36話
「――
ココで漸くヤツの口から息が漏れたが、これ以上魔物に無駄口叩かせる気なんて無いし、ヤツにとってもそんな余裕なんてねえだろう。
なにせ、オレの鉤爪がヤツの臭キモイ腹肉をザックリ引き裂いていたからな。
嗚呼、固く詰まった肉を断つ小気味いい感触。
それに、瑞々しい血の香りが鼻腔を擽る。
息やら身体やらから漂ってくんのは泣く子も鼻を摘まみそうな悪臭だが、やっぱり中を開ければ他の魔物と同じく心が安らぐ良い香り――ハァ……にしては、浅かったのか……?
やけに出血量が少ないような……でも、感触的には確かに……ん~?
無双ゲーの画面を埋め尽くすド派手な攻撃エフェクトよろしく、打撃や斬撃が衝撃波になって飛ぶなんて今時のフィクションじゃありふれてるが、残念ながらオレの引っ掻きにそんな性能なんてねえ……いや、風圧で吹き飛ばす程度なら全然余裕だし、現に今の一撃で周囲の熱風も上昇気流みたいに天高く吹き飛んでったが。
だから、もし仮に今のを完全に避けられてたら、例えそれがミリ単位の達人的回避でも風圧に煽られるだけで無傷だろうが、ほんの僅かに掠っただけだとしても当たったのなら話は別だ。
力を込めて放った一撃ってのは破壊力も然る事ながら、ヒットした時の破壊範囲も広くなる。
そりゃあ、爪と拳じゃあ接触面の大きさに差があるから同列には語れないだろうが、今回は最初に見付けた鬼へ繰り出した無意識の一撃と違って意識的に魔力を乗せたから、単純な魔力量だけでも倍以上は使ってるし、変身体の強化された腕力も上乗せしてる。更には、間合いを詰めた時の踏み込みの勢いをそのまま腕に乗せたから速度も申し分ない。
要するに、今の一撃はチョット下がった程度なら真っ二つになって当然、爪が数ミリでも引っ掛かれば開き一丁上がりってコトだが、それにしてはヤツの出血が少な過ぎる。
これじゃあ、殆ど空振りしたようなもんだ――と訝しんだ辺りで、魔物の身体が煙のように掻き消えた。
いや、正確には魔物の背後から爆風じみた勢いで迫る紅蓮の津波に押し流された、と言うべきか。
つまり、ヤツは森への放火で発生させた熱風でまた幻影を創り、それを囮にして次の手に移るって算段だったワケだ。ご丁寧に幻影に重ねるようにして熱風の風圧を展開し、触れた時の感触を誤魔化すなんて芸の細かいマネまで交えて。
なるほど、まあ悪くない手だよな……全体的なテンポが鈍い所為で囮の準備中に一撃喰らったり、オレに魔法を無効化する手段があるってのを失念してるってのが減点だし、そもそもまともに受けた所で火傷もしなさそうな火力にしか見えないが。
でもまあ、だからって受けてやる気も無いので照準。
標的は目の前に迫る派手だけど貧弱な圧しか感じない火の壁……と、ついでに周りで小細工展開してる焚火共も。
干渉に使うのは、今振り上げた五本の鉤爪に生じる運動エネルギー。
さっきは『魔力でも干渉用のエネルギーになる』なんて言ったが、やっぱり身体動かした方が魔力の消費は少なく済むし、出力上限も高いし、何より使い易いからな。
さて、じゃあ、せーのッ――
「――グルァアアッ!!!!!!」
気炎万丈、気合一閃!!
……なんて並べるほどでは勿論ないし、振り上げた鉤爪の数センチ先にまで炎は迫ってたが、オレの右腕が振り下ろされた直後に発火した黒炎が眼前と周囲の赤を輻射熱ごと呑み込んで掻き消して見せた。
そうして、黒炎が晴れると、予想通りに上空へ跳躍していた魔物が、腹の傷口から血と臓物を溢しながらも、物質生成魔法と炎魔法を組み合わせて創ったらしい炎のように波打つ赤熱した刃の大剣を振り被って迫っていた。
なるほど、さっきの炎の壁も目晦ましだったってワケだ。
まあ、それもそうだよな。幾ら出力の下がる人間界とは言え、仮にも上級レベルの魔物が使う魔法なら、せめて山一つ丸ごと焼き溶かし尽せなきゃおかしいし。
現に、ヤツが握ってる炎剣からは今までの手品がマッチに思えるほどの熱気と魔力を感じる。
それに、熱風の所為で周りの空気がシッチャカメッチャカになってたから、臭いも音も接近してくる巨体が押し出した空気圧さえも分からなくなって、ヤツの正確な位置を特定できてなかったし。
体勢的にも干渉魔法の出力でしっかり踏ん張って腕を振り抜いたばっかだから、頭上へ迫る剣の迎撃でパンチだのキックだのは打てねえ――ワケでもねえが、無駄に身体痛めてまで頑張る気になれん。簡単に治せるし、元々その程度の負荷でどうにかなるほど軟じゃねえけど。
だからまあ、うん、悪くない判断だ。何より、ココまでの一連の流れに迷いが無い。
きっとコイツは、今までこんなカンジで襲ってくる人間の狩人共と戦い、経験を積み重ね、その最適解として一連の動きを編み出したんだろうよ。
それこそまさに、繰り返される争いの歴史が人間の武器や戦術、戦略を発展させたみてえに。
――だから、オレがただの人間だったなら、これで終わりだっただろう。
「ギ、ブッ――!?!?!!」
奇声は頭からズパッと真っ二つにされたオレの口から――ではなく、背骨から腰辺りで枝分かれして伸びるアナコンダみてえなオレの尻尾で締め上げられたマヌケの口からだった。
しかも、そのマヌケは剣の柄と首を纏めて締め付ける尻尾の所為で、例の炎剣を顔面に押し当てられる形になってっから、額から顎先まで一直線にセルフで焼き斬られてやがる。無様だねえ。
「――ギャァアアアアアァアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ん? オレ?
まあ確かに、押さえ付けてる尻尾が剣に触れてっから熱いっちゃ熱いが、分厚くて頑丈な鱗のおかげで無傷だ。
熱の方も精々、使い捨てカイロ程度にしか感じねえし、コイツもガチムチな見た目に反して随分と貧弱なのか、弱々しくもがくだけで振りほどけずにいるし。
「――ワ、ワジに、ごのような……ギザマッ、必ず後悔ざぜ――
「うるせえ喋んな」
コイツ……食い込んだ剣に喉まで焼かれ始めてるクセにまだ喋るか、鬱陶しい。
ハァ――もうこれ以上付き合うのも馬鹿らしいし、さっさと片付けてキューブ出ちまうとするか。
いい加減、対魔物仕様の荒っぽいテンションで居んのもアレだし。




