93話
「……特理の連中はさ、血縁関係のある人間相手なら僕が無茶しないと思って伯父さんを派遣したんだと思うんだケドさ。ま、確かに読み通り、伯父さんには何もする気は無いけど、他の連中にまで手出ししないと思われてるのは心外だよ」
言いながら、パッチンと魔法発動。
今度は一人じゃなくて、今知覚できる全ての特殊部隊員さんの首を門越しに部屋に招いた。
傍から見ると宙ぶらりんに浮かぶ生首状態な覆面ヘルメット共は、『な、なんだこれはッ!?』とか『か、身体が無い!?』とかって口々に叫んでうっさいけど、覆面で口が覆われてるおかげで涎まき散らしたりしない一点だけはさっきよりマシだね。
まあ、うっちゃいのに変わりないから、また指パッチンで物理干渉発動のお口黒炎チャックの刑だけど。
「今から五分経ったら、伯父さん以外にこの辺へ来てる特理連中には僕の魔法の練習台になって貰う。ソレが嫌ならさっさと帰ってくれないかな」
はぁ、言ってて嫌になる。
なんで、僕がココまで譲歩してやらないといけないのか。
だってさ、父さんと母さんを起こすのに必要なのは、干渉魔法の錬度を上げるコトよりも干渉に必要な出力を確保するコトだって分かってるんだから、特理の連中に煩わされてる現状が既にマイナスだ。
連中を帰らせたいなら空間魔法で問答無用転移って手もあるのにソレをしないのは、偏にその出力に使う魔力を無駄に消費したくないからだし。
まあ、連中が現れて僕を不快にさせてくれてるおかげで、さっきっから魔力が沸々と湧き上がってきてくれてるから、差し引きだけで言えば若干のプラスにはなってるんだけど、これ以上は感情的にも効率的にも受け入れ難い。
ただ、そんな弱みを見せれば今回以上の邪魔が入るだけだろうから、絶対に言わないけど。
「ま、僕としては特理連中に選択肢をやる必要も無いんだけど、ソコは伯父さんに免じて――」
と、言いながら指パッチンで首を元の場所に戻していると、伯父さんがソレを遮るように口を開いた。
「分かった」
一言だった。
まるで、切り捨てるような、或いは諦めたかのような、そんな声だった。
それっきり伯父さんは席を立つと、僕の方には目もくれずに居間を出ていった。
僕の方も、特理関係者が相手なら座ったまま出てってくれるのを待ても良かったんだけど、伯父さん相手にその態度は憚られたので一応の見送りと戸締りを兼ねて追いかけると、伯父さんは丁度靴を履き終えたトコだった。
でもって、ドアノブに手を掛けたところでふと立ち止まり、
「辰巳、今日はこれで帰るが、近いうちにまた来る。今度は特理の人間としてではなく、伯父として――家族として、な」
そう言ってドアを開こうと――したトコロで漸く振り返った伯父さんは、『ああ、そうだ』なんて何か思い出したふうで、まるで世間話でもするかのようだった。
「ところで、辰巳は学校には行ってるのか? 月曜の――もう十時になるが、もしかしてまだ春休み中なのか?」
「ん~、確か今日始業式だったかな? まあ、父さんと母さんと兄さんの方がずっと大事だし、多分もう行かないんじゃないかな?」
そんな調子だった所為か、僕の方も自分でも気付いてなかったような本音が出てきた。
……そうか、そうだな。
分かってたコトだ。
父さんと母さんと兄さんが戻れば――いや、例え戻らなかったとしても、もう僕の居場所は何処にも無い。
分かってたさ。
あの時、あの過去の世界で、車の中で恐怖に顔を歪める父さんと母さんと、泣きじゃくる赤ちゃんだった頃の兄さんを見た時に。
だから、三人が戻ったら、僕は静かに消えるつもりだった。
最初から居なかったかのように……
死ねないのなら、せめて誰の目も届かない場所に――なんてさ。
脳裏に『具体的にドコへ?』なんて疑問も浮かぶけど、生憎とその答えは浮かばない。
ま、そんな下らないコトなんて後回しで良いか☆
そんなカンジで、無価値な迷いを瞬時に斬って捨てると、ニッコリ頬を釣り上げて見せる。
「ま、何か用事でもできれば行くかもしれないけどね~。だからまあ、何も心配要らないよ」
大袈裟にドンと胸を叩いてそう言うと、何故か伯父さんは大きく目を見開いた後に、
「……上は必ず説得して黙らせる。もう二度と、お前に手出しはさせないようにする。今度はちゃんと守ってみせる。だから、それまで待っててくれ」
なんて、さっきゴロゴロ共を見て真っ青になってたのが嘘のように真っ直ぐ射抜くような目力でそう告げると、そのまま迷い無くドアを押し開けて出て行った。
……守る? 誰を? 誰が?
文脈的には分かるけど、意味が分からん。
何がどーすれば魔王を殺せる魔物を守るなんて無意味なコトを思い付くのか。
そもそも、その魔物って自分の全力でも殺せなかったのに、一体全体どうしたら脅かせると言うのか。
僕がアンポンタンなだけかもしれないけど、そんな状況なんて思い浮かばないんだけど。




