「エンジェル!エンジェルですよ!?だったら、私もコスモで探偵になる以外ないでしょ!」
…………素直というか、単純というか…………。
「というわけで、事件が必要です!レイさん、死んでみてください!」
「もう死んでるわクソ野郎!」
屈託のない笑顔で何の躊躇いもなくえげつない案を出すな!コスモレベルのサイコだわ!
「ライカちゃん、全うに事件を探す気はないの…………?」
「その手がありました!盲点です!」
俺を殺そうとする策の方が盲点であってほしかったよ!
「うーん、でもなぁ…………事件探すのめんどくさいですし…………何かこの辺でぱぱっと大事件でも起きないかなー…………」
そう簡単に起きてたまるか。
…………と、思っていたものの。
人生、何が起きるか分からないもので。
「…………ねぇ、なんか揺れてない?」
「本当ね。地震かしら」
そして、フラグというものは案外成立するもので。
「地震です!?…………ん、でもライカちゃん地震レーダーは反応してないですね。地震じゃなさそうですよ」
「え?じゃあ、何なんだ?」
…………それは、本当に突然訪れた。
「……………………は?」
……………………ギルドが、中にいる人を除いて丸ごと吹き飛んだ。




