164話
「――ハァ…………」
取り敢えずアレな女子生徒から切った視線で、綺麗になったアリーナを見回して魔法の内漏らしが無いコトを確認して、跳躍。
バンッと空気を叩いて暴風をアリーナ中に撒き散らしながら壇上の演台に着席。
さて、物理的にも比喩的にも空気を換えたワケだけど、こーしてまた連中の前に立ったトコで――いや、座ってるけど――コイツらに言いたいコトなんて特に無いんだよなあ。
だって、実際の所どうでも良い他人共が何をしたって、オレの選択肢は基本的に無視か断罪のドッチかでしかないんだから、今更追加説明なんて必要ねーんです。
所謂、口より手を出した方が速いし早いってワケ。
べ、別に、大勢の前で喋るなんて緊張しちゃうからイヤってワケじゃないんだからねッ。
勘違いしないでよねッ。
だから、強いて言うなら――
「あ~、イマイチ分かってねーみてえだからこーして実演してやるハメになったワケだが、テメエらも他人事だと思ってるようなら早晩こーなるんで腹括れよ、っと」
アリーナの壁に張り付くようにして対岸の火事を眺めてやがる生徒共へ渾身のニッコリ笑顔を披露してやると、折角変わった空気が凍り付いた。
アレレ~、オッカシイゾ~?
もう一回、ギッシャァッ☆
「……、んじゃ、解散。一限始まるからサッサと教室へ戻るよ~に。一分以内にココが空にならなかったら連帯責任で全員にオシオキだから、そのつもりで」
う~ん、中々に迅速――
いや、脱兎って言うか、ほぼパニックか?
まあ、将棋倒しは起きてねーから、無駄に干渉してやる必要は無さそうだけど……っと。
「――現実ってヤツを正しく認識できてねえ連中の為に折角実演してやった上に、ワザワザ制限時間なんて設けて行動まで促してやったってのに、随分愚鈍だな。なあ、アイハラさん」
ワラワラと巣穴に水でも流し込まれたアリみたいだった連中が掃けた後、逆にアリーナの中央へ踏み出してオレちゃんにキッツい視線を向けてきやがるのは、件の女子さんだった。
ったく、折角今日が半ドンだったってコト思い出して、『いやいや、アイハラさん自分で昼休みにって言ってたっしょ? 今日昼休みねーんだから、お喋りも無しよ』な~んて思ってたのに……
言い間違えたのか勘違いしてたのかアイハラさんも結構抜けてるけど、ソレを即座に突っ込めず勢いに流されてコクコク頷いちゃったオレちゃんもオレちゃんだな。
いやソレはともかく、ココは時間制限をダシにしてサッサと移動すれば良いか。
って、ミスった。
なら話し掛ける必要ねーじゃんオレのバカッ。
「私が愚かなら、貴方は卑怯者ですね黒宮君。暴力を盾に人を言いなりにするだなんて、いつかのブタ教師のようですね」
ムグッ、鋭い切り返し……
いやまあ、別にオレちゃんが犯罪者以下の魔物だってコトはキッチリ自覚してるし納得もしてるから、今更どうでも良い他人に言われたトコでノーダメージですがね?
とは言え、ココで折れてやらないと一限に遅れそうなので、口論はまた今度。
「そりゃあ、オレちゃんってばブタ以下の魔物だからね。しょうがないね☆ ハッハッハ――で? そんなこと言う為だけにワザワザ死ぬのかよ?」
言いながら、バサバサビシビシと大袈裟に翼と尻尾を広げてやる。
犬が牙を剥きながら唸るような、ゴリラがウホウホとドラミングするかのような品の無いマネだけど、コレでこの当事者意識と危機感がゼロな現代っ子も後悔してくれるでしょ。
「そうですね。一分なんてとうに過ぎてますから、どうぞ御自由に」
「……オレ、連帯責任だって言ったよな? アンタが残れば他多数も死ぬワケだが、無駄に巻き込んでるって自覚はあんのか?」
「ええ、まあ。でも、こうでもしないと、貴方は私のこと避けてしまうでしょう?」
――そう思っていた時期が、私にもありました……
いや、ウソだろオマエ?
ついさっきだぞ、血の海作ったの。
ソレで何をどうしたらそんな余裕で構えてられるんだ???
実際に、目の前で、アレだけの惨状を作り出したってのに、ソレを又聞きしたとかSNSだのネットニュースだので画面越しに眺めてるとかじゃなく、その五感で直接人体が肉片に代わる様を見て、恐怖と苦痛で塗り潰された聞くに堪えない絶叫を聞いて、撒き散らされた汚濁から放たれる鉄臭い死の悪臭を嗅いだハズなのに……
いや、そもそも自分の行動が数百って人間の生命を脅かすんだと分かっていて、なんでそんな悪手を選べる?
誰が残った所為で死ぬのかを他の連中が知れば、袋叩きにされても不思議じゃねえだろうに。
「いや、避ける避けないじゃなくて――ハァ……もういいや、サッサと本題を済まそうか。さっきの屋上でも思ってたけど、結局アイハラさんは何がしてえの? 簡潔に一言で纏めてくんない?」
そう、結局のトコ、アイハラさんは一体何がしたいんだ?
オレと関わり、オレの所業を肯定するコトで二年後以降の生存を確定させたい?
いや、それならまずしつこく付き纏ったり試したり反論したり説教したりなんかしたら逆効果だと思うだろうし、実際逆効果なワケだから違うのか?
なら、他に何がある?
自らの命を危険に晒してまで、一体何が――
「…………そ、れは」
「それは?」
……?
何故ソコでもにょる?
今までの射貫くような視線があらぬ方角に飛んでったんだけど?
心拍も微妙に上がってるみたいだし、一体全体なんなんだってばよ?
「た、ただ……恩人の――貴方の力になりたいだけ、です」
…………?
嘘、では無さそう……か?
でも、なんでまた視線だけじゃなく顔まで背けて二の腕掴んだりしてるワケ?
そんなにもにょもにょするような問答だったか?
ダメだ、まるで分らん。
ホントに正直に話してるだけなのか、或いは上手く誤魔化して本心を隠してるのか……
そして、そもそもアイハラさんの目的は元より――そう、一番不可解なのは、こんな不確定要素を前にしてオレ自身が何も積極的行動に移れていないコトが、だ。
そうだ。
そもそも、なんでオレはこの女子さんのお喋りにワザワザ付き合ってるんだ?
口ではとやかく言ってるが、相手はただの女子中学生だぞ。
そも関わり合いになりたくないなら手足の一、二本でも斬り落としてやればソレで解決だろ。
何故実行しない?
何故躊躇う?
オレは――僕はこの女子さんをどうしたいんだ?
「あっそ。別にアンタ程度の助けなんか必要としちゃ――」
「あら? なら、貴方は今後どうやって皆の動向を探る気ですか?」
なんか、一転してまたキッと睨んできたんだけど。
情緒不安定かな?
「別にそんなモン知らなくてもどうとでも――」
「嘘ですね。それなら、今朝私から話を聞く必要も無かった筈ですから。恐らくですが、傷や死を無かったコトにできる貴方でも、何百人の動向を逐一監視し続けるコトなんてできないのではありませんか? だから、自分の弱点を晒しながら脅しを掛けて皆の意識に指向性を持たせた。そうすれば、皆の行動をある程度誘導できますからね」
なんか捲し立てられた。
いや、違うけど?
って言うか、単にアホなオレちゃんには自分の力以外に寄る辺が無かったからソレに頼ったってだけだが?
「いや、別に連中が何を考えてどう行動しようが、オレちゃんにはソレを叩き潰す手段があるワケで――」
「だとしても、迅速な対処には情報が必要不可欠でしょう。それに、貴方の力は強大でしょうが、それを無限に使い続けられるワケでもないのでしょう? なら、より効率的かつ効果的な運用の為にも皆の動きを探る役が居ても良いのではありませんか?」
うん、いい加減遮るの止めてくんない?
喋り難いんだけど。
でもまあ、アイハラさんの提案を断る理由も無い、か。
元々、こーゆー集団の結束を邪魔する少数を作る為に個別評価制の生存権を匂わせたワケだし。
ただ、まあ――
「なるほど。で? 見返りに何を要求する気なんだ?」
損得勘定で出された提案が一方への利益提供で済むハズが無いってね。
ま、どうせ二年後の生存の確約とかそんなトコだろうけど――
「えっ? 要求、ですか?」
あ?
なんでソコで狼狽する?
一瞬心拍が跳ねたぞ。
なんかまるで『予想外だった』みたいなリアクションだけど、どゆコト?
「あ、あの、そのっ、何を求めても良いんですか……?」
「は? そりゃあ釣り合うモノならなんでもな。ソレで? 学校中を敵に回したオレちゃんへのホージョで何を見返りに求めるんで?」
「……………………………………」
どして黙りこくるし。
指先ツンツンモジモジして、さっきまでの威勢はどうした?
ってか、早くしないと一限始まっちゃうんですが?
「…………で、ではっ、」
「うん」
「あ、明日からも、こうして話しに来ても良い、ですか?」
「ああ、良いよ…………んん?」
いや、報告に来ねーなら、そもそも取引が成立しないのですがソレは?
「でっ、ではっ! また明日っ!」
「え? ああ……」
……なんか、メチャ嬉しそうな笑顔になったと思ったら、今更逃げるみたく体育館から出てったんだけど。
今から授業なんですが、確かクラスメイトだって言ってたよねアイハラさん?
………………ハァ。
まあ、(どうでも)良いか。オレちゃんも教室戻ろ。
ってなワケで、本日急遽開かれた全校朝礼は十五分と掛からずお開きとなり、降って湧いた一限目は全校自習となりましたとさ。
チャンチャン☆