88話
そんなワケで、大人しく待つコト一、二分。ドアホンよりも高音気味なピンポンが鳴ったので、さっさと玄関行ってサンダル引っ掛けてから鍵をガチャリで扉もギィー、バッタン……って、閉じちゃった!?
いや、実際はちゃんとぶつけないようにゆっくり開けて、
「いらっしゃい、伯父さん。さ、上がって上がって」
と、にこやかにお招きしましたとも、ええ。
「あ、ああ、ありがとう」
……そんな、よく分からないテンションになってる内心を知ってか知らずか、伯父さんがなんとなく余所余所しい?
もしかして、他人のフリなの?
別に、見てる人なんて居ないけど。
伯父さんの方もこのまま訪問販売員みたいに話し込む気は無いみたいで、縦も横もデカい身体な所為で癖になってるのか扉の上枠を掴みながら潜り入ってくれた。
でもって、年季の入った革靴を脱ぎだしたので、僕の方はその脇でサンダルを脱いで隅に除け置いてから一足先に居間の方へと先回り。
やっぱり、ホストとしてはお茶の一つでも出せないとダメだよね。
もうチューガクセーなんだし。
まあ、そー言うワリに、さっきまでの待ち時間でその辺の準備とかしてなかったんだけど……
う~ん、父さんも母さんも飲まないからお湯沸かしてないし……
ココは冷蔵庫に相談してお茶を濁そうか。
お茶だけ(どy)――ゲフンゲフン。
いえ、何も言ってませんし、どやってもいません。
さてさて、な~にが入ってるっかな~っと……
ああ、そう言えば、お祖父ちゃんお祖母ちゃん家行ってたから、冷蔵庫の中身がスカスカなまんまだ。
まあ、緑茶とウーロン茶くらいなら未開封で2lずつは有るけど。
「伯父さん、緑茶とウーロン茶どっちが良い?」
冷蔵庫から未開封のペットボトルを二本とも引っ張り出し、丁度居間の扉を潜り抜けてきた伯父さんへダイニングキッチン越しに掲げ見せると、
「いや、大丈夫だ」
なんて、素気無く断られちゃったんで、『りょーかい』と軽く返しながらペットボトルを戻して、居間の方へ戻ってから伯父さんが立ってるトコから向かい側になる方のテーブルに着く。
「さ、伯父さんも座りなよ。話があるんでしょ?」
ニッコリと表情筋を固定しながら、伯父さんの手前、僕の対面の席を促す。
すると、伯父さんの方もその体格や肉で潰れた耳の印象通りにゴツゴツとしたカンジの顔を更に強張らせて席に着いた。
まったく、僕はまだ顔見知りだから良いけど、こんな顔をパブリックスペースに晒したら子供が泣き出しちゃうぜ?
……などと、ウィットが貧困で失礼極まる冗談を口に出すような雰囲気でも無いので、煮え滾るハラワタを作り笑顔で蓋しつつ、お行儀良く伯父さんの話が始まるのを待つ。
……、…………、………………いや、長いよ。
どんだけ溜めるつもりなんだよ?
そんな溜めると、どんどんハードル上がっちゃうよ?
ま、ソッチがそのつもりなら、コッチからツッコんであげようじゃないか。
ええ、ええ! 良いでしょうとも!
この切り込み隊長黒宮辰巳様が華麗に苛烈に快刀乱麻にツッコみましょうとも!
では、いざ進げk――
「辰巳……お前、大丈夫か?」
……………………は?
何言ってんだ、このヒト?
「……何が?」
――はっ、しまった。
てっきり、初っ端から本題を切り出されると思ってたのに、フツーに心配されるとか予想外でつい動揺しちゃった。
「いや、あー……辰巳は伯父さんが警察署に勤めてるのは知ってるか?」
なんて、前置きするように問われたのでコクリと頷くと、伯父さんは凄まじく言い難そうな渋面になりながらもコチラを真っすぐ見据えてきた。
「……先週の木曜日、三月三十一日にな、事故が有ったんだ。乗用車と貨物トラックの衝突事故でな……覚えてるか?」
一言一言が踏み締めるかのように重々しい口調なんだけれども……
伯父さん、今おかしなコト言わなかった?
『覚えてる』だって?
なんで、『知ってるか』じゃないの?
そんな聞き方じゃあ、まるで僕がその事故の詳細を知っているコトが前提であるかのように聞こえるんだけど?
いやまあ、そのタイムリーな日付にはタイヘンに心当たりがあるんだけれども。
「さあ? 日付だけじゃ、チョット分かんないかな。で、その事故がどうかしたの?」
「……その事故は何人も死者が出るほどの大事故でな。ウチの署にもその遺体が三体ほど運び込まれたんだが、その内の二体が御遺族の元へ送り届ける際に行方不明になったそうだ」
ああ、うん、やっぱ心当たり無いな。
だって、父さんと母さんは『御遺族の元へ送り届け』られてないからね。特理の何とかってデブが、ピザでも頼むみたいにデリバリーさせてやがったから、やっぱり僕達とは無関係な事故の話なんだろう。
まあ、死者が出たとか警察署に運ばれたとか人数とかイロイロ引っ掛かるトコはあるけど、きっと別の事故の話に違いない、うん。
「死体が行方不明って、そんなゾンビ映画じゃないんだからあり得ないでしょ? 遺族の人達に怒られるんじゃない?」
僕自身にも無意識に『遺族』って認識があったのか皮肉で返しちゃったけど、伯父さんの方はそんな僕のセリフなんて気にしてないふうに表情が変わらない。
それどころか、何やら懐から茶封筒を取り出して、僕の方に差し出してきた。
「これが、その行方不明になった遺体の調書だ」
「……読んで良いの? 今時、無関係な第三者にそんな重要書類見せるなんて大問題になると思うけど?」
僕の目の前、テーブルの上に置かれた茶封筒には手を伸ばすどころか触れようとも思わないままでいると、伯父さんはただ頷き返すだけで口を噤んだまま。
…………はぁ、コレは読まないと話が進まなさそうだね。
仕方ない。
それじゃあ、見せて貰おうかね……気は進まないけど。
一応、手に取る前に軽くソナーに当てて中身が紙だけなのを確認してから、糊付けされた部分を剥がして三つ折りにされた二枚を広げてみる。
するとまあ、案の定と言うかなんと言うか……
ソコに書いてあったのは、父さんと母さんのフルネーム『黒宮準』と『黒宮澪』だった。
「……………………まあ、無関係な第三者ではないみたいだけどさ、二人がドコに行っちゃったのか見当はついてるの?」
なんか、自分でも思ってた以上に冷静な声が出た。
他人から父さんと母さんの死を告げられれば、もっと動揺して取り乱しちゃうと思ってたのに……
やっぱり、父さんも母さんも二人とも確保できてるからかな?
それとも、あの|クソデブとその愉快な仲間達《特理の皆様》の献身的な犠牲によって――いや、死んでないけど――死人を蘇らせられるって分かっているからか。
「いや、まだ捜査中だ……ただ、捜査が始まって三日目になるが、未だにこれが『誰かが遺体を持ち去った』事件なのか『何かしらの行き違いが生んだ』事故なのかも判然としなくてな。それで少しでも情報が欲しくて、今日辰巳に会いに来たわけだ」
そう言い終えると、居住まいを正して真っ直ぐに此方を見据えてくる伯父さん。
いや、まあ、僕としてはそんなコトより早く父さんと母さんを蘇らせなきゃだからさっさと帰って欲しいんだけどね。
とは言え、ワザワザ家に来てまで頼みに来た伯父さん相手にソレをストレートにぶつけるのも悪いし、もう少しだけ付き合ってあげようか。
それに、まだ連中とどの程度繋がってんのかまでは分からないワケだしね。




