158話
気付いた瞬間、『嗚呼、コレぞまさに『血の気が引く』って感覚なりや……』なんて暢気な感慨が浮かび、下らない現実逃避を始めた脳ミソにチョップを入れてやりたくなった。
余裕過ぎるだろクソカス魔物めが。
いやまあ、十中八九考え過ぎの杞憂だとは思ーよ?
だって、そーゆー危害が及ばないようにする為に今朝方の釘刺しやら駆除作業やらをやったんだから。
でもしかし、否されど、だ。
魔法だの魔物だのが存在しているのなら、僕如きにも想像できるような事柄は『起こり得るコト』として想定すべきだ。
例えば、オレが使った召喚魔法を避けるなり防ぐなりして凌いでたヤツが居て、ソイツが報復の為に伯母さんや光咲を狙った――とか。
弱肉強食が根底にある原始的な世界観だった魔界でさえ、攻撃目的以外の魔法なんて幾らでもあった。
中には発動すれば即座に居場所を探り当ててくる探知魔法とかもあったし、法だの倫理だのって言う直接的な暴力が禁止される人間界でなら血縁者を特定する魔法があってもおかしくない。
それに、ソイツが魔物じゃなくて術師だったなら、それこそ魔法なんか使わなくても幾らでも調べられるだろうし。
或いは、月面で処理した幽霊が再発生して、オレに復讐すべく伯母さんや光咲を襲いに来るとか。
そもそも、月で出くわした魔力体の正体が全く解明できてないんだから、その能力も未知数。
ホラーにありがちな伝染する系の呪いとかが使えるのなら、オレから血縁を辿って伯父さんや光咲に辿り着き、光咲から伯母さんまで感染するって想像も……
まあ、できなくは無い。
若しくは、魔法や魔物とは一切関係無い別口からの何かしらの襲撃で、偶然でも確信犯でもドッチでも良いけどとにかく伯母さんや光咲が標的になったとか。
この場合の容疑者として考えられるのは、元警察の伯父さんを恨む犯罪者共とか、特理に関係はあるけど魔力は持ってない連中とか、あとは今朝の朝礼の仕返しとかかな?
何にせよ迷惑な話だ。
ったく……
ハァ~ア……
ホント嫌になる。
な~にが『考え得る脅威はコレで全て排除できたハズだから――』だ。
穴だらけにもほどがある。
この分だと、僕のオツムで考え付いて無いってだけで、まだまだ他にも敵が居るんだろうねクソが。
元々、伯父さんの望む通りに振舞うって決めてたんだから、伯父さん家に行くのは問題無いし、その為の準備も兼ねて脅威の排除を始めたんだから、このまま頷くのは問題無い。
だけど、コレだけ掃き残しがある状況でノコノコ伯父さん家に行って学校やらパートやらに行ってる伯母さんや光咲をのんびり待つってのはあり得ない。
そんな間抜けな選択肢は切り捨てて然るべきだ。
なので、
「――いや、もう一日だけ時間をくれないかな? 今晩またじっくり考えて、明日には必ず決めるから」
ニッコリと笑顔を作って延期を申し出た。
するとまあ、予想通り。
伯父さんはしつこく食い下がるようなコトも無く『そうか。分かった』とだけ返して、ベッドから起き上がった。
そうして、明日は土曜日で半ドンだからと『明日の夕方にまた来る』と言ってくれた伯父さんと一緒に家を出る。
建前で『これから登校する』って言ったら、またいつもの『そうか』で納得してくれたし、取り敢えずココからはまた自由に動けそうだね。
ああそうそう、空間魔法でココまで来た伯父さんは車どころか家の鍵も靴すら無い状態なので、サクッと召喚魔法で呼び寄せた荷物一式を渡したら、余計な感想とか軽く地なんて挟む余地も無く『そうか。ありがとう』の御言葉を承った訳だけど……
まあ、蛇足かな。
でもって、駐車場に召喚したマイカーのウインドウ越しに拜拜再見を交わして、ブロロロッと去っていく伯父さんを見送る――さて、やるか。
ちゃんと笑顔で見遅れてたか頬を擦りつつも、そんなコトで分かるワケ無いのでサッサと準備に映る。
と言っても、まあ第三者視点からだと何もしてないようにしか見えないだろうけども。オレちゃんの魔法って、詠唱も魔法陣も魔術書も杖も印も使わないし。
ってなワケで、空間魔法発動。
使うのは転移じゃなく転移門の生成。
右目前に並べて二つ作り、片方を伯母さんへ、もう片方を光咲へと繋げて、通過許可を可視光線のみに設定して二人を視認する。
イメージ的には一般的な三人称ゲーム画面てカンジかな。
キャラの後ろから世界を見渡すようなカンジで。
さて、二人は無事か――良かった、問題無さそうだ。
伯母さんはパートが終わったのか帰宅済み、光咲の方は部活中なのか傾く日差しで照らされた運動場に居る。
なんだかんだでもう五時半過ぎだし、当たり前ではあるのかね?
とにかく無事で良かった。
そんな風に納得しながら胸を撫で下ろしつつ、主観時間で二年越しな二人を見遣る。
まあ、僕的には久しぶりでも実際には春休みぶりなんだから、記憶にある二人から然程の違いは見受けられない。
伯母さんは相変わらずふわふわした雰囲気そのままに、家事の邪魔にならないように一纏めにした癖っ毛を犬の尻尾みたいに揺らして鼻歌を歌いながら晩御飯作ってる。
いや、聞こえないけど、チラッと見える喉とか口とかがそんなカンジに動いてるし。
光咲の方も短く切り揃えられた髪を揺らしながら、部活中なのか真剣に――されどドコか楽しそうにグラウンド走ってる。
確か、今年中学に上がったばっかりって話だったけど、もう練習に参加してる辺りは流石の即断即決ぶりと言うかなんと言うか。
「良かった、無事で……さて」
楽しげな後ろ姿と友達らしき女子達に囲まれる横顔を映す門を閉じ、次の魔法を発動させる。
ただ、今回はチョット特殊だ。
なにせ、干渉と空間の応用である召喚魔法を更に応用して、条件検索にヒットした連中を監視する転移門を作ろうってんだから。
召喚魔法は条件に合致すれば距離も数も無視して呼び出せるから、空間魔法単体で複数転移門作る時よりも遥かに燃費の良い魔法だけど、どんな連中が来るのかまでは分からないからね。
その辺は不便だ。
まあ、使い方次第な気もするけど。
いや~、にしても応用の応用が結局基礎に戻るとか笑える。
……いや、そもそも召喚魔法じゃなくて良いのか。
『伯母さんか光咲へ悪意を抱いていると判断できる存在』を対象とする転移門を作れば良いんだから、フツーに干渉と空間の併用か。
うん、我ながらややこしいね。
じゃあまあ、こーゆー使い方は今後『検索魔法』とでも呼ぼうそうしよう――ってコトで発動。
はてさて、どうなるコトやら……