168話
そうして、伯父さんと他愛無いお話しを交わすコトでトラウマがフラッシュバックして大変不快な乗車体験を誤魔化してると、漸く目的地が見えてきた。
「――ってワケで、学校生活は順風満帆、意気揚々のAll Correctで無問題だぜい。今度のゴールデンウィーク明けの中間はオール満点でも狙っちゃおうかねってくらい」
お喋りもモチロン継続中。
気持ち悪くなっちゃうからね、オレちゃんが。
まあ、伯父さんてお堅い見た目通りに普段は結構無口だから、基本『ああ』とか『そうか』とかしか返ってこないし、ポツポツ来る近況確認へ一方的にペラペラ喋ってるってカンジだから、会話のキャッチボールってワケでもないけど。
それに、魔界でのコトとか魔法や魔物や特理関連については僕も伯父さんも意図的に避けてるから、話題の幅が猫額並みに狭い。
伯父さんってば仕事人間だから漫画もラノベもアニメもゲームも全然知らないし、僕側も球技全般に武芸全般が嫌いだからスポーツ選手系の話題振られても盛り上がれないし。
必然、コッチから話せるコトなんて学校生活くらいになっちゃうし、その生活も大分魔物侵入っちゃってるから更に話せるコトが限られちゃうケド、不思議なコトに意外と不快じゃないしキツくも無い。
アレかな、人間界に帰って来てから――いや、事故の直後から気兼ね無く話せる相手が激減した所為でお喋りに飢えてるのかも?
……ま、どうでも良いけど。
「そう言えば、今日って伯母さんや光咲はどうしてるの? パートとか部活とかで空けてんのかな?」
唯一――ってワケじゃないけれど、口数の少ない伯父さんから十分に引き出せるネタとして伯母さんと光咲のコトは何度か話題に上がった。
なのに、ソコで聞いたのは僕が伯父さんに受けたような二人の近況確認だけで、今日これからについては今の今まで聞けずにいた。
半無意識的に二人のコトを避けてたからだと思う。
雑談の中で伯父さんにそれとなく確認してみたトコだと、どうやら伯母さんも光咲もオレが魔物と化したどころか特理や魔物や魔法の存在さえ知らないらしい。
僕ん家の状況も、父さんや母さんや兄さんは行方不明だとしか聞いていないとか。
そんな状態で悪魔シルエットのドラゴニュートなオレちゃんと運悪くバッティングしたらどうなるか……
深夜、山道、視線――うっ、頭が……
「いや、この時間なら二人とも家に居るだろう。パートは休みだと言っていたし、部活も午前中だけらしいからな」
「そっか。それじゃあ、顔合わせするにはちょうど良いタイミングだったってワケだね」
時刻は午後二時。
なるほど確かに、二人とも家に居そうな時間だ。
因みに、伯父さんも今日は非番らしくって、一家全員でチョットした歓迎会的なのを催してくれるそうだ。
ワー、ウレシーナー。
……なんつーか今更ながらに緊張してきた。
だけど、ココで逃げ出すとかそれこそ今更だし、そもそもこんな魔物を受け入れてくれるって言う伯父さんの厚意を無碍にするとか何様のつもりだってな。
そうそう、生きる価値の無い魔物の分際で緊張だの拒否だのなんか烏滸がましいんだよ。
魔物は魔物らしく分相応の振る舞いってヤツを弁えて行動し――
なんて考えてたら、身体に掛るGの方向が停止を挟んで前後を入れ替えた。
ついに目的地に到着したワケだね。
軽く内面に沈んでた意識を浮上させて窓ガラス越しに周囲へ視線を向けると、ソコには見慣れた屋根付きの駐車場があって、サイドミラー越しに後ろを振り返れば懐かしの伯父さん家が。
ついに到着しちゃったか……
なんて後ろ向きなセリフを口にできるワケも無く、車から降りて後部座席のボストンバック一つに収まり切った着替え一式を運び出し、急かすコトも無く待っててくれてた伯父さんを追い掛ける。
「ただいま」
「……お邪魔します」
僕の躊躇いを知ってか知らずか、ガチャリと開け放たれた扉の奥へとずんずんと進んでく伯父さんを追い掛けて玄関に上がり込むと、以前よりも遥かに鋭敏になった五感へ雪崩れ込む情報にたじろがされた。
刺激されて浮かび上がってきた朧げな記憶と寸分違わぬ――ワケではないけども、置かれてる小物とか足元に並べられた靴とかの細部はともかく、全体的な印象は殆ど変わってない。
シンプルな――しかして神聖ささえ覚えるほどの郷愁が胸を突く。
だけど、その懐かしさを感慨深く思えたのも一瞬だけ。
脳裏を占めるのは慚愧と拒否感だ。
魔物に成り下がった今の僕が踏み込んでいい場所じゃないと、硬直した全身が訴えかけてきてるようだった。
まあ、そんな僕の下らない感傷なんて伯父さんや伯母さんや光咲の善意、厚意の前には塵芥だ。
ドコにあるか自分でも把握していない魔臓器に放り捨てると、すぐに身体の自由は戻った。
サッサと靴を脱いで玄関脇に除けてから、何一つ迷うコト無く進む伯父さんを追う。
そして――
「おかえりなさい、貴方。たっくんもいらっしゃい」
「おかえりー。辰にぃもよろー」
――今度こそ、全身が凍り付いた。
ソコに――躊躇い無く踏み込んだ伯父さんと共に僕を迎え入れてくれた空間にあったのは、紛れも無い、見紛うコトも無い『団欒』の風景だった。
暖かい、柔らかい、優しい、懐かしい、綺麗、尊い、眩しい、遠い……
フワフワと浮かび上がる感慨に浸る間も無く、一瞬後には激しい後悔が臓腑を焼いた。
まるで、いつも使ってる黒炎が燃え移ったかのようだ。
魔物なんかがココに居るべきじゃない――
魔物なんかが居たトコでこの景色を損なうだけだ――
そんな確信が、四肢を絡めとる下らない憧憬をジワジワと焼き焦がし、徐々に身体の自由が戻ってくる。
逃げなければ――
離れなければ――
そんな後ろ向きな使命感、義務感がなんとか足を退げるけれど、未だ凍りが解け切っていない身体が思う通りに付いていかず派手に転んで尻餅をついてしまう。
いや、自分が尻餅をついてたコトを、この時の僕は理解できていなかった。
割れるように激しく痛む頭痛の所為で、耳鳴りが鳴り止まず視界は色褪せて匂いは消え去り床の感触どころか上下の感覚すら曖昧になっていたのだから。
分からない――
分かりたくない――
理解を拒絶する言葉だけが沸き上がる白滅の世界で、僕はこのまま消え去るのだろうかと期待して――唐突に、世界に色が、音が、匂いが、天地が戻った。
「――辰巳!? 辰巳!! 大丈夫か!?」
「――たっくん!? たっくん!!」
「――辰にぃ!?」
揺さぶられるままにいつの間にか俯いていた顔を上げると、ソコには突然崩れ落ちた僕を心配して駆けつけてくれたらしい伯父さんと伯母さんと光咲の姿が。
ああ、原因はよく分からないけど、魔物の所為でこの人達にこんな顔させるだなんて……
今一度、今度は意識的に顔を伏せてから胸に蟠る罪悪感を封じ込めるべく笑顔を作ってから立ち上がる。『なんでも無いよ』『大丈夫だよ』って伝える為に。
「大丈――」
瞬間、頬に何かが伝った。
僕は最初、ソレが血なのかと思った。
今も鳴り止まない頭痛の影響で、遂に眼球が爆ぜでもしたのかと。
でも、慌てて拭ってみたソレが無色のシミになっていてワケが分からなくなった。
理解できないまま反対側からも何かが伝う感触がして、反射的にそれを拭う。
拭っても拭っても追い付かないソレの正体が分からずに困惑していると、
「辰巳、もう大丈夫だからな」
確かに肩を叩く伯父さんが歪む視界に映り込んで――何かが切れる音がした。
ソコから先は――まあ……割愛ってコトで。
え?
ヤダよ。
言わないよ。
恥ずかしい。
暫く休載します。再開は未定ですが、一応年内を予定しております。