96話
「…………はぁ」
僕が入った時からず~っと静まり返ってる所為で、沸々と湧き上がる魔力と同時に零れ出た溜め息がヤケに耳に残る。朝にせよ帰りにせよ、ホームルーム前の教室なんていつも騒がしいハズなのに。
その上、『黒宮』って名字の御蔭で出席番号順に従い窓際後方をキープしてる僕の席へ辿り着くまで延々視線が集中砲火だし、ってか今もだし……
いや、魔力がグツグツだから、それでエエんですけども。
……恐らく、だけど。
僕の死やあの事故が特理辺りの手によって学校側へと伝えられていたんだと思う。実際に事故はあったんだから、僕が死んでたコトにすれば特理連中としては『実験し放題ダゼ、イエイ☆』だろうし。
若しくは、最初から事故の隠蔽なんてされてなくて、学校側からコチラに連絡したけど繋がらなくて――って流れなのかも。
家に帰ってからの数日、結構意識朦朧としてた時間あったから、コール音も聞き逃してそうだし。
まあ、どっちでも良いし魔力の生成って目的には沿っているのだけれど、折角新年度になったんだから花瓶と花の用意なんて無駄金使わずに机を片付けちゃった方が、合理的な上に僕への嫌がらせ目的としても有効だろうに。
ウチの学校は私立の進学校だからなのか全体的に効率重視で、席替えどころか進級ごとのクラス替えも無いし、なんだったら学期開始直後のガイダンスだのも無しで入学、始業式の翌日には授業が組み込まれてて、その授業内で各教科書が配られるってシステムなんだから、机が片付けられなかったのはいっそオカシイとさえ思えるね、不合理だ。
いや、別に『おめーの席ねぇから!』とやらをリアル体験したいワケじゃないし、ワザワザ自分で机と椅子を探して運んでくるなんて手間を強要されなかっただけマシなんだけど……
にしても花って、ねえ?
しかも、白、紫、黄色と無駄にカラフルって、コレ幾らしたの?
「…………チッ」
なんて、些末な疑問が浮かんで弾けて苛立ちに押し流されて、結局出たのは舌打ちが一つ。
そりゃまあ、百均で手に入りそうな花瓶はともかく、少なくとも四桁円は超えそうな花束をワザワザ用意するだなんて、ただの嫌がらせの為だけにするにはチョットお高い出費だから、この犯行は十中八九教師の手に依るものだろう。
となれば、今もコチラをジロジロ見てくる鬱陶しい視線共に報復すんのは筋違いだし、犯人が教師だってコトならソイツはこのクラスの担任だろうから、待ってればホームルーム前には現れるし。
その時にこそ、罵倒するなり断罪するなりすべきなのであって、今はただ只管忍耐の時だ。耐えろ耐えろ。どれだけ視線が集中しても無視だ無視。
ってなワケで、魔法発動。
使うのは空間魔法での転移で、標的は花瓶単体と中に入ってる水と花束の三つ。
うん、花瓶と水と花束を同単位で一括りにしちゃってる日本語力の低さは目を瞑って貰うとして、取り敢えずその三要素の位置座標をそれぞれ教卓の上と洗面所と中庭の花壇へとカキカキ書き換え~っと。
途端、パッと消えた花瓶だけが教卓の上にカタンと現れ、その物音にバッと視線が集まる。
そうしてできた隙を突き、不法占拠されてたスペースが解放された机へと荷物を降ろし、ギギッと椅子を引いて腰も下ろして、ついでにそっと密かに胸も撫で下ろす。
ふぅ、ヤレヤレ。
え? 『能力者バトル物のセオリーとして、超常ぱわ~はヒ・ミ・ツにするんじゃないの?』って?
ハッハッハ、今更何を仰るのか。
そりゃあ、特理は魔法を秘密にしてたみたいだけど、ソレを連中と敵対してる僕がワザワザ守ってやる道理は無いし、なんならもっと大々的に見せびらかしても良い。
そうすれば、魔物に所縁のある連中をおびき出せるだろうし、ソイツらを魔界の魔物共みたくムシャムシャしてやれば魔力の足しになるし。
……バリボリするってんなら人間相手が一番手軽で魔力も一杯手に入るんだけど、ソレやっちゃうとまごうコト無く殺人者でモノホンの魔物野郎になっちゃうからね、頼まれたってやりませんとも、ええ。
それに、その汚名を返上すべく干渉魔法で死人を生き返らせるとしても、主観干渉に使う魔力量を考えれば結局は赤字になりかねないから現実的じゃないしね。
『なら、今魔法使ったのも魔力的にはマイナスでは?』なんて思われるかもだけど、僕が直接触れると難癖つけられるだから、ソレを避けるための処置でゲス。
……いや待てよ。
魔力が必要な現状なら、寧ろ逆に難癖つけられるような状況に突っ込んだ方が良かったか?
まあ、今更遅いけど。
なんて、魔力的な損得勘定をくらくらと巡らせつつ、スクールバッグからペンケースと朝適当に自分の本棚から抜き出して来たカバー付きの文庫本だけを出し、あとの荷物はバッグに入れたまま机脇の金具に引っ掛けて置く。
以前から嫌がらせ目的の盗難防止対策として、学校へ私物は一つも残さないように生活してきたので、基本的に持ち込んだ教科書、ノートの類は全部バッグの中に入れっぱなのです。
と、この辺りで漸く僕の机から花瓶が消えたコトに意識が向いたのか、周りから『なんで……?』とか『アイツ何した……?』なんてヒソヒソが聞こえてくる。
うん、全部無視です。
ただでさえヒソヒソ声が不快だってのに、詳しい内容にまで意識を向けたらウッカリ手が出かねないからね。
そうなったら、最悪この教室が血の海になって僕の服やら荷物やらが汚されかねない。
そしたら、また魔法使わされて無駄な出費になっちゃうからね。
幾ら心地の良い静寂の為とは言え、今の僕にはそんな無駄遣いは許されないんです。
ってなワケで我慢我慢。
『手品だろ、どうせ……』とか『死んだ死んだ詐欺の次がソレかよ……』とか『かまってちゃんかよ、ボッチキモ……』とか『相変わらずウゼーな……』とか聞こえても無視無視。
大体手品じゃねえし魔法だし死んだなんて僕は一言も言ってねえしアリみたいにワラワラ群れて気色悪い毛無猿共が『キモ』とかおまいうだし相変わらずなのはテメエらだろがボケ
……………………はぁ、魔力的には良いけど、こr――ゲフン、お口バッテンにしてやろうかチクショーめ。
っと、いやいやたった数行前のセリフも忘れてるおバカチャンかよ、僕は。
フゥ――、落ち着け落ち着け、目の前の文字列に集中するんだ。
今はスマホも持ってないんだから、他に暇潰しできるツール無いし。
事故った時にブッ壊れてて魔界で捨ててきたし、人間界戻ってからも新しく買い替えるなんて暇なかったし、そもそもアホみたいな動体視力の所為で持ってても目がチカチカするだけだし。
まあ、チカチカと暗転が入るってだけで画面がまったく視認できないってワケじゃないから、使おうと思えば使えるんじゃないかな?
動作音とか金物臭さとか気になりそうなトコはイロイロありそうだけど。
てなカンジで、結局集中できないまま無駄にゆっくりと時間が過ぎていき――
漸く予鈴が鳴って、廊下の方から明らかに中学生の体重じゃあり得ない重めの足音が、職員室の在る下の階から彼方此方へと散らばり始めた。
生徒だと思われる足音も廊下には殆ど残って無いみたいだし、あと少しでホームルームが始まって授業だ。
ソレまであと少し、がんばれ僕。負けるな僕。
ちなみに、ココまでで話し掛けてくるようなヤツは皆無ですが、なにか?




