174話 DEMvsタイムリーパー編 その六
「おかえり、リンちゃん――で? 君は誰なのかしら?」
腕を後ろ手に捻り上げられるようなことは無かったが、それでも肩に手を置かれたまま入店を促され、取り敢えず抵抗もせず入店した直後に投げ掛けられたセリフだった。
美人のエスコートで筋肉もりもりマッチョマンの変態(細マッチョイケメン)の出迎えとか、もうまんま美人局なんですがそれは……
などとふざけてる余裕なんかねーので、さっさと切り込んでいくことにする。
「はじめまして、ネルケさんにリンさん。俺は胡佐高一年の山村光一、小鳥遊燕先輩の後輩で超能力者です。明日、先輩と一緒にここにお邪魔する予定だったんですが、なんか研究所所属と思しきリアルサバゲ―部隊に襲われて死に掛けたのでタイムリープしてきました。宜しくお願いします」
立たされたまま一息に告げると流石のマスターも面食らったのか、何やら俺の背後へ向けてアイコンタクト。
なんとなくの気配だけど、リンさんも首を振って返事してるような気がする。
……まあ、突然来たガキが荒唐無稽なこと言ってたら疑問符だって浮かんで当たり前――
「サバゲ―……本格的な戦闘服を着た部隊ね。そのミリタリー集団以外には誰か居たのかしら?」
おや?
なんだかいつもと違う流れ……
「どんな奴かは分からないけど、少なくとももう一人。先輩の念力でも身を守るだけで精一杯になるくらい強力な念動力を扱う超能力者が居たと思います。まあ、車だって持ち上げられる先輩が防戦一方になるなんて考え難いから、多分何人かで協力して力使ってたんだろうが……」
推測――と言うよりも希望的観測を交えつつ、近代武装と超能力者の組み合わせで襲撃があったと言った途端、カウンター越しのイケメンが滅茶苦茶険しい顔になった。
劇画調?
「…………研究所が超能力者狩りの為に派遣する狩猟部隊は、特殊部隊染みた近代兵装で武装した非能力者集団の猟犬と、能力開発で強力な戦闘系超能力を身に付けた狩人の構成になってるの。だから、君が遭遇したって言う連中は十中八九そいつらで間違い無いわ……となると、少なくとも君が研究所勢力に遭遇したのは事実のようね」
納得したとばかりに頷くマスターに、今度はこっちが呆気にとられる番だった。
いや、まさか邂逅から五分と経たずに話を聞いて貰える程度には信用して貰えるとは……
ふと気付けば背後に控えていた筈のリンさんもカウンター席に水の入ったグラスを用意してくれてるし、やっぱり超能力者同士だと奇怪な話でも多少は受け入れ易いのかね?
「こっちにいらっしゃい。今日はまだ準備中だから、すぐ出せるのはお水だけだけどね」
促されるまま席へ着きつつ、そう言えばずっと歩き詰めだったことを身体が思い出して自然とグラスへ手が伸びる。うん、美味い。流石は水出しコーヒーのお店だぜ。
「ふふ、歩き詰めで疲れたでしょ? 話の続きは一息ついてからね」
う~ん、やっぱマスター優し~、ええ人や。
まあ、無駄に歩き回ることになったのもマスターの所為なんだけれども。
なんて、些末な文句はキンキンに冷えた水と一緒に飲み下し、お礼と共にお代わりを所望。
気前良く注いでくれたグラスにもう一度口を付けつつ、取り敢えずはこちらの事情について洗い浚いぶちまけることにする。
まあ、洗い浚いって言っても、自分の能力のこととか明日何が起きたのかとかその辺の話だけなので、どんなに細かく話しても三十分は掛からなかったと思う。
そしてその間、身体に不調は見られなかった。
水に痺れ薬でも仕込めば、俺を無傷で確保できただろうに。
いや、幾ら表面上は気遣いができるイケメン外国人とは言っても、明日も合わせて未だ一時間と過ごしていない程度の相手を信用するとか有り得ねえでしょ。
そもそも、研究所に襲われた場所の主人って時点で密告者の疑いはして然るべきだし。
確かに、ついさっきこの人の能力と思しき現象に出くわしはしたけど、そうやって店の存在を秘密にしてるのにどうして研究所の部隊は店に辿り着けたのかって疑問もある。
単に研究所側に超能力破りの技術、或いは超能力者が居るってことならまだ良いけど、マスター自身が招き入れたってんなら、いざって時に後ろから刺されかねない。
警戒するのは当たり前だ。
考え得る最悪としては、マスターとリンさんは研究所側に付いてるけど研究所としては使いっぱしりの捨て駒に過ぎず、例え人質にしても交渉材料にもならない――とかかな?
研究所勢力を退けることを目的とするなら。
まあ、十中八九杞憂に過ぎないだろーけど。
「――――とまあ、そんな感じですかね。俺が明日に体験したのは」
時々入る質疑応答にもしっかり答えつつそう締め括ると、マスターは劇画調のまま腕組みして何事かを考え込んでいて微動だにしない。
代わりに上げられたのは、今まで一言も話さず聞き役に徹していたリンさんだった。
「……到底信じられないな」
ポツリ、と。
短く淡々と、だからこそ確信が込められた言葉だった。
正面のマスターから視線を外すと、カウンター奥の厨房出入り口の辺りで明日の営業作業でもしてたらしい手を止めて俺を睨むリンさんが。
美人がそーゆー顔すると圧がスゲーなオイ。
「マスターは強度5の超能力者だ。拘束装置無しの十全な状態で振るった能力を防ぐなど既存の機器では不可能だし、破れるとしたら同系統同強度の能力者だけだ。そんな者、研究所にどころか世界中探したって見付からないレベルだぞ。冗談にも程がある」
って言われましても、実際にこの店にまで辿り着いて襲撃まで受けたんですがね。
ってか、初耳な単語が多くてイマイチ実感がわかないんですが?
何?
強度?
拘束装置?
なんとなく、マスターが世界レベルで最高峰の実力者だって言ってることは分かるけれども。
「大体、貴様が本当にタイムリープなどと言う突拍子も無い能力を持っているのかも疑問だ。確かに貴様は今日この場に突然訪れて私達の名前を口にしたが、この程度なら幾らでも調べようはある。それに、その疑問を無視して全ての言を信用したとて、今度は貴様が自身を庇う者を見捨てて過去に逃げた臆病者であると――」
BGMの無い店内に乾いた音が響き、捲し立てていたリンさんも腰を浮かせていた俺も、その音の源泉へと意識を持っていかれた。
「確かに、俄かには信じられない能力だけど、テレパシー系統の能力者には未来予知ができる人達も居るし、元々超能力は千差万別なのよ。念動力や発火、発電、精神感応に瞬間移動――こうした系統分けも、あくまで観測可能な領域での話に過ぎないんだから」
メイド服の袖をピッチリと張り詰めさせた逞しい腕が起こした一発の拍手は、俺とリンさんの間に生まれつつあった溝をいとも容易く吹き飛ばした。
そして、未だ劇画調なマスターは改めて俺の方に向き直ると、
「ただ、ね。未来の私も言った通り、君が持つ超能力は研究所の連中にとっては垂涎の的よ。研究所の標的は恐らく私達だとは思うけど、君も十分に気を付けなさい。君が研究所に囚われるようなことになれば、君の家族や友人だけじゃなくツバメちゃんも悲しむんだから」
濃ゆいイケメンを優しく和らげるように微笑みながら、念押しするように言い含めてきた。
ああ――やっぱりこの人達は良い人だ。
初対面の見ず知らずの子供相手に諭してくれるマスターは元より、苛烈な物言いをしたリンさんも。
だって、リンさんの台詞はマスターへの信頼と燕先輩への愛情から来ているのが明白だ。
前回、まず真っ先に抗って斃れたことを告げられたのに、そんなことはどうでも良いと言わんばかりにマスターと燕先輩について言及してきてるんだから。
そんな人達だから、先輩にとっても大切な人達なんだろう。
ならば、俺は――
「はい、気を付けます……気を付けますが、手を引く気はありません」
決意と覚悟を込めて、そう断言した。