185話 デウス・エクス・マキ―ナvsタイムリーパー編 その十七
「…………処分って、殺すってことよね? この平和な日本で平々凡々な生活をしてるのに、殺人を犯すって言うの?」
劇画調の変顔を披露しつつ、メイド服着たオッサンが当たり前のことを恐る恐るって口調で訪ねてきた。
ハハ、笑える。
こんな如何にもワケアリな場所に銃持って乗り込んでる連中が言えたセリフかよ。
「ハッ、そのお平和な国に人体実験上等なクソ研究所が堂々と存在して、それを目の当たりにしちまったってのに、何もせずに当たり前の日常を過ごせるなんて思えるワケねえだろうが」
嗤いながら吐き捨てると、メイドオッサンは一歩後退りながら息を呑んでいた。
「知っちまったらもう戻れない。止まれない。何もかも片付けて平らに均さなけりゃあ、怖くて怖くて夜も眠れねえ。なあッ、研究所の諸君。分かってるか? テメエらの行動が、目的が、思想がッ、平穏を脅かしてるってコトをよぉ?」
睥睨しながら言い放つと、ココまでの一連で弁えたのか抵抗する素振りは見せなかった研究所の連中が一斉に視線を上げてきた。
口塞いでるから実際的には静かだけど、『そんな!?』みたいな視線がうるせえ。
「なんだその目は? アレか? 世に蔓延る加害者共と同じように、反撃を受けるだなんて思ってもみなかったってか? でもってアレだよな。これから死ぬ段になって『なんで自分がこんな目に~』って理不尽を呪うんだろ? テメエらが今まで散々振り撒いてきたってのによぉ」
ああ――腹立たしい。
いつものコトながら、こーゆー魔物モドキ共はこの俺を苛立たせてくれる。
イライラが溢れて溢れて仕方がねえ。
「大体、法を犯すって言うが、その法を作って強要してくる連中は平穏を守るどころか、オレから何もかもを奪おうとしたんだぞ。ソレでどうしてそんなゴミ共のルールを守る必要がある? そんなモンより、守るべきモノなんか幾らでもあるだろうが」
変身を解けばただの中学生でしかないオレと目が合うたび、ビビり散らして視線を逸らす魔物モドキ共のなんと情けないコトか。
ま、最後に向け直したメイドオッサンまで引いてるし、それだけこの魔物のナリがアレなんだろう。
こんなん、見た目はメチャクチャ凝ったコスプレ(特種メイク有り)と大差ねえだろーに。
「だ、だから、殺すって言うの? 守る為に? そんなの間違ってるわ」
と、腰が引けてるワリには毅然とした言葉が返ってきた。
へぇー、そう言やこの手の正論を真正面から聞くのって初めてだなぁ。
「へぇ、間違いか? どう間違ってるって言うんだ? ぜひ聞かせて貰いたいね」
「…………、単純な話よ。貴方が殺人に対して毛ほども罪悪感を感じなかったとしても、貴方に守られた人達は『自分の所為で貴方に殺人をさせてしまった』と罪悪感を抱くわ。常人は殺人のストレスに耐えられない。貴方が守ろうとしている平穏な生活に居る人達にとって、貴方の所業は正視し難い悪行なのよ」
ほう、存外痛いトコを突いてくるもんだ。
そりゃあ確かに、オレの狩りはあくまで魔力収集の一環でしかない。
だが、その狩りの対象をゴミ共に限定してるのは、伯父さんや伯母さんや光咲が父さんや母さんや兄さんの二の舞にならないようにする為だ。
そのコトを――狩りとその目的を知られれば、既に知ってる伯父さんはともかく、伯母さんや光咲はきっと平静ではいられないだろう。
うんうん、このメイドオッサンの言ってるコトは正しいね。
否定のしようが無い。
ただ――過小評価が過ぎる、その一点だけを除けばだが。
「ハハハ、素晴らしい! いやはや、ホントに素晴らしいよ。ふざけたコスプレでもしてるようにしか見えない格好の癖に、否定しようの無い正論だ! いや~、困った。その正論を論破するにはオレの拙い言葉だけじゃあ足りないな。いやいやホント――仕方無い」
拍手で讃えてやりながら、徐に白衣の白髪メガネを踏み潰す。
飛び散る赤の飛沫に混じってプルプルとした脳片や眼球が床に零れ落ちた。
そして、スプラッタそのままな光景に悲鳴が上がり、ビビり過ぎて漏らす奴や、逆に平静を保とうとして保ち切れずに息を呑む連中を見送ってから干渉魔法を発動。
真っ赤に染まった白髪メガネだったモノや床の血溜り、飛び散った雫や欠片が一斉に黒く燃え上がり、一瞬後には無傷のままワケも分からず無様に足掻こうとする白髪メガネが。
いや、床ペロ用の黒炎はそのまんまなんだから、無駄にジタバタするなよ見っともねえ。
「フフ、さてさてさて……このように、オレのチカラってヤツは死んだって事象すら無かったコトにできるワケだが――ココで問題、ジャジャン! コイツらゴミ共を殺さずに処分する場合、このチカラをどう使えばいいでしょ~か?」
言いながら、サッカーボールを弄ぶようにさっき踏み潰した頭蓋を転がす。
途中で何やら骨が外れるような、砕けるような音がした気もするけど、まあどうでも良いか。
こんなヤツ、どうせ幾らでも取り返しのつく軽い命だし。
でもって、メイドオッサンは大きく目を見開いて『まさか……!?』ってカンジに絶句していて――
「ブ~、ハイ時間切れ~。答えは『ゴミ共の存在そのものを消す』でした~。って言っても、言うほど単純じゃねえんだけどな」
そう、干渉魔法による抹消は、単純な現象や事象を抹消する場合よりも、物体や人の存在を抹消する場合の方が複雑になる――と言うか、望む結果を得るのが難しい、と言うべきか。
例えば、今やったみたく『白髪メガネ殺しを無かったコトにする』って場合は、単純にオレのスタンピングで潰れて弾けた飛沫や破片が元通りになるだけ。
勿論、息だって吹き返してる。
コレは物の破損でも同じで、今までの狩りで壊しちゃった窓とか机とか建物丸々とかでも、『壊したコトを無かったコトにする』ってだけで元通りにできた。
だが、人を『居なかったコトにする』って場合、どの時点で居なかったコトにするかも選べるから、過去や現在だって変えられちゃうんだよね~コレが。
別にただ単に今現在目の前にいるヤツを消すってだけなら『無かったコトにする』のと大差は無い。
だけど、人を消したいって場合は大抵『ソイツがやったことも無かったコトにしたい』ってのも含まれるモンだ。
オレが狩って回ってるゴミ共の場合はほぼ確実にな。
まあ、ソレは狩場に被害者が同席してたらって場合で、オレにとってはその被害者達から発信されかねない目撃情報を無かったコトにする為にって理由がほぼ十割だが。
いや、多少の同情心くらいはありますよ?
発揮する必要性を感じないってだけで。
で、そうやって『過去に遡って無かったコトにしたい』ってなると、一つ無視できない問題が発生する。
ソレは、『オレは無かったコトにした為に変化した過去を体感することができない』って点だ。
一応、その過去を経験した人間から聞き出したりとか、記録や痕跡を探し出してそれを基に類推することはできる。
できるけど、オレの残念なアタマじゃあ有識者サマ(笑)の歴史研究か、推理ぶってる妄想にしかならない。
だからって、存在を消さずに目撃者共の記憶を消すって手を選んでも、記憶の消し漏れとか現場に痕跡が残ってたりとかヘマをしそうで怖い。
って言うか、これまでに何度かやった検証で既にヘマしてそうだし。
実際、伯父さん家に住まわせて貰う前に狩って病院送りにしてやってた廃人状態共を後付け的に消して回った時は、『入院記録も患者が居た形跡は無いが、不自然に空いたベッドと白紙のカルテが出てきた』なんてミステリーチックな状況になっちゃってたし。
ってコトで、上手い具合に存在を消すコトで連鎖的に出来事そのものも消して、完全なる証拠隠滅を図ってるワケですが……
さてさて、今回はどう消せば上手くいくのやら――
ま、そんな説明をワザワザ聞かせてやる必要も無いから言わないけど。
「――ってなワケで、コレにてお別れだ。精々人助けに勤しむと良い。正義のメイドオッサンよ」
――言い終えて、嗤い掛けてやりながら、干渉魔法を発動した。