30話
「その口振りから察するに、アレがアンタらの獲物で間違いねえみてえだな。ソイツならさっき粉々にs――なったから、もう退治はできねえと思うぞ?」
「――さ、然様で御座いますか……」
危ないアブナイ……危うく口が滑るトコだった。
なんとなく手遅れっぽい気もするけど。
「それから、あの鬼みてえなヤツはそう多くは居ねえみてえだが、他のもっと弱い連中は少なからずのさばってるってカンジなのか?」
「え、ええ、仰る通りで御座います。精霊や神霊の方々にせよ、妖や怪物の類にせよ、人智を超える存在は人の御霊を好みますので、彼らは間々人の世へと現れております」
「……ミタマ――命、ね……」
そっか……やっぱり、ココに居る連中も魔界で会ったのと同じ魔物だってのは確定だな。解体したらモツに交じって魔臓器が出てきたんだから、今更だが。
魔物共は空気中の魔粒子を吸ったり、魔物の肉体や魔界の自然物を始めとした魔法由来の物質――仮想物質を喰ったり、人間の精神やら魂やらって呼ばれてる内的エネルギーを奪ったりして、それらを魔臓器で生存や魔法の行使に必要な魔力へと変換している。
だから、魔臓器は魔物には必ず備わっている器官だし、コレを破壊されれば魔物は必ず死ぬ。
まあ、一部の例外連中は数分程度なら持つ場合もあっから、壊せばどんなヤツでも即死ってんじゃねえのが問題だが。
つまり、魔臓器を有してるって事は、オレの知らない何らかの超常的法則に則った未知のバケモノじゃあなく、見慣れた魔物の同類だって事は確実ってワケだ。
そんで、魔粒子も魔法関連の物も見当たらねえ人間界で連中が生きるなら、そりゃあ人間に頼るしかねえ。
それに、連中にとっては都合の良い事に、魔粒子や仮想物質と比較すると、内的エネルギーの変換効率はケタ違いに高いし。
かく言うオレも、自前の魂やら精神なんて呼ばれるもので魔力練ってるし、兄さんが――されたのだって――――
……なんか、思い出したくもないようなコトまで思い出しちまった。
ハァ……ヤメヤメ、気が滅入る。
元のキューブ列に戻りゃあ魔物なんて見ずに済むんだろうから、もう本格的にココに居る必要はねえな。
さっさと出るか。
……ただまあ、実はあの列にも魔物が存在していて、ただ因果やら運命やらの関係で出会わなかったって可能性も無きにしも非ずだから油断はできねえが。
「……そうか、付き合わせちまって悪かったな。オレはそろそろお暇――
「――お、御待ち下さい! 一つ……一つだけ御聞かせ下さい!」
させてもらう、と続くハズだった言葉をぶった切った巫女さんへ外し掛けてた視線を戻すと、未だ震えを抑えられていないクセに真っ直ぐ射抜くような瞳を見付けた。
「御身の……御身の真名を御聞かせ下さい!」
「……………………はあ?」
……マナ?
まな、マナ……まな?
何の事だ?
つうか、どんな字当てんだ?
もしかして、アレか? クリーチャーの召喚とか呪文の詠唱なんかでタップするあの……?
そんなカンジに疑問以外の意味を成さないハズの単音は、しかしてどうにも、巫女さんにとっては不快を表す声だとでも思われたらしい。
『ビックーン!!』とあからさまに反応した巫女さんは、若干涙目になりながら再び震える口を開いた。
「お、御身の御尊顔を拝しながら無知を晒す無礼と後に御身から賜るであろう厳罰を承知の上で申し上げます! そしてどうか御身の不興を買ってしまった咎は私一人の身にのみ帰するものと御容赦下さい!」
再びの土下座+メチャクチャ早口で捲し立てられた言葉は、無駄に難解で意味が分からない。
ゴソンガン? ハイシテ? モーマイ? 一体何言ってんだ?
チョット文字に起こしてくんない? 分かんないから――ってか、よく途中で噛まなかったな……
一応、態度やら語調やらを鑑みれば謝ってるんだろうとは理解できるが、オレ別に何もしてねえよな?
なんでこんな戦々恐々なの?
この人、なんか後ろめたい事でもやっちまったの?
「……え~っと、取り敢えず顔上げな。それから、何を謝ってんだか知らんが一つ聞かせろ」
「は、はいっ」
「……マナって、なんだ?」
「………………………………へ?」
お目々をパチパチさせながらの単音による疑問は、まさに数秒前のオレと似たような雰囲気だったが……なるほど、確かにコレは『何かマズい事でもしちゃったのかしら』って気分になるなあ。
いやでも、母さんは『分からない事を分からないままにしておくのはダメよ』って言ってたし、父さんも『分からない事があったら、父さんや母さん、先生でも他の大人でもいいから、恥ずかしがらず正直に質問するんだよ』って言ってたんだから、別にココで怯む必要なんかねえハズだ、うん。
それに、巫女さんの疑問は『なんでこんな常識も知らないのプークスクスw』じゃなく、『質問文が抽象的過ぎて分からない』ってことなのかも知れんし。
「ハァ……だから、アンタが聞いてきた……あ~、マナ? ってヤツの意味が分からねえって言ってんだ。教えてくれなきゃ答えらんねえだろうがよ。それとも、別に聞けても聞けなくてもどっちでもいい質問だったのか?」
「い、いえ、決して! そのような事は!」
「ならさっさと答えろ。繰り返すが、教えてくれなきゃアンタの質問に答えらんねえんだが?」
「は、はい! 申し訳御座いません! 真名とは我ら只人で言う所の氏名を指しております! つまりは御身の御名前を御聞かせ頂きたいのです!」
おお、やっぱり分からない事があったら素直に聞くべきだな。これで漸く話が進められるってもんだ。
しっかし、この巫女さんはなんでこう、一々なんか喋るたびに土下座を繰り返すのか。黒髪オツムの旋毛を向けられるたびに、なんか悪い事してる気分になっから止めて欲しいんだが。




