137話
「……ぅ、ぁ…………こ、こは――」
小汚いベッドから上がった声にすぐさま――とはいかないまでも素早く立ち上がると、取り敢えず危ないので忘れない内に『骨』を左手へと納めながら駆け寄った。
「――伯父さん! もう大丈、夫……?」
意識を取り戻した伯父さんは、しかして何故か起き上がろうとしない……?
いや、コレは――見覚えがある。
と言うより、この数日に幾つも作ってきたのと同じ――
(半身、不随……? な、んで、そんなッ、傷は確かに全て消したハズなのに!? 照準から逃れてた? いや、あの魔王みたく空間魔法でドコにでも逃げ放題ってワケじゃあるまいし、そもそも主観干渉は位置座標に関係無く標的に設定した条件に該当する全てを同時に対象とする回避不能の魔法だ。発動に失敗してればそもそも傷は一つも消えなかったハズ……だとすれば――)
「ぐッ……ク――、た、つみか……? そうか、もう朝か……」
「伯父さんッ!」
混乱する頭の中で何かに辿り着きかけた刹那、首も動かせない伯父さんが霞む瞳で懸命に僕を見付けてくれたトコで思考が止まる。
どうも、ホントに身体が動かせなくなってるみたいだ……クソッ。
「伯父さんッ、伯父さんッ!! ああ、クソッ!! 今ッ、今すぐ治すからッ、大丈夫、大丈夫だからね伯父さんッ!!」
すぐに魔法を――クソッ、伯父さんを標的設定した主観干渉なんてそうそう連発できるかよクソがッ!
魔力が、魔力が足りない!!
幾ら特理共への怒りを募らせようと、流石にすぐMP全回復とはいかない。
まあ、オレの魔力容量はどうも溜めれば溜めるだけ増えてってるみたいだから、全回復させたらまたその分だけ空き容量ができて――のイタチごっこになるだろうけど。
ってか、魔界じゃ、そんなのしょっちゅうだったし。
いや、そんなコトより今は足りない分をどう補填するかだ。
帰ってきてからの何日かにもやってたみたく、自分の魂的なものを削れるだけ削って喰って魔力にするか?
いや、ダメだ。
んなコトやったら、即ブッ倒れて魔法発動どころじゃなくなっちゃう。
なら、他のニンゲンの魂的なのを喰って魔力にするか?
今までは遠慮とか変なこだわりとかでやってこなかったけど、この緊急時なら仕方無い――って、んな都合良く獲物なんて転がってるかよクソがッ。
いやッなんでだッ!?
なんで牢屋的な場所なのにどの房にも他の囚人が皆無なワケ!?
あ?
『ならもう、伯父さん喰っちまえよ魔~物』?
できるかッ、バカバカバ~カッ!!!!!!
ああ、クソッ!!
頭ん中グチャグチャだクソがッ!!
どうするどうするどうするッ!?
「悪いな、辰巳……こんな所まで迎えに来させる羽目に――グ、あ? ああ、不味い」
伯父さんはなんとか起き上がろうとしてくれてるようだったけど、その意思を嘲笑うかのように身体の方はただ震えるだけで――ガアアッ特理共がッッッ!!
って、何?
『不味い』?
瞬間――いや、より正確には伯父さんが言葉を止めたタイミングで、妙な音が聞こえてきてるのに気付いた。
どうも、伯父さんはその機械音を出す何かを問題にしてるみたいだね。
ん?
なんでそう断言できるのか、って?
決まってる。
その音が何故か伯父さんから――より正確には、伯父さんの鼻の奥から聞こえてきてるからだよ。
「伯父さん!? どうしたの!? 一体何が――」
「辰巳、聞いてくれ。お前は何も悪くない。だから――」
と、遮られた言葉をアッサリ投げ捨てて伯父さんの言葉に耳を傾けて――ゾッと、魔界でさえも感じたことが無いほどの酷い怖気が背筋を走り、世界が停止した。
いや、ホントに時間が止まったワケじゃないよ。ソレはあくまで僕の主観での問題であって、客観的に述べるなら『走馬灯的思考加速状態になった』ってトコかな。まあ、魔界での生活で目覚めてから散々お世話になってきたシックスセンス『CHOKKAN』先生が超特大のエマージェンシーコールの所為なんだけど、なんだなんだ? 今度は一体どうした? って、聞くまでもなく伯父さんのコトですよね分かります。分かりますけど具体的に、そう具体的な説明をば――ってそんなの聞ければ苦労はしないのでせう。って、諦めてる場合じゃないぞオレが。このレベルの警鐘なら、まず間違い無く『自分の生命の危機』以上の災厄が迫ってると見るべきだ。でもって、今この閉鎖空間内でそんなモンがブチかまされれば、まず間違いなく伯父さんが巻き込まれる。そんなコトは何に於いても許されねえ。ココまではOK? で、だ。その災厄の正体を探らないコトには対処もできないので、考えろ~考えるんだ黒宮辰巳。って、考えるまでもねえよ。どうせアレだろ? 伯父さんの頭蓋の中から聞こえてくる謎の電子音――いや、誤魔化す必要もねえか、カウントダウンが元凶で原因で凶器なんだろ? いやいや、考えたモンだよな~。アレだろ? どうせ、『伯父さんを囮にしてオレを吹っ飛ばしてやろう。あわよくば、半死半生、最低でも親族を目の前でまた喪って心神喪失状態なオレちゃんを捕獲して研究サンプルに~』とか考えたんだろ? ああ、ああ、確かにこの状態の伯父さんを見せられれば、オレちゃんは絶対に魔法を使うだろうさ。ソレも、魔力が足りなくて発動できないって『家族を助ける為の魔法』を、さ。うんうん、確かに僕の目的は特理共にも知れてるからね。伯父さんと会って話した時に特理共が同席してたんだし。そして、ソレが今も果たせてないコトやその理由が魔力不足なのも連日の魔力集めを知ってれば十分に推測可能なワケで。だから、クソほど魔力を消費する家族への主観干渉を強制させて、重ねてトラップ発動ってね。なるほどなるほど、怪我を治すってだけなら体内の異物まで除去できるワケじゃねえだろうって読んで仕掛けたのかな? で、そのトラップも部屋にじゃなくて伯父さん自身にってのは、空間魔法対策かね? 一定地点から離れると起爆~的な仕掛けがあるんだろうねきっと。当然遠隔操作も可能、と。ハハハ、中々に合理的だ。合理的に人の神経逆撫でしやがてゴミ共が――って、あ! 思い付いちゃったよ解決方法!
うん、長々とシッチャカメッチャカに思考散らからせてたワケだけれども、要するに『伯父さんの半身不随は、脳内に仕掛けられた爆弾(?)の所為』『特理共が伯父さんを囮に此処へおびき寄せてきた以上、この場に留まるのは危険』ってコトだけ抑えてくれればおっけー。
なので対処は――実はとっても簡単で、今のしょぼい魔力量でも十分に可能だった。
空間魔法、発動――伯父さんだけを父さんと母さんが眠る異空間へと転移させる。
そう、転移も門の通過可能設定と同じく、細かく定義付けした対象だけを移動させることができるのです。
なので、
――パンッ。
まんま爆竹のようにしか見えない予想よりもずっとしょぼい花火が、一瞬前まで使用者の居た空っぽのベッドの上で炸裂したのでした~♪