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他称『魔王』の穏やかな日常  作者: 黒宮辰巳
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95話

 僕こと黒宮辰巳にとって、我が兄である黒宮景虎は憧れのヒーローであり、決して越えられない()()であり、そして――この世で最も優れた人間だと確信できる人だった。


 そう思うようになったのはいつからだったか……

 物心付いた頃は、一つ年上の兄さんに連れ回されるような格好で幼稚園の――もう顔も名前も覚えてないような連中と一緒になって遊びまわった記憶があるけど、その時から兄さんは特別だったな。


 特別身体が大きいとか何か習ってたってワケでもないのに、駆けっこをすれば誰も追いつけないし、サッカーでもバスケでもドッジでも兄さんの居るチームこそがいつも勝者で、極め付けは音楽発表会で組担任の先生を差し置いてピアノ演奏者に選ばれた挙句、組単位と個人の最優秀賞を総なめにしたなんてエピソードかな。


 ついでに喧嘩だって一対一は勿論、年上相手の三対一でだって常勝無敗で……

 幼稚園児が触れる範囲の事柄に於いて、誰一人として兄さんに敵うヤツなんか居なかった。


 当時の僕はソレが悔しくて、いつもいつも賞賛を独り占めする兄さんにどうしても勝ちたくて、何かにつけて兄さんと僕を比較する周りの目を見返してやりたくて。


 だから、兄さんに引き回される時以外はずっと一人で駆けっことか各種球技とか楽器の演奏とかの練習に明け暮れて、それを他の園児達の誘いも保育士のやんわりとした注意も無視して続けて……

 でも、全く敵わなくてさ。


 特に発表会なんかは散々で、例のあの対人恐怖症的なトラウマが原因であがり症ちゃんになった所為で、本番は練習した分の半分も発揮できない緊張状態に陥っちゃてたワケで……


 それでも、諦めずに兄さんの背中を追い続けられたのは、生来の――()()()()()()負けず嫌いと、周りの連中と違って僕達兄弟を分け隔てなく接してくれた父さんと母さんの御蔭だと思う。


 だけど、その『いつかは追い付けるだろう』って楽観的な努力が如何に矮小で思い上がりに満ちていたかを思い知ったのは小学生の頃……

 一年遅れで兄さんと同じ地元の小学校に入学した僕が目の当たりにしたのは、覆しようの無い絶望的なまでの()だった。


 その内の一つは、国語に算数、理科と社会は一纏めに生活だったっけ――とにかく授業が始まって、学力が通知表の五段階評価によって目に見える形で渡されるようになったからだ。


 当然ながら、兄さんはオール五でテストも全教科百点満点だけ。


 対して、僕の方は四と五が半々か五が少し多いくらいで、テストの点数は基本八十~九十台で百点は極稀に一つ二つと言ったトコロ……


 しかも、この成績も毎日復習を繰り返した上での結果で、兄さんの方は、曰く『教科書読めば分かるっしょ?』だそうで……

 ホント、兄さんてばマジ天才()さん。


 ただまあ、コレについては言うほどショックは受けなかったかな。

 だって、『能力的な敗北』って大筋は幼稚園児の頃と変わらないし、今にして思えばもうこの頃には無意識的に『勝てなくても仕方無い』って諦めちゃってたんだろうね。


 それでも、園児の頃から引き続き努力(勉強)を続けられていたのは、せめて自己正当化(言い訳)ができるようにしたかったんだろう。

 『確かに兄さんには敵わないけれど、良い成績(結果)は出てる』って。

 或いは、父さんと母さんに失望されるのが恐ろしかったのか……


 今となってはどっちでも良いけど。


 とにかくそんなワケで、僕にとっての絶望は負けが込み過ぎた戦績についてじゃあない。


 僕を打ちのめしたのは――そう、自分の()()()を突き付けられたコトだ。


 うん、ルビ振って強調しても『具体的に何が?』ってなるのは目に見えてるので、もっとはっきり言おうか。


 僕が今までやってきた努力は、他人を恐れ、遠ざけ、逃げ続けていた時間の全ては、無意味で無駄な時間だったってコトだよ。


 ま、こう言っても、当時の僕はコレを言語化できるほど理解できてたワケじゃない。今みたいに超常的な力と不死身の肉体まで手に入れて、()()って枠から外れて、他人の存在を必要としない存在となったからこそ、俯瞰して明文化できるようになったんだと思う。


 だから、当時の僕はただ漠然と――そう、惨めに感じたんだ。


 昼休みのグラウンドで、託すように回されたパスから的確にゴールへと繋げた兄さんと、そんな兄さんと健闘を称え合うように肩を叩き合って笑い合ってる連中を見て。


 その光景を、教室から逃げ込むように通い詰めていた図書室から見下ろして。


 或いは、全校集会って言う教師も生徒も大勢集まった場所で名前を呼ばれて、その声に堂々とした歩みで応えながらも毅然とした態度で賞状を受け取ってから振り返ってピースサインを決めて見せるなんてマネをする兄さんが、『ふざけるな』と怒られるのではなく歓声のような笑い声と共に盛大な拍手で迎えられて。


 ソレを、その他大勢共に紛れた場所から、その他大勢共に流されるままに拍手を打ちながら、まずあんな注目が集まる場に耐えられないクセに『見世物にされて何がそんなに笑えるのか』と内心で嗤う片隅で。


 今まで努力だと偽って積み上げた虚飾と虚栄の、『自分は()()()らとは違う、少なくとも天才(兄さん)に追い縋る為に力を尽くして来た』って自己弁護の代償に得た孤高は、ただの惨めで憐れな孤独でしかなく、積み重ねた時間と労力とまったく釣り合わないと悟ったんだ。


 毎日通う教室って狭い箱庭で拘束される五、六時間の孤立に何の意味も無かったんだと思い知って、そしてその無価値が今後数年に亘って繰り返し続けられるのだと予見できてしまって……


 だから、絶望したんだ。


 そして、それと同時に僕は自分を諦めた。

 既に一度、『兄さんには敵わない』と諦めていたから、()みを()って捨てるのは簡単だったよ。


 それに、そうして絶望した後でも無意味で無駄な()()を変わらず続けられてたから、周りから()()を悟られるコトも無かったと思う。


 ま、今更生き方を変えるより今まで通りを惰性に任せてやり続ける方が楽だったし、諦めて空っぽなまま生き続けてた僕には他者への恐怖くらいしか外部に向く感情が無かったしね。


 そうやって、楽だからと流されるままに続いた孤独(ボッチ)体質の形成は、兄さんが救ってくれるまで――兄さんが小学校を卒業する頃まで続き、今も僕の身に宿り続けたまま……


 だからまあ――



「――…………」



 |こんなフザケた《机に花瓶が置かれてるって》状況も、別段気にするモンじゃないですの。ええ。

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