143話
『ふぁ~あ』と、眠くも無いのに出てきた欠伸を噛み殺しつつ、漸く予鈴が鳴ってただいま八時半前。
脳裏に今まで狩ってきたゴミ共を思い浮かべて魔力を練り続けるって言う、精神的に不健全な日向ぼっこを始めて一時間も経つと本格的な登校時間になったのか、本格的にワイワイガヤガヤが煩くなってきた。
いやまあ、朝練と思しき物音が校庭や中庭、体育館側からも響いてきてたから、ドコも煩いのは変わらないケドね。
そんなワケで、途中から加わった騒音問題で更にストレスを溜めて魔力を練ってたワケだけど、そのおかげで結構な量の魔力が稼げた。
ま、伯父さんを助ける為に消費したここ数日の狩りの成果には遠く及ばないケド。
やっぱ、実物が目の前に有ると無いとじゃ、効率が全然違うわ。
これなら病院にまで転移して、お見舞いしながらの方が良かったかもしれないね。
って、そう言えば――
「今日で狩りも四回目……そろそろ、別の病院をカラにしないとダメか」
そうそう、最早忘れ掛けてたけど狩り初日にカラにした中央病院が満杯になっちゃうかもなんだよね。
この三日間のゴミの量とか新規の入院患者とかを考えるに。
それに、入院中だった五〇〇人についても、怪我や病気が根本から治ったとしても残らざるおえない場合だってあるだろうしね。
元々の衰えがある年寄りとか身体より中身が問題な精神疾患者とか。
あ、先天性のビョーキとかは、健常者の肉体パラメータを参考に改変させたから健常者化済みだと思うけど……
ん、その理屈だとじーさんばーさんも退院済みなのかね?
所詮は他人だから、細かい確認なんかしてないけど。
まあ、一応は残留組が居ると仮定して……
そうだな、大体ソレが一〇〇人前後だったとすると、ベッドの残りは七〇〇くらいかね?
で、片付ける前は余裕を持って三〇〇くらいは空だったハズだから、実際に使えるのは残り四〇〇くらいになるのかな?
で、この三日間でゴミが大体三〇〇くらい出たと思うから、ソレ+日頃の入院患者でベットが埋まりそうってね。
ココまでは計算良いかな?
まあ、こんな推論と妄想と概算なんかで予想なんか立てずに、サッサと実地でカウントしてくれば実数も分かるんだけどね。
でも、この予想がそう外れてなかったとすると、そろそろ別の病院を空けて来ないとマズいワケで……
「ん~、かと言ってドコを空けるか……まあ、夜になってからソナーで目ぼしいトコ探せばいいか」
とまあ、ふと思い付きながらも、結局は行き当たりばったりの有耶無耶解決法に辿り着きつつ、魔力無しの素の力で跳んでフェンスに乗る。
耳を澄ませると、もう生徒の移動はあらかた済んでるのか、校舎内の騒音は教室棟の各階に集中してて、その一階からは教師と思しき物音やら話し声やらが聞こえてくる。
つまり、もう体育館には誰も残って無いってワケでありまして。
ソォ~レ、ジャァ~ンプ、っと。
水溜りでも跨ぐみたく気の抜けたカンジで跳躍。
動作はアレでも多少は魔力を込めてたので、大体五〇メートルくらい先の体育館の屋根にもラクラク着地、シュタッ。
かまぼこ型の曲線の所為で足場的にはよろしくないけど、まあコレくらいなら許容範囲ですよっと。
そんでもって、屋根の淵から身を投げて校舎の各棟に繋がる渡り廊下の屋根に手を掛け、そのまま鉄棒で逆上がりでもするみたく身体を翻して渡り廊下内へと着地。
そのまま体育館へと足を運ぶ。
うん、我ながら中々に常人離れした身のこなしだとは思うけど、下手に校舎内を進むと擦れ違う教師連中に足止めされそうだし、かと言って転移で無駄に魔力使うのもアレだったから、って理由での経路選択だから合理的ではあるのです、ハイ。
「まあ、節約なんて気休め程度だけど、っと」
言いながら、体育館の微妙に年季が入って錆び付きのある戸口を両手で開け放ちまして、電灯が点いてない上に窓も少なくて微妙に薄暗いエントランスへ侵入。
ついでに荷物を漁って取り出した体育館シューズへ履き替えてから入館。
そのまま、カラフルなビニールテープでバスケだのバレーだののコートっぽく色分けされたアリーナのド真ん中を突っ切って演台を目指すワケだけども……
うん、臭い。
なんて言うか、朝練連中の熱気って言うか汗臭さがまだ残ってるのか、それとも元から染み付いてるのか、中々に鼻に来る。
吐きそう、いや吐かないけども。
とは言え、他に全校生徒+全教員+αを一か所に収容できる建物も無いので我慢我慢。
「さて、っと」
入口から見て最奥に位置する演壇に登り、演台に荷物を置きつつ腰掛けてアリーナを見回す。
ん~、カーテンは締まってないから日光である程度明るくはあるんだけど、それでもイマイチ暗く感じるな……
まあ、魔界での生活が長かった所為ですっかり夜目が利くようになったオレ単体なら問題は無いんだけども。
「ん~、分かり易く変身するつもりだったし、別に絶対身バレしたくないってワケでもないから、明るくした方が良いのかね? なんなら声で簡単にバレるかもだし?」
そんなワケで、荷物はそのまんま演台に置きっぱで、ぴょん。
演台スッ飛ばして演壇を降り、そのまま演壇脇の用具入れ付近の壁際にある電源スイッチを全部オンにする。
ん~、少し明る過ぎか?
調整調整っと……こんなもんかな?
確か、エントランス側にも電源があったような気もするけど、別に入口の方じゃないといけない決まりは無いだろうし、あったとしてもそのルールを守ってやる必要も無い。
ま、見たカンジだとアナログな『電源スイッチ全部オンorオフされてないと消灯できない』なんて不便なカンジでもなさそうだから、ホントにどっち使っても良さそうだけど。
主観だけど丁度良いカンジの明るさになったかと思ったトコロで、ふと思い付いて演壇側だけ電気無しにしてみる。
でもって、明るくなったアリーナ中央からチェック。
ん~、もう少し暗くて良いかな?
そのまま思い付きの通りにしてみようと、二階のキャットウォークへと跳び上がって演壇側のカーテンを閉めてから、アリーナ中央に戻って確認。
う~ん、もう一声かな?
アリーナの演壇側カーテンを両サイドとも閉めまして……
うん、良いかも。
こうして、真っ暗な演壇と明るいアリーナを作り上げて、その両方からどんな風に相手側が見えるかを確認してみる。
うんうん、明暗に差があるからアリーナ側からは暗い演壇側が見え辛く、逆に演壇側からは明るいアリーナ側が良く見える。
まあ、オレの目だとどっちでも普通に見えるし、何だったらフツーのニンゲンにも演壇が見えないワケじゃないと思うから、所詮は演出にしかならないだろうけど。
「ま、殺さず傷付けずで言うコト聞かせたいってんなら、小細工に頼るのも止む無しか……あ~あ、コレが兄さんだったらフツーに一声で――いや、そもそも兄さんなら、こんな予防線張る必要も無いか……」
無駄に掛けた手間と時間を自分に納得させる為に口にしたセリフで思いっきり自傷しつつも、サッサと気持ちを切り替えて演壇に戻る。
でもって、再び演台に腰掛けて、
「んじゃ、始めようか」
無人の体育館で、誰に聞かせるでもなくそう宣言した。