173話 DEMvsタイムリーパー編 その五
フィクションの題材としてはメジャーなタイムリープだが、それが実際にどのような現象によって引き起こされるのかは多岐に渡るだろう。
実際に時間を巻き戻すのか、記憶を過去の自分に上書きするのか、はたまた多元宇宙論で語られる平行宇宙に移動するのか、それとも実際に未来を体験するのではなく正夢な明晰夢を見ただけなのか……
一人で好き勝手に乱用していた頃なら細かい理屈なんてどうでも良かった。
元々主観的にしか変化を感じられない能力だし、客観的に時間の巻き戻しや多元宇宙の存在を観測する手段も無いし。
となれば、気にするだけ無駄って話だ。
だけど、先輩と出会い、自分が『超能力者』にカテゴライズされる存在だと知って、良くも悪くも状況が変わった。
もし仮に俺のタイムリープ能力が『今居る宇宙から別宇宙の任意に選んだ時刻へ意識を跳ばす』って内容だった場合、跳んだ先の別宇宙で未来を変えることはできても、元居た宇宙の方では未来を変えるどころかあらゆる干渉が不可能となる。
例を挙げるなら、とある時間と場所で交通事故に遭って大怪我した後に能力を使った場合、別宇宙に居る別宇宙在住の俺の事故を回避することはできても、元居た宇宙の俺は大怪我したまま……って感じかな。
つまり、別宇宙で幾ら上手く立ち回れても、元居た宇宙での失敗を返上することはできないってことだ。
これが例えのように俺自身のことならまだ良いが、その事故に遭うのが俺以外の人達だったら目も当てられない……
が、この懸念は俺が超能力者だとカテゴライズされたことでほぼ杞憂に変わった。
先輩曰く、超能力者とは変異した脳を起点として超常的な現象を引き起こすことのできる人間を指す。
この定義を踏まえた上で、俺の能力の詳細を推測するのに重視すべき点は、『超能力は個人の脳を起点としたミクロな力』であるってとこだ。
これによって、まず『時間の巻き戻し』の説が除外された。
『~光年』なんてふざけた単位が大真面目に議論されるような途方も無い規模を誇る宇宙全体の時間をたった一人のちんけな脳ミソで巻き戻せるか――なんて、素人考えでも不可能だって分かるからな。
想像力は無限大でも熱量は高が知れてるのです。
いや、時間の巻き戻しに物理的なエネルギーが必要かどうかなんて知らんけど。
それと似たような理由で多元宇宙論も却下。
そもそもこの理論って、ちゃんとした科学実験を通して多元宇宙が存在するって証明できてるわけじゃないし。
それに、多元宇宙が現行の科学技術で観測できないってことは、超能力者が脳で生み出す物理的に観測可能なエネルギーでは干渉できないって反証にもなる。
念動力なら運動エネルギー、発火能力なら熱エネルギー、テレパシーなら脳へ電気信号を送ってるわけだから電気エネルギー……って感じかね。
これに俺のタイムリープを当て嵌めるなら、自分自身の脳に情報を送ってるわけだから電気エネルギーが妥当かな。
あとはその情報の発信が『現在から過去』なのか『未来から現在』なのかだけど、これについては今までの乱用が鍵になった。
そも、『乱用できる』ってことは『いつでもどこでも好きな時にただ念じるだけで発動できる』ってこととイコールで、しかも時にはガチャのリセマラみたく連続して使う時も在った。
ってことはつまり、眠ってる間に情報を取得するって言う限定的な状況下でしか活用できない『正夢な明晰夢』説の否定になり、消去法で『|現在から過去へ情報を発信する能力』になるわけだ。
ま、ここまで挙げたのは俺の貧相な知識と貧困な想像力で作った推論でしかないから、実際に何が起きているのかを確認できたが故の結論ではないんだけどね。
それを踏まえつつも、この説を推す上で俺にとって尤も重要なのは『タイムリープ能力の発動と共に、不都合な事象を起きなかったことにできる』って点だ。
『不都合な現在』から過去に戻れば、それは『まだ起きていない未来』に様変わりする……
なんとも夢のある話だ。
だから――能力の使用に躊躇いは無かった。
脳裏と心に焼き付いた先輩へ誓いを立てるように瞑目し、発動を念じる。
必ず助ける、必ずこの理不尽を打倒する――そんな決意の元、俺の意識は暗転した。
跳んだ先は先輩との待ち合わせの前日である五月三日。
細かい時刻と場所も付け加えるなら、朝の九時丁度で場所は俺の家の玄関だ。
まずはループ後のルーティーンの消化から。
ループを使った時の為に、毎晩スマホのカレンダー機能を使って翌日の予定を一時間単位で設定しているので、カレンダーを開けばその日にすべきことがすぐ把握できる。
まあ、つい昨日のことだからワザワザ開かなくてもちゃんと覚えてるが。
そう、昨日は朝六時にアラームで起きた後、毎朝の日課であるジョギングと筋トレを消化してから朝食を摂り、嫌味な教師が課して来やがった課題を手早く終わらせて九時から外出。
明日の先輩との待ち合わせに着て行く服を探しに行ったんだったか。
「さて、まずは情報収集から、か……」
手にしたスマホを操作し、カレンダーの五月三日九時に記された『待ち合わせ用の服を買いに駅前へ』に矢印を打ち込んでから『研究所に関する情報収集の為、喫茶店バンジョウへ向かう』を追加。
タイムリープを使って体感数十年も経験していれば、どんな馬鹿でもセオリーって奴が分かるようになる。
その経験則から察するに、今回のループは一度や二度のループで乗り越えられるほど軟な状況じゃない。
故に、今この一回目のループは以降のループでの問題解決を託すことになる可能性が高い。
その場合、ついさっき以上の鉄火場からの跳躍を余儀なくされることもあるだろう。
そうなった時に、ループ開始直後から迅速に行動ができるよう、どんなに些細な布石でも打っておくべきだ。
そんなわけで、メモ魔っぽいメッセージを残してから外出。
向かうは喫茶店バンジョウ――
……なんて、意気揚々と踏み出したわけだけれども、
「……た、辿り付けねぇ……」
現在時刻は十一時半。
明日、先輩に案内されるであろう道をそっくりそのまま辿って来た筈なのに、気が付くと駅前に通じる大通りに戻って来ちまうんだけど……
「考えられるとすれば……ネルケさんのテレパシーか? 或いはリンさんのテレポート? 若しくは二つの合わせ技か……?」
あのイケオジ、五感情報全部送れる上に範囲内にさえいれば何人にも発信できるって、よくよく考えれば凄まじ過ぎねえか?
あの人がその気になれば、グラウンドだって大迷宮にできるだろ、これ……
そこにリンさんのテレポートまで絡んできたらもうお手上げだ。
研究所の手合いは良くこんなの相手に場所の特定ができたもんだ。
まあ、実際はネルケさん単体でバンジョウに辿り着けなくされてるんだけど、この時の俺には知る由も無かった。
「まあ、これで二人がバンジョウに居るのは確実だし、もう少しチャレンジしてみるか……」
移動中に調べてみたところによると、喫茶店バンジョウは隠れた名店として知られているらしく、看板メニューは水出しコーヒーなんだとか。
で、その水出しコーヒーってのが聞き慣れなくて調べてみると、作るのになんと八時間以上も掛かる代物だってことが分かった。
一応保存が効くらしいけど、長く店を閉めて久々の開店となれば前日の仕込みは必須。
なら少なくとも店長のネルケさんは必ず店に居ると踏んでたんだが……
「にしても、まさか辿り着けねえとはなあ……まさか『隠れた名店』になってるのって、これが理由なんじゃ――」
と、溢しながら大通りを逸れた直後だった。
「――失礼」
「え――――」
何も無い空間から伸びてきた手に肩を叩かれた直後、僅かな浮遊感を感じて踏鞴を踏みながらも、なんとか体勢を立て直して視線を上げると――
「――――は?」
そこには、先輩と来た時と同じくノスタルジーな店構えで客を出迎える喫茶店バンジョウが在った。