167話
明くる四月十日、日曜日――
そんな風に言ったトコで、普段通り一睡もせずお外で夜明けを迎えて帰宅って流れが相変わらずだから、寝て起きて気分をリセットして『さあ今日も一日頑張るぞい!』ってカンジじゃないけれど。
思えば、人間界帰ってからの最初の三日間は己を削っての魔力生成の所為で殆ど気を失っては目覚めての繰り返しだったし、そこから今日までの一週間は逆に意識がオフになる瞬間が一瞬も無かったっけ。
うん、こんな生活してたら体内時計がバグるのも無理いわ。
まあ、そんな主観的問題なんて日常に身を任せれば自ずと正されるワケで。
現にこの一週間も、夜明けを合図に帰宅して往来に人の気配が出てき始めたら出発――って流れで、時計も碌に見ずにキッチリ時間通り登校できてるワケだし。
「――辰巳、我慢できなくなったらちゃんと言うんだぞ。すぐに止めるからな」
「うん。ありがと、伯父さん」
助手席に座る僕へ、伯父さんが横目に念押ししてくる。
……そんな心配する程に顔色悪いのオレちゃん?
チラッ――あ~、うん。
コレは確かに……
なんか、蒼白とか土気色ってカンジだよミラーちゃん。
いや、確かにこのシュチュエーションだと車酔いを疑うだろうけど、魔物が今更車に揺られる程度で気分悪くする程度の体幹やら三半規管やらなワケねーんで、勿論原因は別にある。
ソレを端的に言うならば……
まあ、トラウマだね。
そもそもの原因として魔界に居る魔王から転移門を通じての干渉があったとは言え、直接的に父さんと母さんを害したのは自動車事故だったワケだし、その時に僕も兄さんも車内に居たんだから当たり前と言えば当たり前ではある。
……特に後部座席には座りたくない。
鼓膜を引き裂くような甲高いブレーキ音の直後に脳がシェイクされるような衝撃が続き、その一瞬後には生暖かく濡れる車内と鉄潮の臭いが充満して――
「――――っ……」
ごふへッ……
自爆した。
伯父さんに悟られないように顔を逸らし、流れてく外の街並みに視線を固定する。
吐き気で胃の中が引っ繰り返るかと思った。
ココ最近何も食べてないのが幸いしたね。
こんなトコでいきなり吐いたりしたら、伯父さんにどんだけ心配されるコトやら……
最悪、この車が救急車に早変わりしそうだ。
こんなコトなら、『走っていくからお迎えは無しで良いよ』とでも言っておけば良かったか?
いや、確かに速いし、なんなら転移だってできるけど、んなコトしたら絶対心配されるからあえて自動車送迎を受けたワケだけども。
ああ、救急車と言えば。
昨日の収容所掃除は滞りなく進んだよ。
まあ、ニュースとか医療ドラマとかで観たような患者の受け入れ拒否的な理由なのか、ゴミが中央病院以外の各病院へと分散されてたっぽくて、回った病院全部で産廃加工したゴミの反応が在ったのには驚いたけど。
おかげで『各病院の入院患者全部』なんて安易な標的設定は見直さざるを得なかったワケだけど、逆に『各病院の入院患者』の中から更に『産廃加工を施したゴミ共は除く』って設定を絞れたおかげで主観干渉の魔力消費が減ったんだから結果オーライではある。
って言っても、そもそも『どーでもいい他人』とか『目障りなゴミ』とか『不快な魔物』を標的にしてるって時点で、父さんや母さんや兄さんや伯父さん一家へ使う時の千分の一以下の消費しかしないから、殆ど誤差だけど。
いや、『千分の一以下』もなんとなくのフィーリングだし、とにかく塵みたいな少なさってコトで。
そんで、その大掃除のおかげで五体満足健康優良となった皆々様は今日明日にでも退院できるだろうから、今晩からまた心置きなくたっぷり遊べそうだ♪
……獲物が見付かれば、だけど。
う~ん、いっそのコト、伯父さんに聞いてみるか?
『居場所の判明してる犯罪者や犯罪歴、補導歴を持ってる人間とかって居る?』なんて――無いな。
うん、こんなの聞けるかよアホンダラ。
確かに伯父さんは『責めない』とは言ってたけど、その発言自体が逆説的に『社会的には責められる行いだ』って言ってるようなモンだ。
警察に戻ってる伯父さんは職務としてオレを追わざるを得なくなるかもしれない。
なら、この夜歩きは内緒にすべきだ。
少なくとも、これからも続ける気でいるコトは確実に。
幸いなコトに特理を潰したおかげで特理経由で伯父さんに知られるコトも無いし、特理を潰した時みたくその上役辺りにでも情報統制をやらせれば問題解決だ。
なんなら、既にあの上役オッサンが手を回してくれてるかもしれない。忖度忖度☆
……尚、この見積もりが如何にスイーツ&お花畑だったかを知るのは、ほんの数時間後のコトである。
「もう十年近く前になるか……」
僕へ語り掛けているようにも独り言のようにも聞こえる伯父さんの言葉は、唐突ではあったけど何を言いたいのかはすぐに理解できた。
「そうだね。幼稚園に入る前だったからあんまり覚えてないけど」
十年前――僕が物心ついた頃、兄さんと僕は一緒によく伯父さんの家に預けられていたコトがあった。
今でこそ――うん、今でこそフレックスタイムやらリモートワークやら家にいる時間を増やした母さんだけど、当時は育児休暇を空けてすぐ自分で起ち上げた会社でバリバリに働きまくっていて、その会社の顧問弁護士でもある父さん共々とても忙しい日々を送っていた。
そんな時、兄さんと僕は伯父さんの家や父方の祖父の家に預けられるコトがあったんだけど、小学校に上がる頃には父さんも母さんも仕事が落ち着いて家を空けるコトが減ったから、必然的に伯父さん家へ行く機会も減っちゃったワケで。
「でもまあ、毎年の年明けとかお盆とかにも顔合わせてるし、そんな久しぶりってワケでも無いじゃん? なんなら、今年だってあけおめことよろしたワケだし、たったの三ヶ月で久しぶりってのも変でしょ?」
「…………そうだな」
なんか、伯父さんの返事が重い。
うん、その『たった三ヶ月』で変わり果てたオレちゃんが言うとツッコミどころ満載だよね。しかも、コッチの主観時間的には二年と三か月ぶりだし。
いや、そんな魔界での黒歴史なんてダレにも話してねーから、勿論伯父さんだって知らねーだろうけども。
でもって、そんなオレちゃんがちゃんと伯父さん家に馴染めるかなんて不安しか無いよね。
うんうん、分かるよ伯父さん。
なにせ、僕自身が不安で不安で仕方無いからね。
ココ最近――って言うか、魔界での二年間は元より、人間界帰ってからもず~~~っと好き放題してきたから、今更お行儀良く振舞えるかはもの凄く自信が無い。
「それに、近い内に父さんと母さんと兄さんが迎えに来てくれるんだし、心配無いって」
「辰巳……」
「ああ、それよりもさ、聞いてよ伯父さん。実は――」
アハハハと、努めて明るく笑いながらこの話題を打ち切ると、テキトーな雑談に切り替えていった。