98話
「――だから、『報、連、相』は基本中の基本であって――」
はぁ……呆れを通り越して感心しちゃいそうだ。
こんな調子でカレコレもう三十分も続けちゃうとか。
あ~あ、幾らホームルーム分を差し引いても、授業もう半分近く終わっちゃってるよ。
しかもその内容空っぽだ死ね何が『ホーレンソー』だ海藻でも食ってろハゲせいぜい迷信染みた育毛効果と植物性食物繊維のデトックス効果に依る微々たる痩身効果に期待でもしながらなデブ。
あ~……コレ、アレだよ。
会話する相手が居なくてコンビニ店員に話し掛けちゃう寂しい余生を過ごす翁と同じカンジだよ。
なに?
おウチで奥さんや娘さんから邪険に扱われちゃってるの?
ハゲでデブだから?
それともお口と身体からドブみたいな臭いがするから?
まあ、適当に相槌だけ打って時計チラ見してニ十分経ったな~って時に『僕の机に触れてる書類』って条件で転移発動させたから、一時限目の数学の教科書は既にバッグの中。
魔力の収支計算も、放たれる唾を半自動的に転移させ続けてる分のマイナスはあるけど、目の前のデブが延々語り散らしてくれてるおかげで合計はプラスに傾いてるから、お~け~お~け~。
オレはまだダイジョーブ、まだ我慢できる。
「――まったく、いつまでも親が守ってくれてると思ったら大間違いだからな。社会に出れば――」
……………………ウン、大丈夫ダイジョーブ。
オレはまだ平気だ。
今すぐ目の前のナマモノを真っ赤な水溜りに変えてやりたくなんかなってないよヘーキだ。
とは言え、だ。
魔力生成の為とは言っても、いつまでもこんな馬鹿話に黙って付き合ってたらいずれ堪忍袋の緒が切れてもオカシクは無いんだから、いい加減用件を聞くべきだろう。
まさか、授業を抜けさせた理由が説教するだけだなんてあり得ないだろうし。
「――自分の身一つで生き抜けなけりゃ喰われるだけなんだからな」
「…………先生、御用件を窺っても宜しいでしょうか」
目の前のオッサンの呼吸の合間を突くようなタイミングで言葉を放つと、漸く駄弁りが途絶えた。
ただソレも一時的なもので、三十分越えのお喋りで一旦は落ち着いてきたハズだった顔色が瞬間的に沸騰し始めたのを見て、己の失敗を悟った。
何故……?
一応、極力感情を消してコチラの苛立ちが伝わらないように心掛けたし、言葉だって『そろそろ』とか『いい加減に』なんて付けてワザワザ時間経過を強調するような発言はしないように心配りもしたんだけど……
「人の話を遮って用件を聞ける立場にあると思うな!! お前の事故の話を聞かされて此方がどれだけ迷惑を掛けられたと思ってる!! 大体お前はいつもいつもそうやって――」
ハァ……どーやら、僕は浅慮にもこのハゲデブ説教マシーンに燃料を補給してしまったらしい。
『大体』とか『いつもいつも』なんて言われても、僕は自分から問題起こした覚えなんて無いんだけどなぁ。
まあ、だからって『御言葉ですが――』なんて割り込めば、この焼け野原オッサンが更に燃え上がるのは必定か。
あ~あ、だから他人の話なんて聞くだけ無駄なんだ。
このオッサンだけじゃなくこれまで同じ教室に居た他人共だって、どうせコッチの言い分なんて誰も聞こうとせず自分達の主張を押し通すだけなんだから、班相談とかクラス会議なんてやるだけ無意味だし、このゴコーセツに至っては害悪だ死ね。
ってなワケで、思考を停止させて頷き返すだけの機械にジョブチェンしつつ、意識を己に沈めて魔力生成にだけ集中させるコト、プラス三十分。
漸く終業チャイムが鳴って、オッサンが『もう、時間か』なんて溢しやがった。
…………コイツ、最初から授業一杯までサンドバッグにするつもりだったんだなクソが。
当たって欲しくも無い『まさか』も当たってた死ね。
「――それじゃあ、今後は問題があれば忘れずに予め学校へ連絡するように、分かったな?」
「はい、分かりました先生、失礼します」
チャイムを受けて急浮上させた意識で手早く返事を返し、そのままデブハゲのデスク前から踵を返す。
バッグはずっと肩に掛けっぱにしてたから、忘れ物なんかもあり得ない。
そのまま、職員室を出て行く。
背中越しにデブとそれ以外のも併せた幾つかの視線を感じてはいたけれど、勿論振り返ったりはしない。
さて、コレで漸く普通に授業を受けられる――なんて溜め息を吐きながら、バックに仕舞ったハズの教科書を確認する。
うん、確かに『数学Ⅱ』だね。
裏には名前も書いて無いし、ページの破れも落丁も無し。
あとは授業で無駄話の合間に開示されるテストの出題範囲を押さえて――って、その授業が聞けてねえ……
まあ、初回の授業はかる~いガイダンスから初めて教科書の最初の数ページ分くらいしか進めないだろうから、いつも通りに教科書丸暗記作業すれば十分巻き返せるか。
そう、僕の勉強スタイルは書き取りを中心とした『テストで点を稼ぐ為』の反復に依る暗記作業。
教科書に書かれている情報に疑問を挟まず『そう言うものだ』と割り切って、ただ只管に覚えるだけ。
ソレは単語や文法、記号や名称、年代や出来事や人物名とかを覚えるだけの、単純な記憶力だけでどうにかなる英語や理科、社会科だけじゃなく、解き方を知らないと解けない数学や国語も同じ。
数学の場合は公式や証明方法を覚えておきさえすればどうとでもなるし、『~の心情を答えなさい』なんて問題も同じだし、古文系は英語と同じ暗記系だから何とかなる。
そして、その為の記憶方法が教科書の書き取りってワケ。
ホラ、何度も手を動かして意識を集中させていれば、どんなバカだって覚えられるでしょ?
授業を一回聞いただけで覚えられる天才の兄さんと違って、おバカな僕が好成績を取るには地道な積み重ねしかないからね。
そんなワケで、今日受け取る教科書は全ページ書き取りです、ハイ。
え?
『ドM過ぎる……』?
『登校理由といい、何故こうも自分から苦難に飛び込むのか……』?
『やはりソッチ系か……』?
いやいやいや、能力の無い人間なんて他人共と同じ無意味で無価値な存在じゃん?
僕はただそうなりたくないってだけのコトだよ?
ね、フツーでしょ? ――っと、教室着いた。
さてさてそれじゃあ、今日も一日勉学に励むとしましょうか――
……なんて意気込みで意気揚々とドアを開けると、またしても教室中から視線の集中砲火が。
うん、帰りたい。
それか魔法でも肉体言語でもいいから、コイツら全部伏せさせて楽になりたい。
ま、ダメに決まってるけど。
僕はココへ魔力作りに来たんだし、ついでにお勉強もしようと思ってんだから、ヘタなマネして授業潰すのは本末転倒だ。
なので、引き続き我慢我慢。
今ココで試されるのは忍耐力だぞ~辰巳。
脳内で『平常心、平常心』とか唱えながら、視線全てを無視して教室を進み、席に着く。
そのまま、朝の登校時のようにバッグを机の横に引っ掛けて筆箱と文庫本を取り出し、あと授業用のノートも机に広げて置く。
そうして、授業態勢を整えたらそのまま読書へ移行。
この頃には、周りの連中もザワザワガヤガヤと雑談に戻ったので一先ずは安心だ。
スゥ――ハァ……さて、今日も頑張ろうか。




