157話
「…………謝る必要なんて無いよ伯父さん」
……コレだよ。
死に掛けて目覚めての第一声が。
控えめに言って頭がオカシイんじゃないのかと思うと同時に、生粋の善人を前にしてそんな風に思う自分の醜い心根に死にたくなる。
……ソレで死ねれば世話無いけど。
「伯父さんは何も悪くない。悪いのは頭のオカシイ特理共と、ソレに目を付けられたってのに暢気に構えてた僕で――」
「違う。違うぞ辰巳。『世の中騙された方が悪い』だなんて言う奴も居るが、そんな言葉は悪人にとって都合の良い自己弁護に過ぎん。正誤善悪を語るなら間違いを犯した者が十全に悪いんだ。お前に非は無い」
いやまあ、伯父さんの言い分が正しいとは思うけど、ソレを当てはめるべきなのは人対人の場合だと思う。
そもそもの存在が害悪でしかない魔物は、まずソコに居る時点でマイナスなんだから、今回みたいな場合なら特理とオレで五分五分でしょ。
なんて思ったけど、そんな否定をワザワザ弁護に回ってくれた伯父さんに言ったトコでどうしよーも無いのでお口チャック。
だけど、そんな雰囲気が顔に出てたのか、
「辰巳、伯父さんは何度でも言うぞ。お前は悪くない。だからお前が自分を責める必要も無いんだ。分かるな?」
デカゴツい手で押さえ付けるように頭を撫でながら、言い聞かせるように語り掛けてきた。
ソレにコクリと首肯を返すと、伯父さんは満足したように頷きながら手を放した。
「それで、あの後どうなったのか聞かせてくれるか?」
当然と言えば当然の質問ではあるものの……正直、口が重い。
何をどうしたら『みんなブッ殺してきたからオールコレクトですよ☆』なんて、殺人の自供を嬉々として話せると言うのか。
オレちゃん魔物ではあっても、猟奇殺人鬼でもなければサイコパスでもねーのです。
とは言え、下手に口籠ったり嘘吐くとマズいし、僕の残念なオツムじゃあ上手く誤魔化せるとも思えない。
仕方無く、事実を淡々と述べるコトにする。
伯父さんを助けてから、特理の全職員とソイツらに関係のある術者全てを例外無く処分――いや、殺したコト。
伯父さんをこの家まで運んだ後、特理の上役とOHANASHIしてきたコト。
学校は――伯父さんには無関係だし飛ばして、全世界の殺人経験や殺人願望のある危険な魔力持ちを月に召喚して一網打尽にしてきたコト……
うん、改めて自分の口で言葉に出してみて、相当にとんでもないコトしでかしてる感があるし、荒唐無稽過ぎてフカしてるようにしか聞こえないけど、事実なのでしょうが無い。
対して伯父さんは、普段通り――な表情ではあるんだけど、時折眉やら口元やらを引くつかせていて、反応に困る。
いや、困ってるのは伯父さんも同じだろうケド、ソレでも基本が無表情なままだから妙に圧力がある。
そうして、一切の質問も挟まずに黙して聞き続ける伯父さんへ一連を話し終えた後、
「……そうか」
と、呟くように、或いは呻くように絞り出し、伯父さんはそのまま口を閉じて瞑目した。
あ~、うん、まあ、想像はできるよ。起き抜けに親族が大量殺人を犯してきたってんだから、そりゃあ頭抱えたくもなるよね。
いや、毎晩似たようなコトやって来てはいるし、伯父さんも知ってるハズだけど、ソレにしたって今回は輪を掛けて大規模だ。
こんなフツーじゃない状況で想像するのもアレだけど、コレでフツーの対応として考えられるのは『この人殺しめ!!』なんて罵倒されるか、『出て行ってくれ……』と拒絶されるか、はたまた今後の安全の為に媚を売られるか――なんにせよ碌なコトにならないと思う。
「辰巳、済まない。お前一人に全てを背負わせてしまった無力な伯父さんを許してくれ」
……まあ、そうならないから伯父さんなんだろうけれども。
ベッドに座ったままとは言え、深々と頭を下げてくる伯父さんを前に、そっと胸を撫で下ろしてる自分に気付くも、握った拳骨が炸裂しないように自重する。
流石にこの流れで自傷に走ったらただでさえ終わってる自己評価がマイナス突き抜けてヤバ過ぎる。
とは言え、こんな大量殺人魔物にまさか謝罪が来るだなんて思ってもいなかったから、今度はオレの方が現実逃避したくなったよ。
「やめてよ伯父さん! オレは――僕は伯父さんの同僚も後輩も上司も、何もかもを殺し尽してきたんだよ。僕にとっては全員的にしか見えないけど、直接話したコトのある伯父さんにとってはそんな単純に分けられるカテゴライズできるワケじゃないでしょ? なんでソレで伯父さんが謝るんだよ。逆だろ! こんなの責められて当たり前じゃんか!」
僕にとっての特理と、伯父さんにとっての特理はイコールじゃない。
当たり前だ。
そんなコト、出会いも接し方も何もかもが異なるんだから、見え方だって違うに決まってる。
僕にとっては父さんと母さんを攫おうとした上に伯父さんを拷問に掛けた憎むべき敵にしか見えない。
だけど、その組織で働いてた伯父さんには当然のように仲の良い同僚とか面倒見てる後輩とか頼れる上司とか――そんなのが居てもおかしくは無い。
その中には伯父さんへの拷問を知らないヤツや、知れば憤って防ごうとしてくれる味方も居たのかもしれない。
そんな人達を、ただ『特理に所属してるから』と一律に消し飛ばしたんだから、責められて当然だ。
なのに――
「良いんだ、辰巳。そもそも特理はお前との敵対方針を変える気は無かったし、その方針に反対する者も居なかったんだ。唯一の反対者である伯父さんが疎外されるのは避けられなかった。だから、本当に今回のコトは辰巳の所為じゃないんだ」
顔を上げた伯父さんは、寧ろ晴れ晴れとしたような声音で返してきた。
……ソレってつまり、オレを庇った所為で死に掛けたってコトじゃん。
ドコがオレの所為じゃないんだよ?
そんな思考が漏れたのか、
「……そんな顔をしなくて良い、辰巳。家族を守るのは誰に憚ることも無い当たり前のことだ。それを阻む方が悪いし、それを許容する者達と慣れ合う気も無い。この決別はいずれ必要だったことで、お前が気に病む必要は無いんだ」
伯父さんが諭すような柔らかい口調で語り掛けてきた。
死に掛けてからまだ一日と経っていないのに一貫してコチラを気遣い続ける伯父さんに、いい加減コッチも毒気が抜ける。
ただ、この後の言葉で、僕は己の迂闊さを思い出すハメになる。
「――さて、そろそろ帰るが、辰巳はどうする? 決心は変わらないか?」
「え、あ、うん。それじゃあ――」
雑談――ではないけれど、多少話し込んでから何気無く挟まれたセリフに、思わず頷きそうになって――気付いた。
今この瞬間に於ける、伯母さんと光咲、その二人の安否確認を怠っていたコトに。