170話 DEMvsタイムリーパー編 その二
その日は休日で、以前から予定していた先輩の御両親の友人である超能力者の人と会うべく、朝の九時から先輩と待ち合わせをしていた。
ゴールデンウィークの真っ最中ってことで、過ごし易い陽気に包まれた金見市の駅前繁華街は人で溢れていて、事前の集合場所として予定していた駅前広場も俺と同じような待ち合わせ待ちの連中でごった返していた。
繰り返したループのお陰で十六歳ながら百八十を超える身長を獲得してきた俺だが、老若男女集まるこの状況じゃあ流石に人波へ紛れちまうし、俺とは逆に平均を下回る低身長の先輩なんて言うまでも無い。
幸い、連絡先の交換は済ませていたし……
ちょっとしたアレソレな期待の所為で一時間も前に広場へ到着していたので、待ち合わせ場所の変更は簡単だった。
一時間後――駅ナカのカフェチェーンの窓際席でブラックを……
なんてカッコ付けようとしても、逆に残すハメになってカッコ付かないのが見え見えだったので、無難にキャラメルマキアートで一服していると、時間通りにやってきた先輩が何故か俺が居る席の隣の窓前で立ち止まった。
…………?
どうしたんだろうと、浮かせ掛けた腰を下ろして様子を窺うと……
え~っと、なんだろう?
なんかいきなり駅ナカでファッションショーみたいのが始まったんですけど?
休日ってことで私服な先輩は、タートルネックの白い長袖にオーバーオールみたいな焦げ茶のスカートを重ねた姿だったんだけど、そのスカートの裾を摘まんでヒラヒラと振りながらその場でクルクル回るようにしたかと思えば、今度は窓に顔を寄せて前髪をイジイジ……
……あ~あ、成程ね。
そう言えばこの店の窓って外側からだと鏡みたいになってたもんね。
姿見代わりにするには丁度良いか。
なんて納得していると、ふと先輩の視線が持ち上がった。
そのまま、徐に此方へと視線が移ってきて……
『――――ッ!?』
なんか、その場で跳び上がったと思ったらあっと言う間に走り去ってったんだけど。
いや、どこ行くね~ん?
とまあ、ここまでの流れを笑いを堪えながら見送ってたわけだけど、そんな性悪のスマホに『すぐ戻るから、ちょっとだけ待ってて』とのメッセージが。
すぐさま了承の返信をして店を出る。
『すぐ戻る』ってことなら店の前にでも居れば良いか――
「――もう!! 居るなら居るって先に言ってくれればいいのに!!」
うん、予想通りと言うかなんと言うか、トイレか何処かで羞恥心を飲み下してきたらしい先輩は、喉元過ぎたそれが怒りに置き換わったのかそれはもう大層プリプリしておられた。
でもまあ、ここで『いやいや、先輩が勝手に自爆しただけでしょ。八つ当たりすんのやめて貰えますぅ?』とか言ったら間違い無く拗れて、最悪今回のお出かけがこの場で解散になりかねないので彼方の方にブン投げておく。
反論を封殺する正論は、相手への絶対的なマウント確保と同時にメチャ不快にさせるものだと、これまでのルートで学んだからね。
「スミマセン、先輩。私服姿の先輩も可愛らしくってついつい見惚れてました」
こーゆー時は取り敢えず褒めて話を逸らし、鎮火するのを待つに限る。
……この手の歯の浮きそうになる台詞がスラスラ出てくる辺り、我ながら高校生らしからぬ人生送ってるよなぁ。
いや、何周もしてるから当たり前だけれども。
「そっ――!? そーゆーセリフを軽々しく言っちゃダメだっていつも言ってるでしょ!!」
「ええ、忘れてませんよ先輩。だから先輩にしか言わないようにしてますんで」
「~~~~~っ!! もう!! 知らない!!」
そっぽ向きながらも走り去るようなことはせずに変わらず隣を歩いてる先輩可愛い。
いや~、小学生男子が好きな子にイジワルするなんて話はよく聞くけど、こーやって相手の反応を楽しみたくなるって心境は何歳になっても失われない物なんだなぁ~。
まあ、される側としてはたまったものじゃないだろうから、この辺にしとこうか。
「――それで、先輩。今日会う人ってどんな人なんです? 先輩が小さい頃からお世話になっていた人だとしか聞いてませんが?」
「えっ? あ、ああ、うん。ネルケ姉さんはお父さんやお母さんの昔からの知り合いでね、私に使い方とか心構えとか色々教えてくれた人なの」
露骨な話題転換だったけど、先輩の方も渡りに船とばかりに跳び付いてくれた。
まあ、肝心の人物像は『超能力に詳しい年上の女性で、先輩からの呼び名は《ネルケ姉さん》』ってことぐらいしか分からなかったけど。
一応、公共の場ってことで、俺も先輩も超能力のことは意図的に伏せて喋ってる所為で妙に主語の欠けた会話を続け、先輩とネルケ姉さんの思い出話の聞き役に徹しつつ歩くこと約十分。
そのネルケ姉さんが待つと言う隠れ家的な喫茶店に到着した。
見た目は完全に時代から取り残された感が否めないオールドスタイルだけど、そこそこに繁盛しているのか『喫茶店バンジョウ』と書かれた看板は汚れの殆ど無く真新しさが感じられた。
「到着だよ! ネルケ姉さんはここの喫茶店でマスターやってるんだよ~」
「落ち着いてて良い雰囲気のお店ですね、先輩。でも、女性で店主ならマスターじゃなくてミストレスでは?」
「え? マスターはマスターだよ? ネルケ姉さんはジェンダーフリーな人だから」
「…………? じぇんだーふりー……?」
イマイチ意味が理解できずに疑問符を浮かべる俺を余所に、先輩は躊躇い無く入口に手を掛けた。
そして、カラカラーンとトラディッショナルなベルと一緒に『いらっしゃいませー』と若い女性の声が出迎えてくれた。
「お邪魔しまーす! リンさん、いつもの席空いてる?」
「いらっしゃい、ツバメちゃん。今日は開店午後からだから、好きなとこ座りな」
…………、……………………、…………………………………………
「――ん? コーイチ君? どうしたの? 早く行こうよ」
……いや――いやいやいやいや、待て待て待ってくれ。
理解が追い付かない。
どゆこと?
外観通り品の良い内装とか英語ですらない言語っぽいけどシックな雰囲気を更に強める洋楽らしいBGMとかはまだ分かる。
いや、分かる分からない以前にこの辺に疑問を抱く奴は居ないだろう。
だから、オカシイのはそのハイセンスな店内で働いてる人達の方だ。
まあ、リンさんって人はまだ良い。
パリッとした感じの皴一つ無いバーテン服に黒蝶ネクタイで男顔負けなベリーショートな髪型は、まさに男装の麗人って感じで綺麗格好良いからね。
そりゃあ視線の十や二十は余裕で吸い寄せそうなイケメンっぷりだし、実際俺も男勝りな言葉遣いとは裏腹過ぎるアニメ声とのギャップの所為もあって一瞬見惚れ掛けたし。
だからまあ、うん。
そんな俺の視線を奪い去り、今も捕らえて離さないでいるのは――
「いらっしゃ~い、ツバメちゃん。ソッチの子がこの前言ってた子かしら?」
この……なんだろう?
なんとなく予想してたオネエ系なイメージは間違いじゃなかったんだが……
なんで俺を優に超える身長でクラシカルなメイド服着てんの?
しかも、この仮称ネルケ姉さん、明らかに日本人じゃない碧眼に地毛と思しき赤毛をポニテ状に結わえていて、更に白レースのカチューシャまで着けているけど……
顔面の造りがハリウッド映画で主役貼れそうなレベルの男前イケオジって言うハンパない圧を放ってらっしゃるんですがそれは……
これが青髭たっぷりのコテコテなオカマとかなら、まだここまで衝撃的じゃなかっただろうに……
「……イ、イケメン遺伝子の無駄遣い……」
初対面の相手に無礼千万過ぎる呟きは、幸いにして誰の耳にも届かなかった。
先輩? ああ、サッサとカウンターの指定席に向かっちゃってたから、勿論聞かれてねーよ?