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他称『魔王』の穏やかな日常  作者: 黒宮辰巳
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48話

「――――――」


 ワケが分からない。

 なんで、あんな顔になる?

 ついさっき真正面から回避不能な鉄の塊が押し寄せていたからか?

 それとも、その鉄屑が突然山肌のコンクリート壁に突っ込んでコナゴナになったからか?


 ……いや、うん。

 ホントは分かってる。


 二人が見てるのは大破したトラックでも、一面中ヒビだらけに砕けた灰色の山肌でもなく、自分達が乗るミニバンの真正面に立つ何者か。

 つまり、二人にあんな顔させている諸悪の根源はこのオレってワケだ。


 ……、…………、………………いや、分かるよ。分かってる――いいや、理解させられた。


 オレと父さん達を隔てるミニバンのフロントガラス。

 夜の闇を背景にして半ば鏡面化したそこには、オレの――一瞬で十メートルはある鉄の塊を叩き潰した真っ黒い怪物の姿が……オレ自身今の今まで見た事が無かった縦に裂けた瞳孔の金瞳を持つ、肉食恐竜じみた醜悪な()()のツラが映っていた。


「――――い、いや、ちが――


 その時、自分が何を口にしようとしているのかは後で思い返しても分からなかったが、恐らくは二人に害意は無いと――自分はそんなふうに恐怖されるようなものじゃないってニュアンスを伝えようとしていたのだと思う。

 だが――



『オギャア!! オギャア!!!! オギャア!!!!!!』



 ミニバンの後部座席、必ず人が座って万一の時に盾代わりになる運転席の後ろに設置されたベビーシートから、下らない戯言を遮るようにけたたましい泣き声が響いた。


 それを聞いて()は否応なく凍り付いてしまったのだけれど、止まっていたミニバンの時間は進み始めたらしい。



『――掴まってッ!!』



 大きく目を見開いたまま顔を青褪めさせていた父さんは、その優し気な瞳にまた見た事の無い覚悟の炎を灯して叫びながらハンドルを握り直した。

 そんな父さんと一緒に我に返った母さんは、反射的に兄さんへと伸ばしたままにしていた腕で兄さんのシートベルトを確認し、その腕は残したまま反対の手で天井の握り――正式名称は知らん――を掴んだ。


 そうして母さんの準備が整うや否や、三人を乗せたミニバンが急発進した。


 父さん達にとっては幸いな事に、ぶっ壊れたコンテナと呆然と突っ立ってる僕が塞いでるカーブを通り抜けた以上、目指す金見市方面には障害物どころか信号すらも無い。

 猛スピードでバックし始めたミニバンはカーブ後の直線を目一杯使って加速すると、その速度を維持したまま殆どスピンしてるような勢いで前後を入れ替え、遠目に見える金見の灯り目掛けて峠を爆走して行った。


 ハリウッド映画じみたスピードとドライブテクを披露したミニバンって絵面は凄まじいものがあるけれど、それを見送る僕の方には唖然とする余裕すら無かった。


 今更繰り返すまでも無いけれど、父さんも母さんもとっても優しくてとっても善い人達だ。

 小さい頃に家族(みんな)で出掛けたデパートで迷子に遭遇した時だって二人とも親身になってあげてたし、その後に巻き込まれた火事騒ぎでも僕らを守りながら周りの人達の事まで励ましちゃうような人達だ。


 そんな人達が大破したトラックに乗っているであろう人員を無視――いや、見捨ててまで即座にこの場から離脱した。


 この本来ならあり得ない事態を前にして、ソレが起こった原因を噛み砕いて意味を理解し――と、身動ぎ一つせず立ち尽くしていた僕の耳に情けない叫び声が聞こえてきた。


『――だ、誰かーッ! 誰かいないのかーッ? オーイ!?』


 四方を囲む金属板でややくぐもって聞こえるその声を耳にし、僕は立ち尽くしたまま視線だけを巡らせてトラックを目視すると、特に何を考えるまでもなく無意識的に魔法を発動した。


 照準対象は、衝撃で歪められた所為で開けられなくなったトラックのドア。

 干渉用のエネルギーには、いつの間にか生成されて有り余っていた魔力を使用。

 その結果、標的になっていたドアは半瞬で黒炎に包まれ、もう半瞬後には掻き消えた黒炎と共に消え去っていた。


 計一瞬で出口が現れたのだから、トラックの運ちゃんだってもう騒がずに済むだろうけど……どうも、干渉用のエネルギーを注ぎ過ぎたらしい。

 チョット動かすだけにするつもりだったのに、余計な干渉エネルギーが無駄に働いた所為で、いつぞやの()()と同じくミクロに分解しちゃったようだ。


 ――ハ、ハハッ……父さんや母さんの判断は、あながち間違いでもなかったって事かねえ。

 何せ、こんなバカげた破壊を撒き散らす化物が相手なんだから、大事な家族を守る為に一目散に逃走を選んだのは寧ろはなまる大正解だろうさ……



 ゴビュオッ――――!!!!!!



 脳裏にそんな思考が浮かんだ途端、居てもたってもいられなくなって、気付いた時には自前の翼で僕は物理的に雲の上の人になっていた。


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