151話
フィクションではよく『――が人間大だったらこんだけ凄い』みたいな解説シーンがあったりするし、実際に魔界で戦ってみても確かに結構手古摺りはした。
でもソレは、地球環境下ならって但し書きが点くものだ。
いや、より正確に言うなら『窒素、酸素の配合比率が約8:2の空気が潤沢にある状況』でなら、だ。
……魔界も魔粒子がある以外は似たような空気の場所が少なくかったっけ。
そもそも、虫――節足動物の多くは肺を持たずに血管みたく体中へ張り巡らされた気管で直接酸素補給を行い、ソレによって強力な運動能力を支えてるワケだけど、ソレってつまり裏を返せば『空気を溜めておける器官を持って無い』ってコトでもある。
さて、では問題。
『息止め五秒と持たない生き物が、この月面で地球と変わらない動きができるでしょーか?』ってね。
いやまあ、オレちゃんがこーしてヘッチャラチャンな時点で、魔物にも呼吸での熱量生成を魔力で補うテクニックはできると仮定すべきだから、実際はソコまで有利な状況ってワケじゃないんだけども。
ま、そもそもの話として、この駆除作業は量を熟す必要がある都合で一匹一匹に時間を掛け続けられるワケじゃないから、『持久戦なら有利』って話は何一つプラスにならないけど。
そして、Gと言えば瞬発力に定評があるワケで――
『――って、あ?』
その瞬発力を頼りにした『じょうじアタック』を警戒してたんだけど、実際は逃げの一手だった。
まあ、空気が無いから羽搏いたところで墜落するだけなんだが。
とは言え、その所為でブンブン羽搏く薄羽越しにグロく蠢く腹部分を見せつけられるハメにもなったから、精神的ダメージはそれなりか。
なんにせよ――
『どうせブッ殺すんだから、逃げようが襲ってこようが全部一緒だ』
ってなワケで、出現完了の瞬間に羽搏いて逃げようとしたらしい墜落のGに骨っこの一閃を加えてやり、自由落下を加速。月面のゴミ集積所へと御案内。
そして、一匹見たらなんとやら。
ま、流石にGではないけれど、それでも人間大のムシケラ共が続々出現しやがったので、適宜叩き落してから干渉魔法発動で処分。
いや、別にムシケラだけじゃなくて、一ミリも可愛さを感じない面構えのネズミとかスズメとかカラスも混じってるけど。
デカいよ。
う~ん、害獣、害虫ばっかなのは人類からの悪影響的なのの結果かな? 環境破壊とか?
今までも呪い的なのを警戒して直接触らないようにはしてたけど、なんかソレとはまた別ベクトルで触りたくない連中だ。
全体的に不衛生。
そしてデカい、マジでデカい。
縮尺おかしいよ……
まあ、デカくて汚いだけで特に抵抗らしい抵抗も無く落っこちてくだけだから拍子抜けではあるんだけど。
なんか、まごうコト無き異形ってカンジのより、見知った生き物がそのまま巨大化してる方が衝撃的なのはなんでかね?
単に、異形は魔界で見慣れたってだけかもだけど。
そうして、処分を続ける内にサイズスケールが僕を超えてきまして、気付けば――
『……コレ全部術師かよ。ドコの国でも重用してますってか? 腹立たしい』
人、人、人……魔具も魔物見かけなくなった代わりに門から落ちてくるのは、下はコーコーセーから上は即身仏に黒人白人黄色人種、老若男女も国籍も問わないニンゲン共。
しかもその恰好はよく分からない民族衣装的なのとかコスプレ衣装みたいなのを含めた私服と『仕事着です』と言わんばかりのスーツ姿が半々……
ケッ、特理みたいな組織がドコの国にも居るって証明だよねやっぱ。
うんうん、コレが確認できただけでも、この駆除作業に乗り出した意味があるってモンだ。
しかも、転移条件的にへーきで他人様を踏み躙るような連中なのは確定なんで、一人残らずキチンと処分するとしようか。
そんなワケで、ビックリお顔のスーツ野郎に肉薄しまして、骨君一閃。
サングラスごと頭蓋を半分に割りながらも、振り切らずに寸止めしてから月面へと振り抜き直して人体を放り捨てる。
その一連を繰り返し、繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し……
いや、多いよ!
なしてこんなに居るんや!?
まあ、全世界でって設定通りならこの数も納得だけど、ソレでもやっぱ体感多いよ。
多分、ここ数日の毎晩のゴミ掃除の総累計よりも多いんじゃないの?
でも、やってるコトは最初の小物相手――罵倒ではなく――と変わんなかったりする。
ぶっちゃけ、ココまででまず驚愕以外の反応ができたヤツが皆無だし、ソコから復帰して何かしらの行動に移れたヤツなんて片手で数えられる程度しか居なかったし。
しかも、その行動って全員逃げだったからね。
目玉もGも――
『――へぇ』
なんて考えてたら、コッチの内心を見計らったかのようにまた骨っこから切り裂く以外の感触が。
目玉の時みたくまた意識を向け直すと、何やら術師らしき糸目のジジイが血涙溢しながら抜き放った居合の斬撃がオレちゃんの一撃を阻んでた。
…………ハッ、武術に魔法も絡めて魔剣士様ってか、腹立たしい。
人を殺すしか能が無い道具を握って上手に人を殺す為の技術を誇らしげに振るうクソが、何をそんな白髪になるまでのうのうと生き続けてやがるんだか。
こんなヤツ相手に防がれたとか癪過ぎて血管切れそう。
血と魔力が沸き立って力が籠る。
拮抗は一瞬。
居合抜きで止められた骨っこが湧いた魔力で再始動。
柔い鈍らを断ち切って、白髪頭に斬り込む。
でもって、そこで一度刃を止めて引っ掛けてから月面に放り捨てる。
ったく、ゴミが。
無駄な抵抗なんぞせずにサッサと死ねってんだ。
鬱陶しい。
……変化が無ければ『単調だ』『退屈だ』と文句を言い、逃げたり抵抗したりすれば目障りだと腹を立てる――うん、やっぱりオレちゃんってば救いようの無いクズだね。
死ねばいいのに。
乱降下する心境が生み出す魔力でビュンビュン飛び回り、その度に死人がドンドン増えていくワケだけど、レスポンスがあったのはさっきの白髪ジジイだけでその後は二十連ほどルーチンワーク。
爆死かな?
でもって、再びの魔物とかち合って――
『――ハァ』
なんか、ステレオタイプと言うかトラディショナルスタイルと言うか……
全身打撲でもこうはならんだろってくらい細部まで青紫色な肌をした一本角に縞々腰巻の鬼が、トゲトゲの金棒で骨君を防ぎやがったよクソが。
アレかね?
もう、破片にしないようにとか気ぃ使わずに思いっ切り振り抜いてあげれば良いのかね?
まあ、ソレをやったらやったで、飛び散った肉片を処分しなきゃなメンドクセーって文句が出てきそうだけど。
――まあいいや、取り敢えず落ちろ。
さっきの居合ジジイの時と同じく、鍔迫り合い状態からの再加速。
コレでまた行けるだろうってタカを括ってた次の瞬間。
『ハ――?』
視界の端に飛び込んできた二本目の金棒が、オレちゃんの空っぽな頭へ思いっ切り叩き付けられた。