55.正体不明の知り合いお忍びお嬢様
「えー…………コホン。大変お見苦しいところをお見せしました」
「別に大丈夫です。この傷以外」
「そ、それは…………すみません、不可抗力でした」
バスタオル一枚で応答したセスタさんの際どい姿を見てしまった俺は、緊急作動した「ライカおしおき機構」により顔の形状が面白い感じになっていた。後で誰かに回復魔法掛けてもらおう…………。
「ところで、レイさんだけで掛けてくるなんて珍しい…………いや、初めてですね。何か緊急の用事が?」
「あ、はい。これなんですけど」
そう言って、カメラの前にライカのカメラを持っていく。
「これ…………私が渡したあの子のカメラですよね」
「これを置いて皆依頼に出掛けてしまったんです。しかもこれ壊れてるみたいで」
「え?嘘、あの子もう壊したの…………はぁ、分かりました。あの馬鹿がすみません。今度キツくおしおきしておきますので。針千本でいいかしら」
意外とセスタさんはSだったようだ。俺の周り、なんかS多くない?ナナさん、セスタさん、フェル、ストロンガーさん(イニシャル的に)スー(以下略)…………。いや多いな。でもMは少ないという…………あ、ロッシェさんか。
「じゃあ、修理しますね。失礼します」
その言葉と同時、俺の手の上のカメラは宙へ浮き上がる。そして淡く輝くと、瞬く間に雲散霧消した。
「よっと…………転送完了です。…………って、これは酷い。内部のデータは無事っぽいですけど外部損傷と内部部品の故障が激しいですね」
あいつ、カメラ持ったまま爆発するから…………。…………ん、待てよ?そういえば以前『へっへーん、このカメラは対爆機能付いてる特別製なんですよ!いいでしょいいでしょー』って言っていたような。…………だとすると何が原因なんだ?ううむ、分からん。
「この損傷だと修理とデータサルベージには三日位掛かりそうですね。申し訳ないんですが暫く待って頂くことに…………」
「あ、全然問題ないですよ、ゆっくりで」
「お心遣い、ありがとうございます。では、お切りしますね」
プツっという音を立て、画面は灰色に染まる。…………さてと、お茶だったな。結構時間経っちゃったから、今すぐ
(ちょんちょん)
行かなくちゃ…………って、お?
「ん?何だ…………」
「しずくんのスケベやろーっ!!」
「うわっ!?ちょっ、クッキー!?」
ぷにぷにと頬をつつかれる感覚に振り向けば、頬をぷりぷりと膨らませるクッキーがいた!?
「何さ何さ!お茶遅いな~って思って見に来たら、なんか肌がほかほかしてるセスタさんとビデオ通話!?いやらしいぞ、このやろー!はなちゃんというものがありながら、全く!」
「人聞きの悪い事言わないで!?そういうんじゃないから、これ!」
「さてはしずくん、エロ画像よりエロビデオ派だな!?三次元に目を向けてるだけいいけど、そこまで来たら天使じゃなくて身近な女子に欲望をぶつけなよヘタレ~!」
「そっちの方がアウトだろ!ライカのカメラ修理の為にあいつの先輩に電話掛けてたんだよ!それ以外の何者でもないわ!」
「…………ほふぇ?」
俺の一言に、ヒートアップしていたクッキーが制止する。そして、少し考えて一言。
「えっと…………エロチャットでは、ない」
「断じて」
こんな真っ昼間から猥談に勤しんでたまるか。至って健全な会話だわ。
「…………ちなみに、彼女とか出来てない?」
「断じて」
二度目の即答、悲しくなるね。まぁでも、俺の周辺変な人ばっかりだし、第一俺、彼女できるような人柄でもないし。気にすることは…………ことは…………お腹痛くなってきた。
「…………なーんだ!じゃあ、いいや!今のは忘れて~」
途端に機嫌の良くなるクッキー。本当にこいつは掴み所が無くて何考えてるか分からない。
「んじゃお茶入れるの手伝うよ~。こう見えてあたし、家庭的女子だからねっ!」
「助かるよ。…………ところで、『はなちゃんというものがありながら』ってどういう意味?」
「え?…………ふふ、どういう意味だろね?ご想像におまかせするよ」
ふとしてみた質問は、曖昧にはぐらかされる。そして、手を口元に当て笑うクッキー。まぁこいつの事だから、からかってるだけなんだろうな…………。深く考えるのは止めておこう。
【応接室】
「お茶入ったぞー」
「午後のティーターイム!」
「…………遅い」
うわ、やっぱり怒ってる。流石に途中で別の事始めたのは不味かったか…………。
「…………でも、これ読めたから許す」
「え?…………あぁ、依頼ファイルか」
机の上に置いてあったのは、トゥットファーレの依頼ファイル。最初はペラペラだったこのファイルも、段々厚みが増してきた。
「あんた達凄いじゃない、この『勇者の手伝い』とか『七賢者討伐』とか、並大抵の奴らにできる事じゃないわよ」
それ、『勇者の尻拭い』と『腐った酢豚の処理』の間違いです。ぜんぜん、すごくもありません。まる。
「依頼…………いいじゃない。解決してるところ、見てみたいわね。是非見たいわ」
ちらちらと六花がこちらを期待を込めた眼差しで振り返る。ところで、現在進行形で貴女達に異世界を案内するという依頼の真っ最中なの、お忘れで?
「あたしも見たい~!なんかこう、ぱ~っとすご~い依頼を!」
干渉できぬままハードルが上げられていく理不尽。大体そんな簡単に依頼が来るわけ…………
『ピンポーン』
「あ、来客っぽいわよ玲」
「あった!?」
「何そのリアクション」
えっ、マジで客!?だったら逃すわけには行かない、最近また贅沢に貧相な食品をあの二人が買い足してきてしまったからね!もうあいつらわざとやってるだろ、畜生!
そうして、俺は玄関に移動する。後ろから追いかけてくる二人とともに玄関に辿り着くと、ドアノブを回す。そこに居たのは…………
「えー、便利屋のみな…………じゃなくて、人達。わたく…………あたし、ネリー!今日は依頼があってここまで来たんだ!」
……………………。
「…………リコ、あんた何やってんの?」
「リコちゃんだ~、ちっすちっす」
「…………リコ、どうしたのさ急に」
そこに居たのは、変装した(つもりなのだろう)にも関わらず正体がバレバレのリコだった…………。
【応接室】
「うわぁぁぁぁぁんあんまりですぅぅぅぅぅ!!せっかくお忍びで皆さんの様子を見に行こうと思ってたのに一瞬でバレましたわぁぁぁぁぁ!!」
「ちょっ、リコ…………落ち着きなさいって」
「そうそう。変装も、俺達は分かったけどきっと他の人達には絶対バレてないって」
「なんか魔法端末のSNSによると『スペランタの街ですっごい高貴なお嬢様っぽい人を見かけた件について』ってのが画像付きでバズってるよ」
「バカ、きいろ!」
「うわぁぁぁぁぁんやっぱりわたくしの変装なんてダメダメなんですぅぅぅぅぅ!!」
「…………トドメ刺したなクッキー…………」
よっぽどバレてしまったことが悔しかったのか、初対面時の気品あるお嬢様らしさからは想像できないほどの勢いでリコは泣いている。
「あ、あぅ…………そ、そうよ!依頼があってきたんでしょ?だったら早くそれ解決して貰えばいいじゃないそうじゃない」
「ぐすっ…………依頼、ですか」
「…………愛が重いぜ、はなちゃん…………」
鼻をすすりながらも、六花の言葉で少し我に返るリコ(with失言の罪で鉄拳制裁が下ったクッキー)。まだ涙目ながらも、語り出す。
「そうですね、依頼ですわ。依頼があってここに来たんですから、変装がバレたかどうかは問題ではありませんわよね!無問題です、ええ!」
「なお、これ以上お嬢様の傷口に塩を塗るなら穴と棒は無くなるものだとお思いください」
「うわっ!?え、エクレアさん…………」
上から来たぞ、気を付けられなかった…………というか気づかなかった。…………ストロンガーさんと同じく、この人に限界はあるのだろうか?
「分かりました、これ以上この件については言及しません…………」
「よろしい」
そう言い残すと、エクレアさんの姿は雲の様に立ち消えてしまった…………。どういうカラクリなんだろう冥土流術…………。
「エクレアがお騒がせしました。…………それで、依頼です」
「なになに?気になる気になる~」
「早く言った方がいいと思うわよ、玲ならきっと解決してくれるし」
おっと、またハードルが爆上がりですね。俺以外のメンバーも居ないので一気に爆発で吹っ飛ばすことも出来なければ腕力でねじ伏せることもできないし、トラックも出てきません。あれ、俺って役立たずなんじゃ…………。
「その依頼とは…………えっと…………」
口にしかけるが、しかし言い淀む。何回か口を噤んだ後、リコが発した一言は…………
「私でも倒せるモンスターを紹介してください!」
そう言ってシャドーボクシングをするリコの拳は、虫も殺せなさそうな程ひょろひょろで非力なものだった…………。




