175話 DEMvsタイムリーパー編 その七
俺の宣言を真正面から受け止めたマスターは、ほんの一瞬だけ微かに顔を歪めたような気がしたけれど、気付いた時には呆れと諦めが半々くらい混ざったような表情で溜息を吐いていた。
「…………そう。なら、万一の時の為に私の連絡先とここまでの道順も教えておくわね。もしまたやり直すことになった時に、手っ取り早く話が進められるように」
「有難う御座います、ネルケさん」
恐らくはもっと他の言葉を用意していたと思しきマスターの気遣いに感謝しつつ……
って、ちょっと待て。
「ん? いやあの、さっきまで先輩が案内してくれてた通りの道順でここ目指しても辿り着けなかったんですが?」
「え? ああ、そっか。ループしてるんだから道順自体は知ってるのよね。でも、私の能力下にある場所で目的地に辿り着くには、私が能力対象から外さないといけないのよ。で、その為には私と会う必要があるんだけど……コースケ君、ツバメちゃんを巻き込みたくないんでしょ?」
ムぐ、いや、否定はしないけれども。
と言う訳で、ネットで調べればすぐ分かる喫茶店バンジョウの連絡先ではなく、イケメン店長(メイド服)への直通電話番号を頭に叩き込む。
確かにマスターの睨んだ通り、またループする羽目になる可能性は高いし、そうやって得た情報をマスターたちと共有する必要も出て来るだろうしね。
「――っと、こんな感じよ。今教えた通りに連絡してくれれば問題無く繋がるわ」
「分かりました。……因みに、ネルケさんに許可を取る以外にこの店へ辿り着く方法は無いんですよね?」
リンさんはああ言ってたが、能力者本人であるマスターなら何かしらの抜け道にも心当たりがある、筈……
「ん~、どうかしらね? 少なくとも能力が破られたことなんて今まで無かったから……でも、実際に狩猟部隊がこの店まで辿り着けたって言うなら、何かしらの方法があると思うんだけど……リンちゃんはどうかしら? 何か思い付いた?」
「いや、私も特には。私のに限らず、瞬間移動は基本的に知らない場所へ移動しようとすると壁や地面に移動先が重なって身体を切断してしまうリスクがあるからな。そもそも辿り着けもしない場所への移動など自殺行為だろう」
う~む、やっぱりか。
リンさんの口振りからして相当な能力者だとは思ってたけど、ネルケさん『一度も負けたことが無い』系な強者の方で御座ったか。
だから、本人にも能力の破り方が分からないし、『能力が破られた時の対策』的なのも発展せずにいたって言う……
「分かりました、その辺りも探ってみます」
「ええ、ありがと。でも、そうなると明日の襲撃以前に、今もこの店が監視されてるって線も否定し切れないわね……リンちゃん、コーイチ君の帰りも送ってあげて貰えるかしら?」
「了解」
――とまあ、この後もニ十分くらいなんやかんやと話し込みはしたものの、当初の目的であった顔見せ兼情報収集は恙無くクリア。
『なんやかんや』の内に明日の襲撃への基本方針も決まり、取り敢えずこの場はお開きと相成りました。
「――それじゃあ、また明日ね。コーイチ君」
「はい、明日は宜しく御願いします」
なんてお別れを済ませ、さっきリンさんが現れた地点にまで瞬間移動で送って貰いましたとさ。
……いや、なんで昼時真っ盛りなのに喫茶店で水だけ貰って退店してんだよ。
高校生の胃袋すっからかんなんですが?
「……まあ、明日の用意があるんだし、邪魔しちゃ悪いから良いんだけどさ」
って言っても、二人が用意してるのは明日の開店に向けての仕込みとかじゃなくて、襲撃への対策とか、お仲間への増援要請とかだが。
それらを邪魔して、万一手抜かりがあったら死人が出かねないんで、どっちにせよ長居する訳にはいかねえんだけども。
「こんな時間じゃ何処も混んでるだろうし……しゃーねー、コンビニでも寄ってくか」
いやね、確かに重要な話だったしこんな時間になったのは不可抗力なんだけれどもさ。
命懸けの決戦控えた前日の昼食がコンビニ弁当って……
いや、研究所の監視とかを考えるのならさっさとこの場を離れるべきだし、俺も明日に備えて準備しないとだしな。
取り敢えず、ネルケさんたちの指示通り万一の尾行を撒くべく、人通りの多い駅前へと足を向けつつ、スマホのカレンダーに今までの出来事を記入していく。
明日の襲撃を事前に知らせたことで、ネルケさんとリンさんは待ち伏せからの逆尾行を提案してくれた。
まあ実際は、ループできる俺相手に下手に隠し事して当日ウロチョロされるより、警護って名目で素人を抱えてでも不確定要素を減らしたかったのか。
或いはループ能力を保険にしたいのか……
いや、フツーに考えて俺の意思を尊重してくれただけだろうけども。
リンさん曰く、街中で見掛けた俺や先輩を尾行しただけではマスターが拠点にしてる店には辿り着けないから、狩猟部隊の目的は十中八九喫茶店バンジョウの二人であり、俺と先輩は巻き込まれただけ――とのこと。
故に、明日の襲撃は突発的なものではなく、事前に物資や装備、人員を完璧に揃えた上での遂行を前提とした計画的な攻撃だ――とも。
だからこそ、その襲撃計画は『その日時、場所で必ず起きること』であり、それを事前に知っておけば幾らでも利用ができる――とのこと。
で、ネルケさんは襲撃犯に店を襲わせながらも自分達は店の外、バンジョウを監視できる地点に避難しておき、ネルケさんのテレパシー幻覚で目標を達成させたと誤認させてから、撤収していく襲撃犯を追跡して拠点を特定。
然る後に仲間達を集めて拠点を制圧する――つもりだそうだ。
「……全部がスムーズに運べばゴールデンウィーク明けにはカタが付く、か……」
一応、俺も明日現れる筈の襲撃犯達の監視と追跡に同行させて貰えることになったし、先輩にはネルケさんの方から連絡しておいてくれるらしいけど……
『今回のループは一、二回じゃ済まない』なんて悪い予感が外れそうってのが、どうも腑に落ちない。
いや、外れてくれるんなら万々歳で大歓迎だけれども。
「小骨が喉に引っ掛かってる気分って言うか、残尿感って言うかね……」
と、呟いた瞬間だった。
あと数メートルで駅前に続く大通りに差し掛かる、という絶妙なタイミングで背中に衝撃。
「――――ッ!?!!!!」
衣服どころか肌を突き破られた痛みに悲鳴を上げるよりも早く更なる激痛が全身に走り抜け、意識が漂白された。
その後はもう、自分が立っているのかどうかすらも認識できないまま、視界が暗転してしまった。