52話
「さて、これで準備は完了か。あとは、あのクソッタレの人殺しカーブを消し飛ばすだけっと」
こんな事をワザワザ口に出しちゃったのは、知らず知らずの内に緊張していたからか……指先とか骨っこを持ってる手とかも若干震えてるし。
でもまあ、それぐらいは勘弁して頂きたい。
もし推論通りなら、今ココに居る僕ごと魔物は消えるワケだし。
……アレほど魔界で殺し殺されしてても『いざ死ぬぞ』ってなると、流石の魔物でもビビっちゃうって事か。
だけど、そうなれば父さんも母さんも兄さんも――ついでに元の僕も、また普段と変わらない日常の中で生きていけるんだから、ここに来て躊躇う気なんかサラサラ無い。
ってなワケで、いつの間にか震えていた手に無理矢理力を込めて震えを抑え込み、ギリギリ二つの手が納まる程度の柄を両手でしっかり握り直――そうとしたけど、流石に過剰な気がするから片手のままにしとこ……
ついでに軽く深呼吸、スゥー、ハァー、スゥー、ハァ――
「――スゥー、ハァー…………よし、やるか」
短く宣言しながら骨を振り被る。
呼気と共に全身へと巡らせた魔力で変身体を更に強化し、翼だけでなく足裏からも魔力放出を始める事で足場の無い虚空を踏み締める。
幾ら飛べるって言っても基本的に骨格のベースは二足歩行の人型なワケだから、やっぱり足腰に力を入れられる方が振りも強力になるのです。
ん? 『あんま張り切ったら、それこそ魔王戦の再現になっちまうんじゃねえの?』?
いやいや、今回はキッチリ干渉魔法決めますんで問題ねえのです。
干渉魔法って『標的を壊し過ぎる』事はあっても『標的設定した以外のものまで壊す』って事は起こらないから、キチンと標的設定さえしてれば恐らく多分きっと大丈夫でせう。
それに両手で握るのもやめたしね。
流石に片手なら大丈夫でしょ。CHOKKANセンセイもそう言ってるし。
……エフン。さあさあ、今度こそ決めるとしよう。
では照準。
標的に設定するのは例のカーブを含めた道路一キロくらい分と、それを乗せてる名前も知らない山の土砂とか木とか諸々全て。
干渉エネルギーには今振り被ってる相棒の刃に発生する莫大になるであろう運動エネルギーを使用。勿論、鞘代わりの黒炎は解除済み。
それでは、いざ――
「――――グラァッッッ!!!!!!」
天斬断獄、万象滅却!!
『阻む物はなんもかもブッ壊して、あとには何も残さない』ってつもりで振った一閃が、風切音すらも干渉エネルギーに持ってかれた事で無音のまま虚空を通り過ぎた瞬間、か細い星の明かりを呑み込むように眼下の景色が黒炎で包まれた。
そして――一面の黒が晴れた後には、整い過ぎて光沢すら放っているように見える平面が眩しいキロ単位の平地だけが広がっていた。
まあ、そうは言っても、街側と山側の高低差の分だけ傾斜があるから、出来上がった地面は完全な水平ってワケじゃあないけどね。
でも、だ。
そこにはホントに何も無い。
こんもり積まれてたナン万トンって土砂も、ソレに根を下ろすウン万本って木々も、ソコを住処にしてた筈のウネウネカサカサ共も、黒く固められた舗装路やらその脇にチョロチョロ生えてた色々な標識達やらの人工物も、標的の設定に含まれる要素は物だろうが命だろうがお構い無しに全部消えてた。
う~ん、これは……感触的に大分出力過剰だった臭いな。
吹き飛ばすどころか消し飛ばしちゃうとは……
センセイさっき大丈夫だって言ってたのに……
まあ、気負い過ぎて魔力も内的エネルギーも使い切る気でやっちゃったから仕方ないか。
一応、忘れない内に骨の鞘は張り直したけど、このままだとそれも持ちそうにない。
取り敢えず、魔力が尽きて落っこちる前に降りるとしようか。
「ハァ、ハァ、ハァ――ハァア…………」
飛行に回す魔力も勿体無いからスィーッと滑空するカンジで不時着しつつ、自分で作っちゃった真っ平らな大地を見渡す。
……我ながら、中々にえげつない惨状だけれども、でもこれなら、事故率高過ぎなカーブだの落ちたらまず助からないような高さの崖だのは、どう足掻いても造りようが無いだろう。
となれば、あの事故は起きずに済んで、未来は大きく変わってるハズ――って、アレ?
「……なんで、何も起こらない……? 山一つ消したんだぞ? それも、エベレストやらアルプスやらみたいに人間社会から隔絶されてるような霊峰じゃなくて、人間の手が入りまくった山をだぞ!? それで何も起きないって、そんなワケ無いだろッ!?」
辺りを見渡し、自らの身体を見下ろして――いや、目だけでなく耳、鼻、肌、直感に魔力……は切らしてるが、とにかく使える感覚は全て使って精査したけど、自分も含めた周囲からはなんの異変も見付けられない。
他のキューブ列が存在しない――言わば『もしも』が断たれた今の世界に魔物が居る以上、十余年後の事故発生は確定している事柄のハズだ。
じゃないと、魔物が存在してる事の説明がつかないからね。
だけど、今の魔法でそれは起こり得ない状況になったワケで、となると何かしらの変化が起きて然るべきでしょ?
例えば、タイムパラドックスな魔物が成仏する幽霊みたいにスゥーッと消えちゃうとか、逆に今居るこの世界の方に何かが起こるとか。
でも、そんな様子は一切無い。
魔物は相変わらずピンピンしてるし、立夏の暖かな夜風も変わらずソヨソヨしてる。
それとも、知覚できないトコでは既に何かしらの変化が起こってるのかな?
魔物だって魔力を切らしてる現状じゃ、流石に地球を丸ごと精査できるってワケじゃねえし。
若しくは、改変の影響は段階的にゆっくりと現れる……とか?
まあ、そもそも事故は十年以上先だし。
或いは――
「……もしかして、魔物がココに居る所為で改変そのものが滞ってる、のか?」
なんとなく感覚的に口を突いて出た推論だけど、不思議とそれが真相のような気がする。
だってさ、改変が成功してるなら魔物って『本来存在しない存在』になるワケでしょ?
で、その『本来存在しない存在』を存在させ続ける為に何かしらの力が働いちゃってるんだとしたら、どうだろう?
改変の影響が見えない理由としては考えられなくもないんじゃなかろーか?




