15.真面目ちゃんを、取り戻すために。
「ドルチェが、昨日からいなくなってしまったんです!」
その言葉は、窓を叩く雨の音と雷が落ちる音の喧騒の中でもはっきりと聞こえた。悲痛なロッシェさんの叫びは、シミとなって心に落ちていく。痛すぎるほど、心が痛い。そんな叫びだった。
「……っ……ドルチェは、大丈夫なの!?」
真っ先に声を荒らげたのは、意外にもリヴィだった。リヴィがこんなに声を荒らげるのを見るのは初めてだ。見てわかるほどに、動揺している。
「分かりません……場所すらも、分からないんです……!」
「そんな……」
雨漏りをしているわけでもないのに、室内に水が零れ落ちる。それは、妹の居場所も境遇も分からない不安と自分では何も出来ない無力さへの憤りが痛いほど感じられる涙だった。
その時、扉が叩かれる音がした。ガチャリという音を立てて、誰かが入ってくる。
「……いま、きた。わるいしらせがある」
「……!フェルちゃん!」
「……悪い知らせって何だ、フェル」
「……あのまじめちゃん、すぶたとたたかおうとしてた」
「……!!」
まじめちゃん。固有名詞ではなくとも、その言葉が指す人物は一人しかいない。そう……
「ドルチェちゃんが、酢豚と……」
そう、ドルチェだ。
「ドルチェちゃんが!?一体なんで、そんなこと……」
「……まじめちゃんなりに、おもうことがあったのかも。あのこ、なんかさいきんえがおがぎこちなかったし……」
「……!!」
「きょにゅうねーさんはりょうり、あざとようじょはあざとさ……ふたりのわかりやすいまぶしいやくわりばかりめについて、じぶんをひげしちゃったのかも……なにもできてないって」
「……ドルチェちゃん、何も出来てないわけないじゃないですか!勘違いで自分を追い込んで……そんな……そんなのって……」
「……まじめちゃん、けっきょくつかまっちゃった……いまごろ、なにされてるか……」
「……そんな……」
次々と突きつけられる現実。それを聞いたロッシェさんは膝から崩れ落ちてしまった。……なんか、こう淡々と分析してるけど……俺にも、結構来る物がある。こうやって状況を説明することで気持ちに蓋をしていないと、自分の心が壊れてしまいそうで……俺って、弱いやつだな。何も出来ないのが情けない……ドルチェ、普段から頑張って接客してくれてたし、それが癒しにもなっていたのにな……思い返してみたら、ドルチェの顔は笑っていたけれど、心から笑っていなかったように思えてきた。その変化……気づいてあげるべきだったのかもしれない。そこまで自分を追い込むこと、ないのに……
「……私は姉失格です。あの子の変化、気づいてあげることが出来ませんでした。こんなのがあの子の姉なんて、笑っちゃいますね……あはは……」
「ロッシェさん……」
口角こそ上がっているが、目が笑っていない。壊れてしまったかのような真っ黒の吸い込まれそうな瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。雨が窓を叩く音もより一層強くなり、それが悲愴感をより加速させる。俺達も何も言葉をかけることが出来ず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった……
「…………う」
「……え?」
「それは、違う!!」
部屋に響く、強い叫び。その叫びは、外の喧騒をもかき消し、この部屋を静寂に包んだ。その声を上げたのは……それは……他でもない、リヴィだった。
「ロッシェは頑張った!自分がやれることを精一杯頑張った!私達の為に毎日料理を作ってくれて、店の掃除して、妹達の世話をして!それは、ロッシェがドルチェとシフォンの姉だったから出来たこと!ロッシェが『姉』として頑張ったことなの!だから、姉失格なんかじゃない!貴女は、あの子達の最高の『姉』なのよ!!」
「あ……ああ……」
リヴィの力強い言葉は、この空間に広がっていく。ロッシェさんの目から零れる涙は、段々と大きさを増していった。
「大事なのはドルチェの気持ちのことに気づかなかったことじゃない!その後、ドルチェの為にこうやって息を切らしてここまで来たこと!ドルチェの事を心配したこと!そしてこうして、自分がドルチェの為に何も出来なかったことを悔しく思っていること!!」
「ああ……あああ……」
「それが、ロッシェが最高の姉である証拠!自分が姉であることを、何も恥じることない!自分を攻める必要もない!」
「……もう……もう、やめてくださいリヴィさん……私はそんな……」
ロッシェさんはそう言うが、リヴィの言葉は止まらない。そう、絶対に止まらない。自分の伝えたい事を、自分の意思で紡いでいる。何処までも、真っ直ぐな言葉。嘘偽りのない、本心からの言葉。その言葉は、俺達の胸の奥を貫いていく。実際に言葉を向けられている訳では無い俺達にまで刺さる言葉、当事者に何も響かない訳がない。ロッシェさんの涙は大きさが更に増し、膝を濡らしている。
「……そうやって、自分を卑下するのはやめて。それが、本当にドルチェが望んでいることかしら?」
「……!!そ、それは……」
「貴女は、もっと自分に自信をもっていい。だから……」
「……だから……?」
「今は、泣いてもいいのよ」
「!!………………う、うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
その言葉が押し留めていた感情を解き放つ。溢れる涙は止まること知らず、慟哭は部屋を包んでいった。それは、妹の変化に気づいて守ってあげられなかった姉の、胸が痛くなるほど悲痛な慟哭だった…………
「……もう大丈夫です、ご迷惑をおかけしてすみません」
「大丈夫ですよ。自分の気持ち抑えててもモヤモヤするだけでしょうし。だったらいっそ泣いちゃった方がいいと俺は思いますよ」
「……ありがとう、ございます。確かに、スッキリしました」
「……じゃあ、自分が何をすればいいか……違うわね。自分が何をしたいか……もう分かってるはずよね?」
「……はい!_私も……私も、無力かもしれませんけど……皆さんと一緒に、ドルチェを助けに行きたい、いや、行きます!!」
それはまさに、決意の叫び。俺だったら、大切な人がいなくなったら心が折れてしまっているはずだから……それはとても凄いことだと思う。なら……その思いを、決意を、無駄にする訳にはいかない。全く、リヴィも大したやつだな、こうやって落ち込みからの回復をさせるなんて。……でも、いつもクール(風ポンコツ)でマイペースで我が道を往くこいつが、なんでこんなにも声を荒らげて説得したんだろう?……少し、気になるな。
「……よく言ったわね、ロッシェ」
「よし!じゃあ皆で、ドルチェちゃん助けに行きましょう!おー!」
「……すぶたなんてぼっこぼこのふぇっるふぇるにしてやんよ」
「……でも、どうやってあの七賢者を倒せばいいのかな……?」
「ふっふっふ……愚問ですよルーちゃん!ですよねリヴィりん!」
「愚問ね」
「え?じゃあ何か手立てが……!?」
「えぇ、あるわよ、ねぇ、レイ」
「えっ俺!?」
え、マジで!?手立てあるの!?マジで!?俺そんなの知らないよ!?本当に今日のリヴィさんどうしちゃったの!?ガチでイケメ……いや、女だから……イケジョ?イケウーメン?いやそんなのどうでもいいわ!
「すまん、分からん!それで、その手立てってのは、一体……!?」
「……総集編よ」
「……は?」
は?
「今まで、沢山の作戦を実行してきた……手応えはあったけど……それは倒すには至らなかった。なら……」
「ねえレイくん、嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
「……全部丸ごと、くっつけちゃえばいいのよ!」
「その通りです!さっすがリヴィりん!イエイ!」
「遺影」
ほらこうなった!全部丸ごと、よくないのよ!しかもそれだと誰か死んでるじゃねぇか!!あーもう、せっかくいい感じにかっこよかったのに、ここのポンコツ加減でいい感じに台無しだよ!ブレねぇな赤貧のネクロマンサー!
「つまり、作戦はこうよ――――――――――どう?分かった?」
「……思ってたよりマシだった。これなら行けるんじゃないか?」
「私もそう思う。皆、大丈夫そう?」
「バッチリですぅ!」
「……おっけ、だいじょぶ」
「……私も、行けます!」
「そう、なら……トゥットファーレ依頼再々始動開始!依頼名は、『ドルチェを絶対に救い出す』よ!!」
「「「「「おー!!」」」」」
窓を叩く風と雨の音、雷の轟音はまだ止まない。だけど……次第にそれも、心地よい音に聞こえてきた。大丈夫、勝てる!絶対に、ドルチェを救い出す!!




