56.シール・ビー・バック
「それでは、失礼致します。お嬢様、行きますよ」
「必ず…………必ず、三日後に帰ってきます!それまで待っててくださいね!」
「リコちゃぁぁぁぁぁん!!」
「クッキーさぁぁぁぁん!!」
「…………何これ」
「知らん」
エクレアさんに連れていかれるリコと、それを今生の別れかの様に扱うクッキー。場の空気はさながら、少年漫画のようだった…………
…………いやおかしいよね、どうしてこうなった。
「リコちゃん…………君のことは、忘れないよ」
「馬鹿なこと言ってんじゃないの」
「いっ!…………も~、激しいよ、はなちゃん~」
「ニヤニヤしない!」
経緯を説明すると、三十分前に遡る…………。リコはこう言った。
「私でも倒せるモンスターを紹介してください!」
しかし、その柔らかそうな拳から放たれるパンチはひょろひょろで、不安で仕方がなかった。
と言うわけで、テストを行ってみたのだが…………リコは筋金入りの、過剰な程の箱入り娘だった。
動かない的を用意しても攻撃を外し、パンチで紙を破ることも出来ず、挙句の果てクッキーの蘇生魔法で動けるようになったしらすにさえ負けた。そう、しらすだ。こっちの世界のしらすも、小魚だよ?逆に才能の域だと思うよ、これ。
それでも、どうしてもとリコが交渉を続けている(ぐずっているとも言う)と…………。
「お嬢様、帰りましょう」
メイドの土産を持ったエクレアさんの再びの登場だ。冥土の土産じゃなくて良かった良かった…………。曰く、お嬢様が危ない事に首を突っ込みそうなので連れ戻しに来たとのこと。
「いーやーでーすーわー!私だってモンスターと戦ってみたいのです!帰りません!わ!」
「お嬢様、キャラ付けの為にですわ口調にするのはいいと思いますが違和感バリバリですよ」
「えっっっ!?ば、バレま…………じゃないですよ、じゃなくて、わよ!?」
そしてお嬢様口調が偽りだったということも発覚し、ポンコツっぷりが加速。だがしかし粘り強さだけはピカイチで、エクレアさんがどれだけ連れ帰ろうとしても帰らない。最終的にエクレアさんが折れて、
「はぁ……………分かりました。でも、そのまま戦闘にお出しする訳にはいかないので私の元で三日間トレーニングを受けて頂きます」
「えっ!?そんなことで戦闘に出て良いんですか!?やります、やります!」
…………二つ返事だけど、果たしてこの箱入りお嬢様は冥土流のトレーニングに耐えられるのだろうか…………?不安でしかない。
「それでは早速今日から『エクレアちゃんのたのしいとれぇにんぐ♡』始めて頂きますね」
「了解です!」
俺は、エクレアさんの本当のキャラが分からない。
そんなこんなで、連れていかれたリコ。最終的に本人が望んで着いて行ったのに、あのリアクションはどうなのだろうか…………。
「あっ、そうでした」
「うわぉ!?」
天井からエクレアさんの首が生えてきた!?何それ、どういう原理!?
「そろそろハナ様とクッキー様もお帰りのお時間です。門限ですよ」
「え、もうそんな時間なの?」
「まじっすか~?あ、でも夕焼けだ、きれ~」
全然気が付かなかったが、窓の外を見ると沈む太陽が見える。まだ夜には早いが、警備が厳重な屋敷の門限としては妥当な時間だ。
「それじゃ、あたし達は帰るよ~、バイバイ、しずくん」
「あぁ。依頼があったらいつでも来いよ?」
「そのときゃ、金だね?」
「フッ…………そういうことさ」
手を大仏とかがよくしている例のポーズにして、アレを表現するクッキー。またのご利用をお待ちしておりまーす!
「ま、依頼があろうがなかろうが歓迎するけどさ」
「お~、ありがとねぇ。だってさ、はなちゃん」
「ちょ、ちょっときいろっ」
唐突に話を振られて戸惑う六花。咳払いの後、一言。
「えっと…………今日一日、楽しかった。ありがと」
「お、おう」
「あんたと再会できて…………その、うれしかった」
「おぅ…………」
そう殊勝な態度を取る六花は、どこか新鮮で。何だか、面と向かって褒められると照れるな…………。
「おぉ~、コレですな」
そしてクッキーは例のポーズを逆さにしてそこに人差し指を抜き差し…………って、おい。
「これはあれだね!嬉し恥ずかし青春ジュブナイルだね!性的な意味で!」
「ちょっ…………も、もうほんと…………うぁぁぁぁはずい!!バカァッ!!」
「ごぶほぉっ!?」
な…………なんでいきなり迷いのない右フックを打ち込まれなければならな…………ぐふっ。
「も…………もうあたし帰るからっ!!そういうことで!!」
「う~ん、ありがとうは言えたし及第点かな~。じゃ、今度こそほんとにバイバ~イ」
そんな言葉を残しながら、二人は去っていく。
…………ところで、殴られる前のクッキーの言葉って一体…………?あっ駄目だ考えようとすると痛みが…………やめよう。
…………その後、痛みが引いてから三人を待ったものの、三人は帰ってこなかった。
この世界に来てから初めての一人でのご飯と、就寝だった。
普段は嫌になるほど騒がしいあいつらだけど…………いないと、寂しいな…………。明日には、帰ってくる…………よな。
【二日後】
「…………という訳で、お姉ちゃんがご迷惑をおかけしました。今、償いの掃除をさせていますので。料理は私が作らせて頂きますね」
「えら~い!」
「妹に罵られて掃除…………ちょっと…………興奮しますね、はぁはぁ」
「えろ~い!」
「お ね え ち ゃ ん ?」
「ヒッ…………そ、掃除しますね~」
「…………本当に、ロッシェはブレないわね…………」
現在地、エルマーナ。…………結局、あれから二日経つが三人は帰ってきていない。よっぽど依頼が難航してるのかな…………不安だ。
まぁ、それは考えても仕方が無いし、置いておくとして…………。
「ん…………ここのりょうり、さいこー…………とくに、ぱふぇ」
「アイス入ってるもんね~。フェルちゃん、アイス好きだよねぇ」
「…………ふぇるさま、な」
「フェル様~」
「調子に乗らないの、フェル」
「きいろも」
「…………いたぃ」
「…………グーパンはやめて欲しいなぁ~…………ジンジンするぅ」
この二日間で、六花とクッキーは俺達の友達とかなり親交を深めていた。
「ハナおねーちゃんも、クッキーおねーちゃんも優しいから大好き!えへへ~」
「あ~もうシフォンちゃん可愛い~!癒し~」
「面と向かって大好きって言われると照れるわね…………よしよし」
「うちの妹に優しくしていただいてありがとうございま…………」
「おねーちゃんは早くそーじ終わらせなよー」
「はっ…………これが、寝取られ…………!?興奮してきました」
「…………ロッシェ、変態にしか見えないわよ」
「えろい!」
このようにエルマーナ三姉妹とは大分打ち解けた。初めのうちこそ何故か六花とドルチェがピリピリしてたが、今では変人と変態を身近に持つ苦労人仲間として意気投合している。
「おまたせしました~。旬の野菜のスパゲティです」
「うまそ~!」
「流石ね、ドルチェ」
「いや、そんな…………嬉しいです、ありがとうございますハナさん」
「私も負けてられないわね…………」
「…………はい、ですね」
ほら、この通り…………ん?何か勝負でもしているのか、この二人…………?
「んむんむ…………うまうま。まぁ、程々にしときなよ~。バレるかもよ?」
「うっ…………そうですね、クッキーちゃんさん」
「自分の口で言うべきだものね、それ…………」
「でも、負けるつもりは毛頭ありませんからね」
「私もよ。これからよろしくね」
そして二人は、固い握手を交わした…………言っていることの意味は分からなかったけど、健全な争いっぽいし大丈夫そうだな。
「…………ぽわぽわやきがしとしーまいなす、たのしいからすき…………へっ」
「なんで今嘲笑したのさフェル!?うちの妹がすみません…………」
「気にしない気にしない。あたしもフェルちゃん好きよ~」
「…………Cマイナスなら…………まだ、許せ…………うーん」
同じ理屈で、六花とディアブロさんも直ぐに仲良くなった。クッキーも調子乗る人達と打ち解けられて満足。これなら、異世界体験も成功だよな…………。
そう思ったその時、急に扉が開け放たれた。そこに立っていたのは…………
「皆様!私は帰ってきましたよっ!!」
二日前とはまるで違うキレキレのシャドーボクシングをするリコだった。




