53話
「――ハッ、だったら話は簡単だ。歯車を止める小石はさっさと取り除くとしよう」
さてさて、そうと決まれば早速、空間魔法で門を――って、ちょっと待て。
もし仮にこのキューブから出たとして、果たしてそれだけで改変が進むのだろうか?
いやだって、魔物が世界から去ったとしても、魔物が存在しちゃってる事実には変わりないでしょ?
それにもしかしたらだけど、実は『本来なら魔界で死んでたハズの僕が魔物になって戻ってきちゃった』って時点でタイムパラドックスが起きていて、その影響であのキューブ喪失が起こったのかも知れないし。
となると、『取り除く』ってだけじゃあ不十分なのかもしれない……
「………………ハァ――まあ、そうだよな……大体、自分の不始末を他の何かに押し付けようってのが間違いか……それにやっぱ、魔物の処理はちゃんと最後までやり切らねえとだしな」
自分で言っといてアレだけど、メンド臭そうな言葉のワリに愉しそうな声音が出てきた所為か、自然と口角が上がった。
しかも、その不思議テンションのおかげか、ついさっきまでカラカラだった内的エネルギーがグングン回復してきた。
我ながらホント、適当ソウルって言うか、気紛れハートって言うか……
……まあね、こんな結末になるのも魔物らしくてイイとは思うさ。
全てを諦めてしまえば楽になっていたにも関わらず、みっともなく生にしがみ付いて、その為に人間でなくなって、それが命懸けで救ってくれた家族の想いを踏み躙ってるんだって事に気付きもしなくて……
そんな生き汚い馬鹿の末路が自殺だなんて、中々に皮肉が効いてて面白いだろ?
それに、今丁度首を括る為の干渉魔法と骨も用意できてるしね。
『魔王を殺した武器と魔法』なら、きっと不死身な魔物ちゃんもブッ殺せるだろうよ。
さあ、じゃあ照準だ。
狙うは最後に残った仇、全身真っ黒い魔物。
使う力はさっきと同じ、両手で握った骨に生じる運動エネルギーを……ちょうど地面に立ってるから、さっきみたいに無駄な魔力を使わないで済むし。
――んじゃ、やるか。
「――フッ!!!!!!」
神仏斬滅、一刀……あー、毎度毎度面倒臭い。
もう要らないよねコレ?
無しで良いよね?
コホン……とにかく、今のコンディションで出せる全力を振り絞って骨を振るい、その刃先に生じたエネルギー全部干渉魔法に注ぎ込んで――っときたきた。
骨を振り終えた直後に見慣れた黒炎が、僕の――いや、魔物の全身を包み込んだ……って言っても、視界も真っ黒だから『きっとそうだろうな』って予想だけど。
……まあ何にせよ、これで終わりだ。
元々、一度定めた標的にはどれほど遠くに逃げられたって発動するし、干渉エネルギーに耐えられなければほぼ一撃必殺な魔法だから、この魔法が発動したって目印である黒炎が見えた時点で結末は決まってる。
だから――そうだな……うん。
――父さん、母さん、兄さん……それからついでに魔物にならずに済んだ僕も――みんな元気で……
そんな、殊勝で似合わない思念を言葉に変換する暇もなく、僕の意識はアッサリと暗転した。
――結局の所、僕はただ……もう、足を止めてしまいたかった――何もかも投げ出して、楽になってしまいたかっただけだったんだと思う。
父さんと母さんと兄さんを目の前で喪って、魔物共に生きたまま食肉加工され続けて、それを脱したと思ったら魔物共と延々と殺し合う毎日……
そんなワケの分からない無限地獄から出てこられたかと思えば、今度は『テメエのやってきた事は全部間違いだったんだよブァ~カ!!』なんて思い知らされてさ……
父さんや母さんは僕を我慢強い子だなんて言ってくれたけど、こんだけ打ちのめされても折れないってほど強いワケじゃあなかったんだ。
だから――適当にでっち上げた理由で首に縄を掛けて、それを踏み台から飛び降りる口実にした……ハッ、我ながらなんとも情けない。
あ~あ……でもまあ、こんな事ならもっと早くに――魔界に居る内にでも死んでおけばよかったなあ……
魔界には、死ぬチャンスも痛いとか苦しいとかって命を諦める理由も、それこそ山のように揃ってたんだからさ。
そうすれば、こんな――こんな、どうしようもない気持ちになんてならずに済んだのに……
ハァ……今更こんな事言った所で、下らない自己憐憫にしか聞こえないな。
でもまあ、まるっきり全部が無駄だったってワケでもないか。
本来なら起きていたハズの事故を二度も防げて、その内の一つを引き起こした元凶の息の根も止められたんだからさ。
そういう事ならまあ、魔物の人生も悪くは無かったんじゃないかと思えるし、何より悔いが無くて良い。
うん、そうだな……もう、思い残す事は何も無い。
これでやっと、何に苛まれる事もなく静かに……ねむ、れ…………る――




