61.萎れかけの花に差すは
「はぁ…………はぁ…………っ」
頬に嫌な感覚が走る。汗の雫がやけに染みる。地面には赤い液体が滴っていた。
「お?こんなものか?案外大したことないな、異界からの使者とやらは!」
「くっ…………言わせておけば好き放題言ってくれるわね…………!」
「はなちゃん落ち着いて!あいつの挑発に乗っちゃダメだよ!」
きいろのその言葉は、分かってはいるけど。それでも、湧き上がる気持ちを抑える事が出来ずただ歯ぎしりする。
アイツと別行動をとり始めてから暫くのこと。元々あたし達はルミネかリヴィの能力を回収するつもりで動いていたのだが…………運の悪い事にスペクターと遭遇。その結果は見ての通りだ。
「ふっ…………ふふふ、はははは!素晴らしい、素晴らしいぞ!この『死霊術』があれば、俺達は無敵だ!そらっ!!」
「っ!!」
「はなちゃん!!」
炎属性の魔法だろうか、身体を焼くような熱と衝撃が走る。今更ながら、自分が相手しているものの恐ろしさに足が竦む。
正直、舐めていた。
この世界に来てから上手くやれていたし、今回も出来ると思っていた。
でも、違った。
「…………いつもの私なら応戦できるレベルなのですが…………正直、まだお二人の技量では」
「だからって諦められないよ、エクレアさん!ケガしてるはなちゃんは一旦下がってて!ここはあたしが!」
きいろがあたし達の前に立ち、庇う姿勢を取る。いつもは飄々として掴みどころの無いやつだけど、やる時はやってくれる。きいろはそんな子だ。
…………でも、あたしは。大事な時に、何も出来ない。怖い。動けない。あの時も、今も…………。
「今度はそっちのウィザードが相手か、まぁそこの剣使いと同じで弱いだろうがな」
「…………言ってくれるじゃないのさ、雪辱戦だよ!」
そしてまた、戦闘が始まる。…………それをあたしは、指をくわえて見ている事しか出来ない。それがたまらなく悔しくて…………。
「『霊能強化』!行け、我が眷属!」
「わっ、ちょっ!?…………むむむ、やっぱりリヴィたその能力が一番厄介、直接的な強化だもんねそりゃ…………でも、負けてたまるかってんです!『ブリッツ・フォイヤー』!」
圧倒的な数量の敵に対して、きいろは果敢に立ち向かう。…………やっぱり、きいろはあたしには出来ない事を平然とやってのける。あたしは、攻撃をもろに受けてから足が竦んでいると言うのに…………。
「ふん。無駄だっ!」
「いたっ!?」
「きいろ!?」
「クッキーさん、大丈夫ですか!?」
下僕の幻霊達で動きを阻害してからの、手痛い一撃。きいろの身体は空へ浮き、直ぐに重力により地面に叩きつけられる。赤い液体が腕から流れているのが見えた。
胸が痛い。叫びたい。逃げ出したい…………でも、何も出来ない。いつも強がって、出来るって思い込んでて…………でも、動くことすら出来なくて。そんな自分に吐き気すら覚える。
「ちっくしょう…………やってくれやがりましたね…………!でも、はなちゃんには手を出させないんだから…………!」
きいろはなおも、食い下がる様子はない。必死にあたしを守ろうとしてくれてる。
違う。そんな事しなくていい。あたしなんて守る価値すらない!そんな事するくらいなら…………きいろだけでも、逃げて欲しいよ…………
「…………はなちゃん」
「…………どうしたの、きいろ」
きいろが振り向いた。その表情には、鬼気迫るものを感じる。
「その、なんだ。全部声に出ちゃってるよ」
全身の毛が逆立つ感覚がした。聞かれていた!あたしの弱音から何から、全部…………!何やってるの、あたし!
「はなちゃん」
「なに、きいろ…………?」
怖い。何を言うのかが怖い。幻滅した、嫌われた?それは嫌、嫌嫌嫌
「…………っ!?」
思いっきり、はたかれた。
「く、クッキーさん…………」
「エクレアさん、静かに。…………はなちゃん。あたし、おこだよ。原因分かる?」
「げ、原因…………?あ、あたしが、弱音、吐いたから…………」
「違う。はなちゃんが泣き虫だろうが弱虫だろうがあたしは別に気にしないよ。…………さっき、なんて言った?」
…………違う…………?
「え…………?」
「さっき…………『あたしなんて守る価値すらない』って抜かしたよね?」
「あ、え…………う、うん…………」
「バカっ!大バカだよ、うつけ者だよ!何勝手に自己嫌悪してんの、自分に価値すらないとか言ってんの!」
「…………」
「少なくともあたしとか、あとしずくんとか!リコちゃんもエクレアさんも!リヴィたそもルミたんもライカちんも!少なくともだけでもこんだけの人がはなちゃんの事大切に思ってるんだよ!?」
「…………!」
「そうですよ、私もハナさんのことは大切に思っています。お嬢様のためにも、貴女のためにも、力が無くなろうが見捨てることはないです」
「…………そういう事。だから、その人達の…………あたし達の気持ちを踏み躙るような真似はやめて、お願い。いや、命令」
頬から伝う液体が、傷口を染みさせる。言葉は出ない。出るのは、ただ涙一つだった。
そうか…………そうだよね。あたし…………何一番大切なこと忘れてんだろ。馬鹿だよね…………
「ごめん、ごめん…………」
「ははは、分かったならいいんだっ…………て…………」
「ちょっ、きいろ!?」
きいろが表情を笑顔に変えたが、その場に力なく崩れ去った。
「あっはは…………ちょっと頑張って戦ってたら力抜けちゃった…………」
大きく開いた傷口からは、今も血が流れている。笑顔で誤魔化しているけど、相当ヤバい状況だ、それは…………!
「茶番は終わりか?なら、そこのウィザードから殺させてもらうぞ」
そう言って、スペクターがその凶爪を…………!
「させないっ!!」
「はなちゃん…………!?」
「ハナさん!?」
「…………ほう」
きいろにそこまで言ってもらえて、思ってもらえて…………!何もせずに見捨てることなんて、出来ない!やれないじゃなくて、やるんだ!!
「今度は…………もう一回、あたしが相手よ!あんたみたいなのに負けないんだからっ!!」
「…………ほう、負け犬がよく吠えるものだな。ならば…………死ね!」
再び爪がこちらへ迫る。弾けるか分からないけど、やるしかない!やるんだ!あたしは剣を構え…………
「『シールド』!」
「っ!?」
「なっ!?」
しかしその攻撃は、突如現れた盾の前に弾かれた。
「ふー、ギリッギリ間に合いました!あのタイミングでシールドを展開できた私を褒めて然るべきです!」
「えらいえらーい、ですよライカさん」
「えへへへ~」
戦場には似つかわしくない、気の抜けた声。その声は、聞き覚えがあるもので。
「…………まぁ、なんだ。遅くなったし、無事じゃないみたいだけど…………助けに来たぞ」
その声が聞こえた瞬間、身体に電気が走ったような感覚が生じる。その声の主は、主は…………
「玲!」
あいつだ!
「し…………しずくん!?」
「おう。こっちの作戦は上手くいったもんで加勢しに来たんだ」
「『ヒール』!これで多分、大丈夫ですよ!」
「おっ…………おお!身体が軽い!傷口も塞がったし、ありがとうライカちん!」
「れいにおよばず、です!」
「お嬢様、無事でしたか!?」
「ええ、何とか。エクレアも大丈夫ですか?」
「お嬢様の顔見たら元気百倍エクレアちゃんですよ」
心臓がどくどく脈打って、顔が沸騰したかのように熱くなる。助けに…………来てくれたんだ…………。
「…………六花」
「ひゃ、ひゃい!?」
「あいつ絶対強いし、相当苦労したよな。だから…………後は俺に、俺達に任せろ」
「ひゃっ…………は、はぅぅ…………はい…………」
か、顔を直視出来ない…………無理ダメ、かっこよ…………じゃなくて!
「…………闖入者とは、また粋な茶番だこと。まぁ、その方が面白くていいがな!お前らもぶっ潰してやるよ!」
「レイさん!ここは、なんか凄い策があるからハナさん達を助けに飛び出したんですよね!?やっちゃってください!」
しかもこの状況を打開するプランもあるの!?やっぱり素て…………じゃない、言ってない、思ってない!
「…………あー、それなんだが、その…………」
「マジで!?しずくんかっけぇ!そんじゃその策、見せてちょーだい軍師様!」
「えっと…………」
「お?なんだ、弱者なりに策を練ってきたのか!?良かろう、見せてみろ。正面から叩き潰してやる」
「その、プランは…………」
諸事情あって直視出来ないから玲の様子をちらちら窺ってるけど、やっぱりす…………じゃ、なくてぇ!!一体どんな策であいつを倒すっていうの…………!?
「ノープランです」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
えっ。
「…………しずくん?」
「仕方ないだろお前らがピンチになってるの見たら何もしないでいるなんて耐えられなくなったんだから!助けた後の事は全く考えてなかったよ!」
「あ、開き直った」
「…………レイさん、ダサいです~…………」
「ダサかっこよやっぱダサですよレイさん………」
「冥土界でもナンセンスですよ」
…………。
やっぱり、あいつはそうなんだ。あの時も、今回も。我慢できずに飛び出して、後の事なんか考えてなくて…………でも、最終的にはなんとかしちゃって。
…………だから、今回もきっと。
「…………そうだ、ださいぞ」
「!?だ、誰です!?」
「お、お前らは…………!」
ほら、やっぱり。
「街が騒がしいから来てみれば…………なにやら友達のピンチらしいじゃん。これは助けるしかないね」
「…………あいすついでに、きゅうさいしてやる。いつもいつでも、やまばはのがさずでばんをねじこむ…………ふぇるさんのこうりんだ」
流れは、こっちについた。




