99話
――――や~っっっと、終わったぁぁぁ~。
帰りのホームルームが起立と礼で締め括られた後、『ハァァァァァ~』なんて盛大に溜め息を吐きながら背凭れに身体を預けて天を仰いだ。
体感久々の学校だったし肉体面は全くの無傷だけど、これほどまでに精神的な消耗を強いられるとは思わなかったよ。
やっぱ僕って人間嫌いなんだなぁ……
いや、別にイジメられてたとかではないのよ?
何なら、接触どころか誰とも何一つ会話すらしなかったくらいだし。
ただ、ひたすらに視線を向けられ続けてたと言いますか、ソレが不快だからって魔物共相手の時みたく息の根止めてやっちゃあ大問題だからと、ひたすら我慢を強いられ続けてたワケで……ものッすっっっごいストレスだったのでせう。
ま、目的通り教科書は手に入ったし、魔力の生成量も期待通り。この調子で溜まってくれるなら――まあ、多目に見積もっても中学卒業までにはもう一回チャレンジできるんじゃないかな……
って一年以上!?
長いわッ!!
いや、永いわッ!!
もはや遠いわッ!!
いやまあ、昨日までの試射と同じ規模で良いんだったら今すぐにでも挑戦できるだけの量は手に入ったけど、本気で成功させるんだったら五〇〇倍くらいの量は押さえときたいからさ。
となると、単純計算で五〇〇日――約一年半分は必要になるワケで……
うん、父さんと母さんの状態的に時間制限とかは無いけど、流石に一年以上も掛かるってのはチョットなぁ。何かもっと他の方法を――できれば複数探して、ソレらを併せてやっていかないと。
いやね、別に昨日までみたく魂削ってネリネリしても良いんだけど、加減間違えると意識失っちゃって学校寝過ごしちゃうかもだし。
そうでなくとも、魂削った後の意識朦朧状態の所為で、折角の学校生活フイにしちゃいそうだし。
やっぱり、もっと穏やかに魔力を得られる方法を探さないと――って言っても、妙案がそう簡単に思い浮かぶなら苦労はしないってね……
なんて、皮算用と言うには悲観的に算盤を弾きながら、ほぼ無意識の内に手が勝手に動いて数学の教科書と白紙のノートを机に広げてた。
それから、激動の魔界暮らしでも風化せず身体に染み付いてたかのように、右手でシャーペン左手に教科書っていう、いつもの書き取りの態勢になっていて、目線や意識が教科書の文字列へと吸い寄せられ、逆に魔界で随分と鋭敏になったハズの聴覚や嗅覚が持ってくる感覚情報が遠くなっていく。
そして――軽く呼吸を整えたトコで右手を閃かせた。
文字を一つ一つ書き追いながら文章を覚え、記された公式とソレの解き方をなぞり、テストで点数を稼ぐ為の手段を脳に刻み込んでいく。
え? 『なんでいきなり教室でおっぱじめてんの?』って?
そりゃあ、普段から放課後の教室でやってるからね、書き取り。
家に帰ったら、宿題やってれば学年一位取れちゃう兄さんとゲームしたり、兄さんに勧められた漫画やアニメや動画を見なきゃで忙しいからね。
それに、そんな兄さんと違って無能なオツムしてるってトコを、父さんや母さんや兄さんにひけらかしたくないしね。
なので、お家では勉強は一切致しません。
図書館行ったり塾通ったりもしません。
図書館はどうしても周りの他人共が気になるし、塾は父さんや母さんにお金出して貰わないといけないし、そんな『勉強してますアピール』とかすればノータリンを二人に晒すコトになっちゃうからね。
その点、放課後の教室なら帰るなり部活なり塾なり遊びに行ったりですぐ無人になるし、図書館や塾みたいに無駄な移動時間を割く必要も無いから効率的だし、毎日十八時に戸締りの日直教師がアラーム代わりになってくれる、なんて至れり尽くせりってね。
とまあ、こんな話はこの辺で置いといて、本題に集中しましょうか。
繰り返しになっちゃうケド、この記憶術に於いて重要なのは教科書の内容に疑問を挟まないコトだ。
ただでさえ時間的に非効率な手段だってのに、『――はなんでこうなるんだ?』なんて余計なコトを一々考えてたら、時間が幾らあっても足りなくなる。
元々、兄さんや父さんや母さんと一緒に過ごす分だけ時間も限られてるしね。
それに、どうせ普段の生活では一割も使われないような知識群である以上、兄さんとは比べるべくもないお粗末な脳細胞を無駄な疑問の処理に割くのは得策じゃあない。
だから、テスト時間中にしか使えない手段だと割り切るべき、ってね。
ただ……
この覚え方だと、一つの公式を思い出すだけで解けるような基礎問題には強くなれるけど、複数の公式を併せないと解けないような応用問題にはどうしても弱くなりがちだ。
その辺の問題はこれからもどんどん増えていくだろうし、肝心な受験問題でこの弱点を突かれたらシャレにならないから、なるべく早い内に対策を考えないと――
と、書き取りで教科書を脳に刻み込む傍らで考え込む最中、ふと気付いて手が止まる。
即ち、『勉強する必要があるのか?』と……
――――――――……………………
だって、そうでしょ?
今の僕の目的は父さんと母さんと兄さんを一秒でも早く呼び戻すコトであって、昔みたいに『兄さんがいずれ大人物となった時に右腕となれるよう、その格に見合うだけの社会的地位を手に入れる』なんて動機は既に消え失せてる。
いや、そもそもその目的を果たせば、魔物へと――父さんと母さんと兄さんを殺したバケモノ……そして、父さんと母さんと兄さんが恐れた怪物へと成り下がったオレなんてすぐにでも消え去るべきだ。
魔物の存在なんて、父さんや母さんや兄さんの人生にとってマイナスにしかならないからね。
単純に(オレ自身が)危険だし、特理みたいなマジカルに興味シンシンな連中に絡まれそうだし。
――――…………ぃ
あ、……今気づいたけど、危険て言えばその特理も危ないか。
もし、連中が『魔物の力を手に入れるメカニズムを読み解くのに、血縁者を調べるのもアリでは?』って考えたら、父さんと母さんと兄さんが狙われかねない。
一応、母さんは金見市で一番大きい情報通信企業の創設者にして特別顧問してたし、父さんはソコの顧問弁護士だったから、特理連中としては狙いにくいとは思うケド、警察に遺体運搬頼ませられる組織相手じゃ心許無いし……
――……ぃゃ
もう、いっそのコト特理には消えてもらった方が安心かな。
でも、ソレをやると伯父さんがいきなり無職になっちゃうか……
テレビじゃよく『シューショクヒョーガキ』だの『コヨーモンダイ』とか言ってるから、四十路で職無しとかキツそうだ。
う~ん、伯父さんに給料払うだけの組織にでもなってくれれば良いんだけど、どう考えても自発的にそうなってくれるとは思えないしなぁ……
やっぱり消すんじゃなくて説得するしかないかな、物理で……
――ぃゃ、いやいや、やめてぇええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!
――ぃやかましいわッ!!
何なんださっきから頭の中でキィーキィーと!!
『(ファ○チキください)』ってか!?
『こいつ直接脳内に……』ってか!?
下らねえマネすんなよアホンダラァ!!
と、声には出さずに怒鳴りながら、僕が手を止めたのを見計らったかのようなタイミングで流れ出した無音の悲鳴が聞こえてきた方角を睨んだ。
見えるのは教室の壁とソコに嵌められた窓ガラス越しに覗く無人の廊下だけだけど、この方角と聞こえ方から察するに、多分恐らくきっと音源は体育館内に居るんだと思う。
さて、どうしてくれようか?




