45.メイド・オブ・メイド・イン・メイド
「で、でかいです!何ですこれ!?」
「大貴族……末恐ろしいわね……!」
「っていうか、これ本当にいつもの格好で来てよかったの!?私今からオーバーオールでこの屋敷に突入するの!?」
「大丈夫、俺なんてTシャツだ」
「一番通用しそうな格好がリヴィちゃんっていうね……」
現在、ツヴィトーク家屋敷前。予想以上に大貴族の屋敷ってのはでかかった!庶民を寄せ付けないオーラが凄い!
「とりあえず、入口に向かうわね。多分ぐるっと回ったところだと思うから」
「あっ、ここ裏か」
「玄関口が見当たらないから、多分そうだね」
裏でさえ貴族のオーラがムンムンの屋敷……。俺達、本当に生きて帰れるのか?首元がなんか凄い冷えて来たんだが……。
……そして、裏口から回ること二十分。間違いじゃないぞ、裏から表に回るのに車でも二十分だ。どんだけでかいのさ、この屋敷!
「と、遠っ……!?」
「お掃除がウルトラ大変そうなお屋敷ですね……。とりあえず、入ります?」
「いやそのまま入ったらまずいんじゃない?警備の人いるし」
「だな。招待状見せないと入れてくれなさそうだ」
俺達の視線は、門の前に立っている女性に向かう。警備の人かな?それにしては服装が若干豪華だけど…………とりあえずとらっかから降りて、その女性の所へ。
「ここはツヴィトーク家のお屋敷です。何か御用がお有りですか?」
「あ、えーっと……俺……じゃなくて私達、トゥットファーレって言う便利屋なんですけど……お嬢様から招待のお手紙を頂いてまして……これ、その招待状です」
(レイくんが一人称畏まって敬語で話してる、新鮮……!)
(それと同時に強烈な違和感を覚えるわね)
(何だか滑稽です、くすくすぷー)
外野、うるせぇ。小声でも聞こえてるぞ、おい!
「これは……本物ですね。失礼致しました。私も名乗らせて頂きます。私、メイド代表のエクレアです」
「「「「っ!?」」」」
「…………どうされました?」
「い、いや、何でもないです!すみません、ちょっと仲間と話してきます!入る許可取れたって!」
「どうぞ」
俺はそそくさと三人の所へ逃げ……じゃなくて戻ってきて。
(あの人がエクレアさん…………!?)
(らしいぞ)
(ちょ、ちょっと緊張するわね……)
(下半身だけは、下半身にだけは手を出して欲しくないです!こ、怖いです!)
あの日のトラウマは、皆の心に深く刻み込まれたまま。全員が全員大事な所を手で覆い隠し、恐怖に怯える。だって、潰すって…………こ、怖っ……!
「お話はお済みになりましたか」
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
「ぴぇぇぇぇぇぇ!?」
「……どうされました?」
この人、いつの間に後ろに…………!?さっきから表情が全く変わってないのが恐ろしい!感情を感じない無表情で固定されてるぞこの人!
「い、いや、何でもないわ……じゃなくて、です」
「別に敬語使われなくても大丈夫ですよ、私はしがないメイドの一人で、貴族的な偉さは全くないので。っていうか寧ろタメ口聞いてくれた方が落ち着きます」
「そ、そう?じゃあ…………」
「…………ただし、もしアシュリーお嬢様に許可なくタメ口をききでもしたら、即座に穴か玉を潰させて頂きますので」
「ひっ!?」
何の表情の変化もなく、この人潰すって言いおった!大事な所を潰すって言いおった!怖い!無表情が怖いです!
「分かりましたね?」
「は、はい」
「無礼を働くものは悪・即・断の精神で精神的に殺させて頂きますので。それが冥土の仕事ですので」
なんか字が違くない?メイドってそんな暗殺者系の仕事だったっけ?自分の価値観が正しいのか分からなくなってきた……。
「という訳で、お屋敷の中に案内させて頂きますが、よろしいでしょうか」
「よ、よろしくお願いします」
「……タメ口で良いって言ったじゃないですか」
「いや、でも…………」
あんな事言われて畏まらない方がおかしいような……殺されそうだし、タメ口で話しにくいよな…………
「はぁ…………タメ口で話してくれないなら、冥土流殺人術で潰すしか――」
「よーしよろしくなエクレアさん!それじゃあ案内してくれっ!!」
「そうだね!エクレアさん案内お願い!!」
「ですです!!」
「よろしく頼むわっ!!」
いやーエクレアさんって本当にタメ口で話しやすい人だよな!!親しみやすいっていうか、ねぇ!?そんな感じだよね!!
「…………ありがとうございます、嬉しいです」
表情、微動だにしてないけどね。…………あ、よく見たら口角が5度位上がってる……ような気がする。感情表現が苦手な人なのかな?
「それでは、案内致しますね」
そう言われ、屋敷の中へ。屋敷の中はまさに豪華絢爛、The・貴族のお屋敷。その庶民を圧倒するオーラに耐えられなくなったのか、ライカがエクレアさんに話を振る。
「えっと…………まずお嬢様に挨拶する感じなんですか?」
「ええ。……と申したい所なのですが、お嬢様は今ピアノのレッスンを受けている時間帯でして。という訳でまずは応接室で待ってもらう形になりますね、ライカさん」
「ありがとうです!…………って、おりょ?」
困惑したような顔でライカがこっちを見る。……お前もこの会話の違和感に気づいたか、俺もおかしいと思ったんだ。…………え?何の事だか分からない?えっと、それはだな…………
「あの…………私、名乗ってないはずなんですけど……なんで私の名前を?」
そう、実は俺達、便利屋トゥットファーレの所属であるということしか言ってないんだ。でも、エクレアさんはライカの名前を知っていた。それは、どういう…………
「あぁ、調べました。冥土流諜報術です」
「えっ」
「私の調査力をもってすれば、隠し事など無いも同然です」
怖っ!?しかもまた冥土流!?メイドじゃなくて!?
「め……冥土流、ですか」
「はい。私、昔に真のメイドになるために冥土に行って死者の皆さんからメイドの作法・極意とついでに暗殺術を教わって来たんですよ。その時に教わった暗殺術の一つです」
「なるほどです…………?いや、えっ?どういうことです?」
「だから、冥土でメイドの技術を教わってきたんですよ。幼い頃、それがメイド修行だと近所の酒飲みのおじ様から教わりました」
再びライカが俺に視線を向ける。すまん、俺もよく分からん。っていうか、理解したくない。SAN値が減るやつだもん、これ。
えーっと、つまり……エクレアさんは酔っ払いのオッサンの言うことを真に受けてメイドを極めるために冥土に行って修行して来たと。ついでに暗殺術の修行も。
……………………エクレアさんって、天然なのか?メイドを極めるために冥土に行くって、洒落で言うことはあっても実際に行かんだろ……。しかも近所の酒飲みのオッサンが言ってたって……それ完璧にホラだろ。っていうか、どうやって冥土から帰ってきた。そもそも、暗殺術ってついでで極めるものなのか?…………駄目だ、深く考えるのはよそう。頭がおかしくなる。
「そうなのね……冥土流って凄いのね」
「今度皆様にもお教えしましょうか?」
「「「「結構です」」」」
「そうですか、残念……」
そんな神話技能的な代物、いりません。
「……まぁとにかく、皆様の名前は存じ上げておりますということです。ライカさん、リヴィさん、ルミネさん、そしてルェイさんですよね?」
「「「!!!」」」
「巻舌で言うな、そしてお前ら笑うな!」
俺の名前をエクレアさんがおかしな発音、つまり巻舌で言った瞬間、皆が皆俯いて肩をひくひくさせる。ぶふ……なんて声も聞こえてくる。……なんで、なんで俺だけ発音がおかしいんだよ!そこまで順調だったのに!
「……どうしました、ルェイさん」
「俺の名前、レイだから。舌巻かなくていいから、エクレアさん」
「なんと…………!エクレアちゃん、うっかりミス。てへぺろ」
あの、風貌からしてクールな貴女にそんなセリフを、しかも無表情で放たれるとどう反応すればいいのか分からないんですが……。せめてなんか表現の変化はつけてください、お願いします。
「ル……ルェイくん……ぶふ」
「おっかしーです……くふふ……ふふ」
「抱腹絶倒ね」
「もうお前らちょっと黙ってろ!」
流石の俺でもちょっと傷つくぞ!過去に名前を「幽霊ヤロー」って馬鹿にされたのを思い出すから…………ってそれ現実になってた!すっげぇ、あいつ預言者!
「……と、話している内に応接室前に着きました」
「あ、本当だ。『応接室』って書いてある」
「中には手紙にも書きましたチキュウから来た二人がおります。お嬢様のレッスンが終わるまで、その方々と暫しご歓談下さいませ。それでは私は仕事があるのでこれで」
「消えた!?」
冥土流の術ってそんな技もあんの!?忍者か何か!?
「……エクレア、凄い人ね……」
「……あの人、本当にわたし達と同じ人間?」
「……いやお前の腕力も人間離れしてるけどな……」
「……下半身は死守出来て良かったです……ふえぇ……」
静かな嵐が去り、安心する俺達。いや本当に、ライカの言う通り潰されなくて良かった……!
「それでここ、レイと同じチキュウ出身の人がいるのよね」
「エクレアさんそう言ってたね。レイくん以外のチキュウ人……どんな人なんだろ」
「私も気になりますね!もしかして、レイさんの知り合いだったりして!」
「それは流石に無いだろ。どんな偶然だ、それ」
「それじゃ、開けるわね」
そう言って、リヴィがドアを開ける。すると、そこには…………。
「……………………え?」
……………………そこには……………………
「……………………えっ!?ちょ、ちょちょ…………えぇ!?」
「お~…………?…………見間違えじゃないよね?…………うーん、違うみたい。だとしたら、凄い偶然だねぇ」
「ちょっ、あんた…………乙黒!?乙黒なの!?」
「…………なんだか久しぶりですな~、乙黒くん」
……………………そこには、見覚えのある二人がいた。




